8、初デートは修羅場となりて
「うぅっ・・・・・・訓練コワイ、ダンジョンコワイ・・・・・・」
「うーん、少しトラウマになってるな・・・・・・」
現在、星の船の医務室で俺は頭を抱えて隅っこにうずくまっていた。頭の中に先程の訓練区画での光景が恐怖として渦を巻く。いや、それだけでは断じて無い。そんな事は些細な事だ。
・・・ソラの前で、無様な姿を晒した。ソラの前で、格好悪い自分の姿を晒した。それが俺の胸中で渦を巻いて責め立てる。俺の心を責め立てる。何て無様な。
ソラにこんな無様な姿を見せたくはなかった。そんな心理が働く。その心理が、俺を責め立てる。
要するに、ソラに自分の無様な姿を見られて羞恥を覚えているんだ。それが、恥ずかしい。
そんな俺の傍にはソラとシリウスさん、リーナさんの三人が居た。ソラは心配そうに俺を見る。シリウスさんもリーナさんも、困り果てた顔で俺を見ている。そんな三人の視線が、俺を苛む。
余計に俺を塞ぎ込ませる。・・・ああ、何て無様な。オレ、カッコワルイ・・・
そんな俺の姿に、ソラは何を思ったかそっと、俺の肩に手を置いた。見上げると、優しい笑み。
「・・・・・・ソラ、さん?」
「アマツ君、少し私と一緒に散歩しない?」
「・・・・・・それは、どういう意味でしょうか?」
俺の問いに、ソラは暖かな笑みをその顔に浮かべる。その笑みに、俺は心の奥から力強く引っ張り上げられるような心強さを感じた。思わず、俺の目頭が熱くなる。その慈悲が、今は何よりも嬉しい。
ソラはそんな俺に優しい笑みのまま言った。
「デートをしましょう・・・」
そう言うソラの表情は、ほんの少しだけ赤かった。少し、照れているのかもしれない。少しだけそんな彼女が可愛いと感じたのは、俺だけの秘密だ。うん、やっぱりソラは可愛い。
・・・・・・・・・
割合古い街並みを、俺とソラは共に並んで歩いている。俺の足取りはかなり軽い。むしろ、跳ねるような足取りだろう。スキップをしながら歩いている。
そんな俺の現金な姿に、ソラは若干苦笑気味だ。まあ、それは別に良い。何故なら俺は今、初めてソラと一緒にデートをしているからだ。心も弾むだろう。それこそ、先程のトラウマだって吹き飛ぶ。
「・・・うーん、少し効果的すぎたかな?」
「そりゃあ、ソラさんとデートが出来るんだから。俺だって心が弾みますよ♪」
「まあ、それは良かった。アマツ君が元気になったならそれで良いよ」
うん、やっぱりソラは天使だと思う。こんなにも可愛くて優しい。やっぱり俺はソラが大好きだ。
まあ、俺がソラを嫌いになるなんて事は断じて無いが。ありえないが。
「ところで、ソラさん?すぐ近くに和菓子の店があるんですが、一緒にどうですか?」
「和菓子?」
「はい、その店の和菓子は近所でもかなり評判ですよ?」
その言葉に、ソラは少し考える素振りをした後、頷いた。そして、俺にとってとびっきり極上の笑顔を俺に向けてきた。その笑顔に、俺はドキリとする。
「うん、良いよ。行こう」
その笑顔と言葉に、俺の表情筋は緩む。いかんいかん、ソラに情けない顔を見せてしまう。
そうして、俺とソラは二人で和菓子の店に向かった。その背後から、二人ほど電柱の影から覗いていたのだが俺達はその事に現時点で気付かなかった。
そして、その二名は俺達の知っている人物だった。
・・・・・・・・・
近所の和菓子店、”鏡花水月”で俺とソラは和菓子を食べながらお茶を飲んでいた。ソラは和菓子をとてもおいしそうに食べている。何はともあれ、気に入ったようでなによりだ。
「アマツ君、此処の和菓子?美味しいね」
「はい、此処の店主は近所でも評判の和菓子職人ですからね」
そう言い、談笑しながら和菓子を食べる。うん、嬉しそうに和菓子を食べるソラも可愛い。
・・・まあ、それはともかく。そろそろ本題に入るか。
「・・・えっと、ソラさん。俺に何か話があるんじゃないですか?それも、訓練区画での事で」
「・・・・・・・・・・・・」
「ソラさんは、俺が訓練区画で心にトラウマを負ったのを見て思う事があった。だからこそ、こんなタイミングで俺をデートに誘った。違いますか?」
ソラは俺の言葉に、少しだけ思案するようなそぶりをする。しかし、やがて口元に僅かに優しい笑みを浮かべると俺に言った。そっと、俺の右手を両手で包み込むように握りながら。
———その時のソラの表情を、俺はきっと一生忘れない。
「アマツ君・・・。君をあの訓練区画に連れてきたのは私だけど、もしも君があの訓練に付いていけずに傷付くようなら、君はもう無理して私に付き合う必要は無いんだよ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
———ああ、なるほど?———
俺は、其処でソラの想いを察した。つまり、ソラは———
俺が無理して彼女に付き合っていると思っているんだ。
「アマツ君は、アマツ君の好きに生きて良いんだよ?何も、無理をして私に合わせる必要は———」
「それは違うよ・・・」
「・・・・・・え?」
俺は、咄嗟に言葉を挟んだ。それは、俺自身無意識で挟んだ言葉だ。
それは違う。そう、俺は首を横に振った。俺はそんな事でソラの隣にいるんじゃない。
・・・そんな理由で、ソラの傍に居たいんじゃない。
「俺は、俺がソラさんの隣に居たいから一緒に居るんだ。ソラさんと一緒に生きたいから、こうして一緒に居るんだよ。そもそも、俺は元から好きに生きているんだ。それに・・・」
それに、だ・・・
俺は、あの訓練区画の魔物達はそれ程トラウマに思っちゃいない。
「別に、俺はあの訓練区画の魔物達はそれ程気にしてはいないんです。只、俺はソラさんに失望されるのが何よりも怖いだけなんですよ・・・」
「別に、アマツ君に失望なんて・・・っ」
そう言うソラの手を、俺の右手を握るソラの手をそっと両手で包み込むように握る。ソラと俺の視線が交差して見詰め合う。ソラの瞳が、僅かに揺れる。その瞳を、俺は真剣な瞳で見詰める。
俺は、ソラに俺の気持ちが伝わるよう真剣に言う。
「今度は絶対に逃げたりしません。今度は絶対に折れたりしません。俺も、ソラさんを守れるくらいに強くなるので、ですので俺を隣に居させて下さい」
「・・・・・・あっ」
その時、ソラの頬は赤く染まり目は大きく見開かれ、俺をじっと見詰めたまま呆然としていた。
けど、俺はそれでも言葉を止めない。それでも、俺は此処で止まらない。
「ソラさん、愛してます。何時までも愛しています。何処までも付いて行きます」
「・・・・・・アマツ、君・・・」
俺とソラの距離が近付いてゆく。ゆっくり、ゆっくりと。そして、やがてその距離が零へと、
「ちょおおおっとおおおおおおおおおお、待ったあああああああああっ!!!!!!」
其処で、一人の少女が飛び出してきた。というか、ミカちゃんだった。
その傍には、痛そうに頭を押さえるリュウヤの姿もあった。というか、何故此処に二人が居る?
「リュウヤ?ミカちゃん?何故、此処に?」
「っ⁉」
しかし、ミカちゃんは俺の質問に答えずにソラを威嚇する。その威嚇は、まるで必死に威嚇する子猫のような微笑ましい物だったが。うーん・・・
「しゃーっ!ふしゃーっ‼」
「で、何故此処に居るんだ?リュウヤ?」
俺はミカちゃんを片手で摑み上げてリュウヤに聞いた。ほんの少しだけ、殺気を籠めてだ。良い所を邪魔された俺の怒りだ。甘んじて受けろ。
リュウヤは僅かに身震いをすると、引き攣った顔で答えた。
「いや、さっきお前達が一緒に歩いているのを見かけた物だから。つい?」
「いや、ついって・・・」
ミカちゃんは相変わらずソラに威嚇している。そして、ソラは何処か恥ずかしそうに頬を真っ赤に染めて俯いている。そんな二人に、俺は思わず溜息を吐きたくなった。
そして、そんな俺達の様子を見た和菓子店の店主は・・・
「おやおや、修羅場かい?」
そう言って朗らかに笑っていた。いや、何でだよ?この店主、意外と天然か?
俺は、深い深い溜息を吐きながら天を仰いだ。ああ、本当に面倒だ・・・




