1、悪魔と特異点の出会い
悪魔Ω———
彼は様々な並行宇宙を渡り続けた。文字通り、様々な並行宇宙をかき乱し続けた。目的などそんなモノはもちろんある筈がない。彼は、自身の娯楽の為に世界を渡り続けたのだ。
そして、そんな彼はある時ついに原初世界に到達した。様々な並行宇宙を渡り続けた彼は、ついにソレの許へとたどり着いたのだ。ソレとは一体何か?
………ソレは一言で説明すれば卵だった。幾重にも折り重なった白い翼で出来た、巨大な卵。
その圧倒的な存在感に一瞬魅せられたその直後、Ωは血を吐いて崩れ落ちた。
身体が不調をきたしているのは明白だ。しかし、何だこれは?
一体何が起きたのか?解らない。しかし、一つだけ解る事がある。それは、自身はこの空間に適応出来ていないという事実だ。その事実に、純血の悪魔である彼は打ちのめされた。
悪魔Ωの持つ異能。それは一言で言えば、あらゆる環境に適応しその度に学習して無限に力を得ていくという破格の異能である。つまり、環境の適応こそがこの悪魔の本質でもある。
それが、機能していない?
いや、機能はしている。適応もしているのだろう。しかし、適応が追い付いていないのだ。
それはつまり、悪魔が適応する度に周囲の環境が物理法則ごと変質しているという事実。
それも、只環境が変質しているのではない。物理法則を伴う周囲の環境が、秒を跨がずに一瞬で変質を繰り返して流転しているのである。
そして、それを引き起こしているのが中央にある巨大な翼卵である事を悪魔は理解した。理解してすぐ悪魔Ωはそれでも笑みを浮かべた。引き攣った、弱々しい笑みではあるが。
それでも、悪魔は自らを誇示する為に精一杯嗤った。
「面白い、どちらの力が上か比べてみるか?」
言って、Ωはすぐ環境に適応を始めた。しかし、悪魔Ωは環境に適応出来ずに全身から血を噴き出してすぐに崩れ落ちるはめになった。既に満身創痍、立ち上がる事すら困難な状況だ。
しかし、それでも悪魔はあきらめない。口元に笑みを浮かべ、尚立ち上がる。
それは何故?そんなモノ、目の前にある娯楽の為に決まっている。
目の前に面白そうなおもちゃがあるのに、それを見過ごす程この悪魔はマトモではない。
そして、環境に適応をはじめようとしてすぐに血を噴き出し倒れるのだ。
だが、それでも悪魔は諦めない。まるで、目の前に面白いおもちゃがあるのをあきらめない子供のようにすぐに立ち上がりそして適応を始める。適応を試み、そしてまた崩れ落ちる。
そして、一体どれ程の時間が過ぎ去った事だろうか?無限にも等しい試行を繰り返し、その結果ようやく悪魔Ωはこの環境変質そのものの適応を始めた。
「………ふ、ふふっ………ようやく、適応をしてきたぞ?これで、俺の異能が上だと」
《よくぞ、此処まで来たものです。人類で初めて純血の悪魔へと至った者よ》
「っ‼?」
それは、頭に直接響くような声だった。子供のような、それでいて澄んだ歌声のような声。
少年のようでもあり、それでいて少女のようでもある。澄んだ歌うような声音。
その声は、翼卵から聞こえてきたものだと理解する。理解して、初めて悪魔は理解した。自身ではこの存在に絶対敵わないという事実を。理解し、屈服した。
「………なんという、何という不条理」
この時、人類で初めて純血の悪魔へと至ったΩという存在は、その永い人生で初めて心が折れるという事を経験したのである。永い人生で、初めて悪魔Ωは屈服した。
何と言う不条理か。何という理不尽か。此処まで、此処まで圧倒的な存在が居て良いのか?
しかし、そんな悪魔Ωの心を読むようにその存在は言った。
何処までも優しい、語り掛けるような口調で。
《嘆く事はありません。貴方の試みは、決して無駄でも無意味でも無価値でもない》
「そんな事………」
《そんな事は断じて無いと?そんな筈は無いでしょう。その試みがあったからこそ、私がこうして語り掛ける事が出来たのですから。それだけでも十分に価値がある》
そう断じるその存在に、悪魔は僅かに苦笑する。自身が励まされている事を知ったから。
そして、その時悪魔は僅かな違和感と共にその事実に気付いた。
(もしかして、コレは今封印されているのか?それも原初の竜王よりずっと強力な)
《はい、そうですね。私は幾星霜もの時の中、この封印の中に居ます》
その言葉に悪魔は一瞬驚き、そして直後僅かに苦笑した。
自身の心が読まれていると知ったからだ。
「………まさか、心まで読んでくるとはね?」
《この程度の事、別にそんなおかしな事でも珍しい事でもないでしょう?封印される前よりもずいぶん不便な思いをしていますので》
「不便、だって?」
訝しむような言葉に、その存在は楽しげに語った。
《はい、封印を受けて私の力も随分と制限を受けましたから。力の出力も落ちましたし、規模もかなり抑えられていますこれでは私も十全に力を振るえないでしょう》
「………この力でも、まだ制限を受けている?それ程までの力が?」
《はい、その通りです》
「は、ははっ………はははは…………」
この時、悪魔Ωは改めてその存在に屈服した。しかし、先程までのような不条理さや理不尽さはもはや一切感じない。いっそ清々しい思いに駆られていた。
悪魔Ωは、その存在に。特異点に心から屈服したのだ。
・・・・・・・・・
「そう、私はあの時彼の存在に心から屈服した。それが全てだ‼」
そう言い、Ωの名を持つ純血の悪魔は力の全てを開放した。
そう、自身の主たる特異点から授かった新たな力の全てを。全力で。




