3-14 頭の中は
「うっつのみやっ、うっつのみやっ」
もう車の後席に乗っている時から煩い麗鹿。
もう頭の中が餃子一色なのであろう。
しっかりと焦げ目までついているのに違いない。
そして、残りは白い泡と金色の液体で満たされているのだ。
「それ、山崎。
お前も餃子コールだっ」
「よーし、それじゃあ!」
「こらこら。車内では静かにせんか」
さすがに、西城の手前もあるので嗜めている。
それで士気が上がるというのなら餃子コールくらい安いものなのだが。
むしろ、もう宗像自身がやけくそで歌ってしまいたいくらいの気分だ。
永い付き合いなので、西城は宗像のその様子を横目で見ながら、麗鹿に話しかける。
「麗鹿さんは元気があっていいですね。
それに、いつも闇斬りとして頑張っていただいている。
感謝していますよ。
前回のガルーダには本当に参りましたね」
「いやいや、西城君よ。
妖しを舐めたらいかん。
今回の河童だって大変だよ。
見た目は暢気な連中で、はっきり言って人畜無害だが、怒らせたら脅威だ。
水場を伝って空間移動するしね。
羆くらいのチャチな動物なら法力で瞬殺さ。
仮にも水の神と崇められた者達ぞ」
「え? 羆が、チャ、チャチ?」
「西城。
相手は強大な妖魔も倒す鬼なんだから、同じ観点で話をしてはいかん」
絶句した様子の西城。
うんうんと頷く山崎。
こいつも、だいぶ人外の常識に馴染んでいるようだ。
さすが、あのガルーダと同じ箱に詰め込まれた男だけの事はある。
鬼の眷属も経験済みだし。
駅までは2キロもないため、ほどなく東京駅八重洲北口のロータリーに降ろされた三人は、西城に見送られて駅の雑踏へと消えていった。
駅でさっそく、おやつやジュースなどを買い込む麗鹿。
「宗像は何を飲むんだ?」
「ああ。ペットボトルのコーヒーを頼む。
珍しいな、麗鹿。
ビールじゃないのか」
「ビールは餃子のために取っておくんだい」
麗鹿には、宗像にはよく理解できないような妙な拘りがあるらしい。
山崎も普通にジュースを買っていた。
「まあ、宇都宮までは109・5キロで五十分もあれば着くんだ。
そんなものでいいだろう」
車で来たにも関わらず、かなりいい線で時間を見繕った、やまびこ号にさっと乗り込めた一行。
山崎は秘書の方が向いているのかもしれない。
その間にも、少しはできる仕事を片付けておこうとPCを広げる宗像。
幸い、グランクラス席なので電源は付いている。
PCを充電してくる暇さえなかった宗像。
山崎には、現地の河童出現地点のチェックを命じてある。
お気楽におやつを齧っているのは麗鹿だ。
山崎も隣でおやつを分けてもらいながらの道行となり、傍からはカップルに見えない事もないだろう。
中身は全然異なるのだが。
たかが五十分の旅。
短い車窓シアターを名残惜しげに終了し、麗鹿は餃子の街宇都宮に立ったのである。
「いや宇都宮が餃子の街だなんて、いつからそんなになったんだろうね。
ここへ来るのなんか久し振りだから、よくわからないよ」
麗鹿の久し振り。
それは一体いつの時代の話だろうか。
お殿様が籠に乗っている時代さえ最近扱いしかねない、この女の久し振りとは。
そんな想いもあったものか、額に皺を寄せる宗像。
案外と食い物絡みの場合だと、その久し振りの感覚が短くなったりするのではあったが。
だが、やる事は決まっている。
時間はまだ十一時半と早めだが、餃子ランチだ。
早めの方が空いていていいだろうと宗像も特に反対をしない。
麗鹿は行列のできる店で並ぶのも調味料のうち、と割り切っているのでいいだが。
宗像はレポート提出期限が迫っているのだ。
最終提出先は、首相官邸に設けられた危機管理対策室だ。
遅れは許されない。
しかし麗鹿には、そんな言い訳は通用しなかった。
「よしっ。三軒梯子するぞっ!」
「では、まずこのお店から行きましょう!!」
既にリサーチ済みで、もう眷属なんだか秘書なんだかという体の山崎。
おいおいという顔の宗像。
「よーし、案内せいっ!」
こうなっては仕方が無いので後からついていくだけの宗像。
まだ、どこの店に入るのか迷っていないだけマシな状態だ。
嬉々として練り歩く麗鹿と、嬉しそうに『主』を連れ歩く山崎。
といっても徒歩一分と称される距離なので、麗鹿がキョロキョロしている間に、あっという間に着いてしまったのだが。
店に入るなり、一言。
「お姉さん、ビール」
「はいはい、只今~」
慌てて走ってきてくれるお姉さん。
まだ席にも座っていないというのに。
さすがに、まだ昼飯前なので席はたくさん空いていた。
つまり、次の店からは並ぶという事なのだろう。
髪を後ろに纏めた綺麗なお姉さんに笑顔で空いた席に案内され、とりあえず焼き餃子と水餃子を全員分頼んだ。
麗鹿だけはビール付きだ。
すぐさま届けられたビールジョッキ(大)を手に一人で「カンパーイ」と叫んでいる麗鹿。
山崎と宗像は水のコップで付き合う。
山崎が少し羨ましそうだが、飲ませてやるわけにはいかない。
「山崎、ビールは夜までお預けだ」
「へーい」
それを横目に、やってきた最初の独特の丸っこい形をした焼き餃子は、次々と麗鹿の胃袋に収まっていくのだった。




