表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
深淵の英雄  作者: 接骨木 凌
第1章
9/19

1-08 欺瞞

 ジャイルの視界に入ってきたのは、円状に群がる大勢の人々だった。


 街の中央には大広場があり、いつもはそこで飲み食いや住民同士の交流が盛んにおこなわれている。大広場のさらに中心には石造の演台が置かれ、陽気な若者が一芸を披露するためのお立ち台の役割を果たしている。


 しかし、同じように多くの人で埋め尽くされつつも、活気を失った様子で彼らはじっと立ち尽くしている。誰一人として声をあげることはない。その代わりに、いくつかの小さな嗚咽が聞こえてくる。ジャイルはすぐそばに人がいないことを確認すると、物陰を伝い群衆へと接近していく。


 それとほぼ同時に人々がざわめいた様子で声を挙げ始めた。


「ハンセ様!」

「あぁ……!」

「……ハンセ様」


 誰もが口々に呼びかけるその言葉を聞き、ジャイルは硬直した。

 まだ姿は見えないが、その人物の顔をありありと思い浮かべながらジャイルは呟く。


「……ハンセ」


 ハンセと呼ばれるこの男こそ、ジャイルを蹴落とした張本人。32代目の勇者である。

 紺碧の長髪が目にかかり、俯きがちな姿勢と併せて翳りのある印象を醸し出している。ジャイルがいつも傍で目にしてきた快活な勇者の様子とは大きく異なっていた。


 ざわめきが少しずつ小さくなり、再び沈黙しつつある人々に向けてハンセが口を開く。


「……みんな、本当にすまない」


 静まり返った大広場に、透き通るようなハンセの言葉が響き渡る。その表情と声は、とても魔王討伐を果たした勇者とは思えないほどに力がない。

 顔を見かけたら渾身の力で殴り倒そうなどと密かにジャイルは考えていたが、想像していた状況とは真逆の現状が目の前にあった。勇者を称える祝勝の宴ならまだしも、なぜこれほどまでに陰鬱とした空気で満たされているのか。


 表しようのない感情に襲われながらも、ジャイルは身動きせずに状況を観察する。


「私の勇者としての力がもっとあれば……仲間を失わずに済んだのに……」


 ぎゅっと、胸が締め付けられるのをジャイルは感じた。

 ハンセに対して、間違いなく憎悪を抱いていた。殴ろうと考えていたのも本当のことだ。しかし、心のどこかでほんの僅かではあるが、裏切られたわけではないかも知れないという希望を抱いていた。何かの手違いであってくれと、心の中では奇跡を祈っていた。

 しかし、その全てがハンセの言葉により打ち砕かれた。


(褒美やら賞賛やらを俺に渡したくなかったのか……もしくは単に俺が嫌いだったのか……)


 物陰に潜み、大広場の様子を見つめつつ、ジャイルは胸のうちで様々な考えを巡らせる。

 本来であれば我を忘れて憤激しそうな場面だが、今の彼は自分でも驚くほどに冷静だった。


 今になって顧みれば、思い当たる節はいくつかある。

 過激な近接戦闘はジャイルが一手に担っていたのだ。ハンセは指揮と戦闘を兼ねるために、ジャイルの後方支援に徹していた。残る2人の仲間は女性で、1人は攻撃魔法に特化していたため敵からは大きく距離を取るのがセオリーだった。もう1人の専門分野も魔法で、回復を含めた補助魔法を得意としていたため直接的な戦闘を行うことは稀だった。


 これらは全てハンセの指示である。ジャイルの死角に潜む敵を知らせたり、パーティーの後方への回り込みを未然に防いだりと、ハンセが全く働いていなかったわけではない。当時は勇者らしくバランスのとれた立ち回りをするものだと感心していた。しかし、今となってはその全てが胡散臭い。最も安全な場所で、それらしい言い訳を並べていたのだろうとジャイルは確信した。


「……いくら魔王を討伐したとはいえ、本当に私のようなものが……」


 そう言って、ハンセは顔を手で覆い言葉にならない嗚咽を漏らす。


「我々を導いてください!」

「僕たちはあなたを信じています!」

「ハンセ様は英雄です!」


 ハンセを取り囲む人々はそんな彼の様子に励ましの声をあげた。当然ジャイルはその全てを茶番として受け取っていた。


(くだらねぇ。大切な仲間を1人失いながら、その悲劇を乗り越えて魔王を倒した勇者ってか。なにもかも自作自演だ)


 冷静ではあっても、やはり怒りの感情は湧き上がってくる。

 もしも口を開いたら、すぐさま「ふざけるな!」という怒声が喉から飛び出していくだろう。しかし、ニルに与えられた使命をジャイルは忘れていない。


 正直に言えば、ニルに服従して言いなりになる気など毛頭なかった。逃げ出したいのならば、魔界に戻らなければいいだけだ。しかし、グリフの森に落ちてからイシカに戻るまでのわずかな間だったとはいえ、身の回りの世話をしてもらった恩を返そうとジャイルは自分に誓っていた。


 最低限の義理は通す。それは彼自身の掟であり、相手が魔物だろうと関係なかった。もっとも、魔物に借りを作ったことなどあるはずもなく、これが最初で最後の報恩にすることも心に決めていた。力を失えどジャイルの心は戦士のままであり、魔物と慣れ合い続けるわけにはいかないのだ。


(……書庫へ向かうか。この様子ならすんなり行けそうだな)


 ニルが求めている情報は地下の書庫にある。

 書庫へ続く階段はいくつか用意されており、そのうちの1つは通用門のすぐそばに存在していた。魔法照明の不足により、幸いにも階段へ続く道は暗闇に包まれている。


 依然として泣き続けるハンセと、温かな声をかけ続ける群衆を一瞥し、ジャイルは地下へとその姿を消した。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ