7、母と子の再会
暗い。暗い。何も見えない………
深い闇の中、何処までも暗い海を漂うような感覚が俺の身体を支配していた。ただ、流されるままに流れていくのを止める事が出来ない。ただ、ぼんやりと海中を漂っているような感覚だ。
しかし、不安は一切無い。きっと、死というのは存外こんなものなのだろう。ただ漠然とした感覚に囚われたまま漂い流されていく。そして、そのままきっと俺は………
俺は?
「………その先は、まだ貴方には早いわよ?」
唐突に声が聞こえた。瞬間、俺の視界が開け光が差した。
あまりの眩しさに、俺は思わず目を細める。しかし、其処に居たのは………
其処に、居た人は………
「か、あさん………?」
「大きくなったわね、アマツ………」
艶やかなウェーブの黒髪に優しい少女のような笑顔を浮かべている。母、四条ミナだ。
その変わらない姿に、俺は思わず涙ぐんでしまう。しかし、泣いている暇なんてない。そう思い俺は服の袖で涙を強引に拭った。うん、酷い顔になってはいないだろうか?
いや、今はそんな事どうでも良い。
「何で母さんがこんな所に?もしかして、俺は死んだのか?」
「いいえ、貴方はまだ生きているわよ?正直、危なかったけれどね」
そう言い、母さんは笑みを深めて俺をそっと抱き締めた。
「アマツ、貴方は今までよく頑張ったわ。本当に、とてもよく頑張った。私はずっと、そんな貴方の事を傍で見ていたわ」
ずっと、見続けていた。そう、母さんは言った。ああ、そうか。それが母の持つ固有宇宙。
これはきっと、母の固有宇宙が成した一時の奇跡なんだ。そう、俺は確信した。
「母さん、俺は———」
言おうとして、母さんに止められた。人差し指で俺の口元を押さえ、微笑む母。
その優し気な笑みが、何処となく懐かしくて。思わず口を噤んだ。
「もう、あまり時間が無い。最後にこれだけは言わせて頂戴ね?貴方の事も、大地さんの事も私は心の底から愛しているわ。ありがとう」
言って、次の瞬間には周囲の風景ごと泡沫のように揺らいで消えていった。
それを見て、俺は一言だけ呟いた。
「俺も、父さんと母さんの事を愛しているよ。ありがとう」
その言葉に、ゆっくりと消えていく母さんが最後に嬉しそうな笑みを浮かべた気がした。




