第一話 邂逅
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人には。
誰しも、やり直したい過去があるだろう。
後悔、怒り、執着、思慕、悲哀、等々。
そして、もしも。
時を経てなお心の芯に燻ぶり続ける思いを、その時に戻りぶつけることが出来るとするならば。
お前は対価として何を差し出し、そして何を願う?
***
お天道様が眩しく輝き、雲一つない青空の下。
豪商の立派な屋敷から外に出た男は、肩の荷が下りたと言わんばかりに、その場で大きく伸びをした。
「ん~。……肩凝ったなぁ」
そう言うと、首を回しながら歩き出す。
そのすぐ横に、幼い少女が並ぶ。
「我儘を言うでない、伊織。あんな屑仕事でそれだけの稼ぎを得られたではないか」
「分かってないなぁ、猫。金じゃない。質だ、質。俺の力はあんな屑のために使うもんじゃないんだよ」
伊織と呼ばれた若い男は、大仰に溜息をつく。
対して、猫と呼ばれた少女は、愛らしい見かけに似合わぬ口調で、伊織の不満を意に介さず続けた。
「お主の実力が足りんから、望む仕事が来ぬのであろう。己の力不足をまず恥じよ」
「……うるさいぞ」
彼らが屑と連呼する今日の依頼主は、巷で評判の豪商。
依頼内容は極秘も極秘で、万一の漏洩を防ぐため、当日伝えると言われていた。
さぞかし大事であろうと期待に胸を高鳴らせて訪ねた結果。
頼まれたのは、金で無理やり別れさせた放蕩息子と遊女との束の間の逢瀬、である。
息子が女を忘れられず荒れ出したため、せめて過去の記憶の中ででも遊ばせてやりたい、と。
呆れるほどの親馬鹿ぶりである。
そんなもん、俺になぞ頼まずとも金に物を言わせて女を探し当てれば済む話だろう。
伊織がそう言うと、猫は鼻で笑った。
「屑は外聞を気にするものだ。その女は所詮は遊び。加えてそこにかかる金を考えれば、確実にすぐに女を出せるお主の力の方が、結果安上がりだからな」
「嫌な言い方だな、おい」
「まあ、とりあえず屑には違いないが金になる。これからも呼ばれることになりそうじゃな」
「冗談じゃない、俺は断る。行くならお前が代わりに行け」
「おや、仕事放棄か?……これは幻様にお伝えせねばな」
「なっ、ちょっ、ちょっと待て。違う。断じて違う。だから師匠には言うな」
幻様という言葉に、伊織があからさまに狼狽える。
猫にはそれが面白くて仕方ない。
出会った頃から何も変わらない、歳を重ねても憎めない男だ。
「俺は……そうだな。もっとでかい仕事がしたいだけだ。誰かの運命をもっと大きく動かすようなでっかいやつ。ほら、それなら師匠も満足するだろ」
「ほう。運命を動かす、とな」
その時、猫の鼻がピクリと動いた。
まるで本物の猫の様に。
そして空を見上げると、口の端を上げて伊織に視線を戻した。
「のう、伊織」
「なんだ」
「お主の待ち望むものが、向こうから近付いてきたやもしれぬぞ」
「……は?」
無言で天を指さす猫につられ、思わず見上げた空。
向けた視線の先に広がる黒い点。
点?それとも影か?
いや、違う。
影じゃない、人だ。
人間が降ってくる。
「なっ!……なんだ、ありゃ」
「落とせば死ぬ。あやつの運命はお主の手の内じゃ」
「……!!」
その人間は、みるみる大きくなり近づいてくる。
慌てて両手を広げてみるが、落ちてくる人間なんて支えられるものだろうか。
いや、ともかく。
伊織は腰の刀を一気に鞘ごと抜いて猫に渡した。
「持ってろ、で力貸せっ」
「耐えよ」
「なっ……うわぁぁぁっ!!」
受け止めた衝撃で、伊織はその人間と共に背中からその場に倒れた。
「い……痛ってぇ」
体中に痛みが走る、が致命傷ではない。
その理由は、自分を包む淡い霧のようなもの。
猫は寸でのところで力を貸してくれたようだ。
相変わらず可愛げのない奴だが、それも無ければ、この意味不明の人間に巻き込まれて自分も死んでいたかも知れない。
そう思って、改めて自分の上に乗っかっている人間を見やり、息を呑む。
「女? ……それに、なんだ、この格好」
前に貸本で見た異国の服装のようだった。
着物、では決してない。
紺の襟に白い上着、そして同じく紺の袴のようだが、丈が短く腿まで見えている。
こんな珍妙な格好をした者は見たことが無い。
だが、長い黒髪とその顔立ちは、異国の者にも見えなかった。
当の女は気を失っているのか、全く動かない。
反対に、周囲に人が集まり始めていた。
空から人が降ってきた、異人のようだ、という声があちこちから聞こえる。
このままだと、騒ぎを聞きつけて同心辺りが飛んでくるだろう。
「伊織、どうする? 運命を手放すか?」
「へ? ……いや、どうもこうも。ってかお前は何なんだ、さっきから。この女のこと知ってるのか?」
「知らぬ。だが、面白い気配がする」
「…………」
伊織はもう一度、女の顔を見た。
目を閉じているが、整った顔立ちをしている。
自分よりは若い少女に見えた。
どんな事情があるかは知らぬが、今しょっ引かれるのがこの女に良いとはとても思えない。
覚悟を決めて、伊織は勢いよく立ち上がった。
周囲の騒めきが一瞬止まった。
「えーっと……空飛ぶ天女の見世物は以上。言っとくけどこれ、人形だからね、人形。あんたら完璧に騙されたな。今日は練習なので特別にお代は不要。また今度はもっとすごいの見せるんで、乞うご期待!」
なんだ見世物屋かよ、と落胆した声。
人形には見えないねぇ、と感嘆する声。
あんなもんどうやったんだよ、と訝しむ声。
なかなか人の波が引きそうにないので、自分の上着を脱いで少女にかぶせると、なるべく平然と見えるように少女を背負って駆け出した。