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第十話 優しい人

「……ちょっと待て。よく見るとやっぱり狭いぞ、ここ」


 再び伊織が慌てたのは、夕餉の後。

 寝支度をする段階になってのことだった。


「何を今更。お主は自分がどこぞの殿様だとでも思っておったか」

「そりゃ違うけども。今までお前の布団と並べて敷いたことなんか無かったからな……あ、俺、その隅でいい」


 そう言って、もともと布団を収納していた衝立の奥を指さす。

 無論、そのままでは布団を敷くことも出来ない程の狭さだ。


「え、じゃあ私がそこに。私の方が小さいし」

「馬鹿言うな。客をそんなとこに寝せられるか。……やむを得ん、布団を並べて間にこの衝立を」

「寝ぼけて蹴り倒さねば良いがな。お主はどうでもよいが、彩に怪我でもあらば、幻様に何を言われるかのう」

「……確かに」

「あの……私なら気にしないで。っていうか、そもそもこのお布団は猫ちゃんのでしょう。私やっぱり布団は無くても」

「ワシは布団なぞいらぬ」

「その布団は言い訳用に置いてあるだけだから、本当に気にしなくていい。それよりも今はこの部屋が狭いことをだな」

「とりあえずな、彩。万一夜中に伊織が手出ししようものならワシが噛みついてやるでの。安心せい」

「だからっ、しないっての!」


 猫の強引なまとめで、何とか布団問題も解決した。


 本来の姿に戻った猫は、お役御免とばかりに大きく伸びをすると、彩の布団の端で丸くなった。

 程なく、その背が規則正しく上下に動き出す。


 伊織はといえば、狭いながら部屋の端ぎりぎりまで自分の布団を寄せ、しかも彩に背を向けている。

 だが、起きているのは気配で分かった。


 その背中に、彩は小さく呼び掛けてみる。

 一拍置いて、恐る恐ると言った感じで伊織がこちらを振り向いた。


「……なんだ。やっぱり心配か。いや、そうだよな。大丈夫だ、俺は土間に」

「違うってば」


 思わず笑ってしまった。

 自分より年上なはずなのに、こういうところは何だか子供のようでもある。

 女性が苦手というよりは、本当に接し方がわからないのかもしれない。


 だけど、と彩は思う。

 今日は不思議と心細さをほとんど感じずに過ごせた。

 見知らぬ場所、未だに信じきれない遠い過去の時代。

 そして一日かけて分かったことと言えば、帰る方法が見つからないという、厳しい現実のはずなのに。


 もちろん、気が張っていたのもあるかもしれない。

 猫の本来の姿を知り、賑やかな清之助と出会った。

 お節介で気の良いご近所さん達とも、少しだけ仲良くなれた気がする。

 こう考えると、なかなか目まぐるしい一日だったと思う。


 それなのに、振り返って心に浮かぶのは、ずっと傍にいてくれた伊織の姿ばかりだ。

 伊織は彩のために、元の時代に返すと言う約束を果たすために、頑張ってくれている。

 猫が言ったように確かに不器用かもしれないけれど、間違いなく優しい人だと思った。


「猫ちゃんにも言ったんだけどね、私のこと見つけてくれたのが伊織で、本当に良かったと思う。ありがとう……おやすみなさい」


 伊織は驚いた顔をして、次に赤くなり、そして最後に慌てて背を向けた。


「……お、おう。ゆっくり休め」


 その赤い耳をしばらく見つめ、彩は安心して眠りに落ちて行った。

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