3-10 覚醒?
大阪城の堀は大きい。
それこそ、潜水艦どころか潜水艦隊が収まりそうな大きさだ。
小型の潜水艦などは横向きでなく、城に向かって縦置きにできそうだ。
深さが足りるかどうかは別として。
駅から大阪城ホールに向かって歩き、麗鹿は途中でその気配に気がついた。
「いるな」
「ああ。鳴鈴、あんたも気付いたか」
「奴ら、何かピリピリしておるようだが」
「特に変わった気配とか、危険な感じはせぬがの」
そのやり取りを耳にして、尋ねてくる宗像。
「河童はいてくれそうかね」
「みたいだねー。
でも、なんだか妙な気配なんだけど」
「何でもいいよ、連中から話を聞きだしてくれ。
今夜の焼肉のためにな」
それを聞いて、笑顔がガッツポーズしている麗鹿。
今日の締めはどうするつもりなのか。
とりあえず、脳内でビールの泡は踊っているようだった。
「個人的にも、その辺りの興味は尽きぬわ。
河童ども、一体、何を考えておるものやら」
大阪城ホールの特徴ある楕円形のドームを眺めながら横を抜けていくが、その気配は益々強まったが、首を傾げる麗鹿。
「はて、これはまた」
「うむ、なんだ?」
『二人』の会話を耳にした宗像が、思わず横から口を挟む。
「おいおい、何だ。
何か、よくない按配なのか?」
「いや? そうではないのだが」
「なんというか、面妖な気配でな」
そして、直近のお堀である東外濠に面したところで、その気配は決定的となった。
「これは」
「まさしく」
またしても少し苛立ったような感じで宗像が説明を求めた。
「だから、何なのだ。
こっちは河童の気配なんかわからんのだぞ」
「あー、なんか凄くバタバタしている気配ですねー」
「何っ」
あろうことか、声の主は昼行灯山崎だったので驚く宗像。
「お前、一体」
「はっはっは。
なるほど。
こやつ、眷属化の経験があるので、おかしな感覚が身についておるな。
素直な性格なので、そうなったか。
宗像には出来ぬ芸当よの」
「そうさな。
しかし、それもまだ弱いものであるので、この現場の強い気配だから感じられたか、あるいはそのせいで身についたか。
面白いものだ」
若干、うんざりしたような宗像。
また、おかしなことにならなければいいのだが、といった按配だろう。
「それで?」
「ああ、そやつの言う通りだ」
「そうよの。
あの河童が、このような気配を放つとは。
どうなっておる?」
人でない者達にまで驚かれている河童ども。
日頃、碌に会話も成り立たないほどの放蕩ぶり。
それが、このような勤勉なありさまを感じさせられるとは。
そのまま興味深げに歩む鬼。
斬り合いのような面倒な事があるわけではないので、歩は緩めない。
むしろ、興味本位で足は早まる。
「この堀にはおらぬな。
山崎、どこにいるかわかるかな?」
「あー、お城のところですねー。
しかも一匹じゃない。
片手で数えられるくらいですか」
「はっはっは。こやつ、本物だな」
「山崎……」
事務仕事とかやらせようと思って引っ張ってきただけの奴なのだが、この部署においては警視長の自分より優秀そうな能力を発揮できるようだ。
本職の刑事としては、そのうちにどこかへ飛ばされそうなレベルなのだが。
いや、実際に飛ばされそうになって宗像に救われたのである。
「適材適所か……」
面白いので、山崎に先頭を歩かせてみる麗鹿。
すたすたと刑事らしく、迷いなくずんずんと歩いていく山崎。
こんな力を普通に刑事として発揮できていたら、こいつも少しは出世したのだろうが。
やがて、お城の周りをフック状に囲む内濠の上を通り、大阪城天守閣へと続く橋の真ん中で足を止める山崎。
そして、すっと指を指す。
「あのあたり、いますか?
気配は非常に濃厚なんですが、僕には視えません」
「ああ、おるおる。
なんだか、ばたばたしておるな。
うん、緑色が四つ」
やっと話が核心に迫ってきた。
ホッと息を吐く宗像。
さっきから、自分の部下の動向が気になってしょうがなかったのだ。
「じゃあ、麗鹿、頼む」
「ほい、任せておきな」
また例によって羽衣を引っかぶり、軽やかに水面に舞い降りる麗鹿。
水面に波紋一つ起こさず、傍を泳いでいた水鳥さえ驚かせぬ、気配さえ殺す御業。
城壁の袂で何やら立ち忙しくしている河童どもに近づいて、普段の乱雑な声とは異なり涼やかな鈴が鳴るような声をかける麗鹿。
「やあ、こんにちは」
「ああ、駄目駄目、あっちへ行って。
今、それどころじゃないの」
「なんだ、鬼か。
今、立て込んでいるんだ。
後にしてくれ」
「ああ、もう。
あの爺さん達ときたら。
この期に及んで、会場の変更だとー!?」
けんもほろろの扱いに顔を顰める麗鹿。
だが、必殺の胡瓜を箱ごと出した。
「これでどうだ、大盤振る舞いだぜ」と言わんばかりのドヤ顔で。
しかし。
「お、胡瓜じゃねえか」
「差し入れかあ、いや気が利くなあ」
「鬼の姉さん、気風がいいねえ」
「よし、これを食って、もう一頑張りだぜ!」
河童達は各々、両手いっぱいの胡瓜を掴むと四方へと一斉に散っていった。
「おい、あの」
だが話を聞いてくれる者は、どこにもいなくなってしまった。
気配を捜してみたが、既にこの場にはいないようだ。
「あいつら、空間移動できるのか」
「そのようだな。
だから水溜りのようなところにもおるのであろう。
縄張りもあるだろうから、ホームグラウンドは決まっておるのじゃろうが。
おそらく、水場から水場へと跳ぶのであろう」
かくして、胡瓜は見事に箱ごと食い逃げされてしまったのであった。




