3-9 河童の集まり
〔おーい、そこの河童〕
人には聞こえず、妖しにだけ聞こえる波長で語りかけてみたが、その河童は振り向かずに鼻歌を歌っている。
(ちっ、これだから河童はよ)
それから、加速装置を起動したかのような加速を見せて両腕を振り振り、足を高くしゃかりきに動かして船の舳先に飛び上がるなり、こう言った。
「へい、お客さん。
胡瓜、お待ち。
キャンペーン価格で今なら無料だよ」
奴は麗鹿が突き出した胡瓜に目が吸い寄せながらも、すぐには手を出さなかったが、無料と聞いてにっこりと笑うあたりは、この河童もやはり大阪人か。
「こらまた、えらい気のつく御嬢はんやなあ。
ほなら、遠慮なくいただきまっせ」
エセ関西弁で喋りながら、独特の手付きで胡瓜を取って、早速いただく大阪河童。
「いやあ、こら活きのいい胡瓜でんな。
今にも道頓堀で泳ぎそうな勢いですわ」
少なくとも、道頓堀で泳いだ胡瓜のサラダは人間なら食べないほうが無難のようだ。
「いや、気に入ってくれて何よりだ。
ところで、最近河童がよく人前に出るらしいんだ。
人間の間で騒ぎになっているぞ。
しかも、名古屋とか行っても河童の奴らがいないんだ。
大阪は普通にいるのかな?」
河童の隣に陣取って、船の舳先に座りこみ、本懐を遂げた麗鹿。
すると、にっこり笑って水掻き付きの緑の手を突き出した河童。
すかさず阿吽の呼吸で胡瓜を差し出す麗鹿。
「いやあ、ほんまよう気のつく御嬢はんやわ。
世の中には、まったく気の利かんような鬼とかもおって、奴らにはホンマに困ったもんやけど」
そして、胡瓜をバリバリと食い尽くして更に手を出しながら語った。
麗鹿が鬼であるのは、よくわかっているようだった。
「ああ、この辺にも河童はおらんと思うで。
大阪城行ったら、お留守番がおるかもしれんがねえ」
「お留守番か。
やはり総出で出かけてしまっているのか?」
更に胡瓜を手渡しながら訊くと、河童は笑顔でこう答えた。
「全国河童環境会議や」
「会議? しかも環境会議だと?」
人間じゃああるまいしと胡乱な目で軽く睨む麗鹿。
このお気楽な河童という妖しが、そのような事をやるとは俄かに信じ難い。
「そうや、昨今の我々の住環境の悪化は目にあまる」
「あんた、そんな事言って、こんな汚い川に棲んでいるんじゃないか」
「なあに心配せんとも、そんな物好きは、このわい一人や。
ここは、他の河童がおらんから大変気楽なんや。
まあちょっと臭うが。
人間みたいに病気になりはせえへんし。
何よりも、この界隈は賑やかなのがええ」
ああ、それはわかるなと思う麗鹿であったのだが、この道頓堀の水の中で暮らせとか言われたら、言った本人を瞬斬りで真っ二つにするだろう自信は充分にあった。
どこにでも変わり者というのはいるもんだなと、隣で胡瓜を齧っている河童を見て思わず感慨に耽る。
「あんたは行かなくていいのかい?
その会議とやらには」
「ああ、わいはね、はぐれ河童だからええんや。
それにそうやなくても行きたくない奴も多いんやしなあ。
そいつらも、仕方がなくて行ってるんやろうしね」
どういう意味だろう?
首を傾げる麗鹿に笑いながら、また手を差し出す河童。
ここは勝負とばかりに、十本ほどの胡瓜束を緑の掌にベットした麗鹿。
「大阪城のお堀に行ってみな。
この大阪地区の会議事務局があるから。
今回は全国の事務局も兼ねておるらしいわ。
ここがそういう催しの中心やで。
誰かおるやろ。
東京河童は、そういうのには参加せんのや。
あいつら、お高く留まってはるのよ」
「なるほど、それで東京の奴らは普通にいるし、会議の話も知らないんだな」
そして、後は胡瓜を齧るのに専念した河童。
何を聞いても、もう役割を果たしたRPGゲームのキャラクターの如くに答えない。
「いやあ、胡瓜美味いなあ」とか言っているだけだ。
麗鹿は首を竦めて、やがて湊町船着場に到着した観光船から陸に飛び上がると、ホテルを目指していった。
「それで、河童どもはどこかに出かけて集まっているんだと?」
「ああ、そうらしいな」
ホテルの喫茶店でコーヒーを飲みつつ、宗像達とそんな話をしていた麗鹿。
タコヤキの残りは、ここまで来る道中に無事に胃袋に収めておいた。
「じゃあ、我々が捜してもなかなか見つからないという訳ですね」
「今から大阪城へ行ってみよう。
とにかく事務局とやらの話を聞いてみない事にはね」
「河童の事務局ねえ」
「その前に、胡瓜の補充をしていこう。
大阪の河童は、胡瓜にはがめつそうだ」
それから、難波駅まで戻ると『なんばCITY』のスーパーで大量に胡瓜を仕入れ、大阪城へ向かった。
さすがに、この一団が胡瓜だけをダンボール箱に二箱も買っていくと、少し怪しげな目で見られるが、「捜査に必要だから」といって警察手帳を見せたら、もっと怪しいと思われるだろうか。
どの道、『東京警視庁』宛ての領収証は貰わないといけないのだが。
近鉄から鶴橋へと向かい、駅に近づくにつれ電車の中にまで漂ってくる独特の匂い。
そして、有名な駅に密集した焼肉街に未練たらたらである麗鹿を引き摺って、大阪環状線に乗り換えて大阪城公園駅で降りた。
「果たして、河童さん達はいてくれますかね?」
「まあ、ここまでの話ができただけでも、多少はレポートの足しにはなるかな」
やっと何か報告書に書けそうなネタが出てきたので、ホッとする宗像。
まだ焼肉に未練があり、若干不服そうな麗鹿。
焼肉ならいつでも歓迎な、体が資本の若き刑事山崎。
「なあ、せっかくだからさ。
夜は焼肉に行ってから、また道頓堀と洒落こまないか?」
「ああ、ちゃんと連中から話を聞きだしてくれるのなら、それでもいいぞ」
その話を聞いて、シンクロで万歳をする麗鹿と山崎なのであった。




