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3-7 大阪へ

 結局、夕べはどこの鰻屋に行くか迷いに迷った麗鹿は、あろう事か鰻屋を梯子した。


 しかも、どちらでも「ひつまぶし」をがっつりと食って。

 実に満足そうだった。


 若い山崎はそれに追随したが、その腹はかなり苦しそうだ。

 ズボンのベルトを普段より二つほど緩めている。


 さすがに宗像は年齢的に遠慮して、後の店では軽くつまみと酒だけに留めた。


「なんだ、小僧。

 若いくせに食が細いな。

 さっきは大暴れしたくせに」


「若いとかそういう事は、頼むからあんたの基準で考えないでくれ。

 あんなものは暴れたうちにも入らないよ」


 そして、今日は有名味噌カツ店の『とんかつ弁当』を買うために、十時半の開店に合わせてホテルのチェックアウト時間ぎりぎりの十時に出てきたのだ。


 次は大阪で食いだおれる気満々の麗鹿はご機嫌な事この上ない。

 弁当と、途中でエビスビールを五百ミリリットル缶で買い込んでいる。


 これは昔からあるビールなので、この昔鬼の好みだ。

 近鉄特急のアーバンライナーはシートが三列しかない豪華な仕様だ。


 新幹線のシートより遥かに広い。

 おまけに行き先が繁華街の難波だ。

 名古屋から大阪へ行く場合、遊びに行く人とかこれを使う人は多い。


 安いのもあるが、高い金を払って新幹線で大阪駅に行くと、電車で難波方面に行こうとすると便のいい場所に出るまでが色々と面倒だ。


 梅田から地下鉄を使えば特に問題ないのだが。

 それにこの列車は到着まで二時間くらいあるので、広い座席でゆっくりとビールと料理が楽しめる。


 やれやれと思いつつも、いつも厄介な事を押し付けているのだから、たまにはこういうのもいいかと考えて宗像も大人しく付き合っている。


 仕事中なので、昼ビールは遠慮したが。

 山崎などは、何も考えずに一緒に楽しんでいる。


 それにしても困ったものだと心の中でそっと愚痴る宗像。

 何が困るというと、報告書に書く事がだ。


 散々飲み食いした挙句に、何も書く事が無いなどとは絶対に言えない。

 まあ、主に麗鹿のための飲み食いなので、そうは言われないのだろうが。


 宗像一人だと、その辺の定食か何かだ。

 そもそも、接待ならいざ知らず、出張で食い物代など出ない。


 今日は、半分くらい麗鹿の接待みたいなものだ。

 警視総監のお許しもある。


 なんだかんだ言って、麗鹿の働きには素晴らしいものがあるのだ。


 何より、彼女は人間に協力的な妖しのだから。

 この前の極楽鳥みたいな物が出現しては、自衛隊精鋭ですら完全に手に余る。


 列車に乗り込んで、椅子の横側に収納されているテーブルを引き出すと、まず昨日の金しゃち横丁で買った手羽先を取り出し、エビスビールのプルトップを開けた。


 そして袋で揺らしたため、若干泡が外に出てくるビールに唇を合わせ、おっとっとという感じで、まずは一口。


「ぷはあ、やっぱり列車の旅はこれじゃのう。

 陸蒸気の旅とか思い出すわい。

 あれは煤がちょっと堪らんのじゃが」


「陸蒸気って、お前。

 今日は、これから河童捜しがあるんだから、酒はほどほどにな」


 既にとっくに動き出した特急列車が鉄橋を渡っていくのを見ながら、麗鹿も答えた。


「捜して、そこにおるものならよいがのう。

 今回はちと異常じゃぞ?


 昨日も、奴らはおらなんだが、今日もな。

 ほれ、今もこんな大きな川を渡っておるが、彼奴らの気配一つ無いわ。


 完璧なまでの空白じゃ。

 まるで白いワニが川面を覆いつくすかの如くにな」


 宗像は思わず顔を顰める。

 河童の気配が無いというのもそうだが、自分にこの列車に乗ったまま河童の気配を感じ取れとか言われても困る。


 もちろん、列車に乗っていなくても、そんな芸当は宗像には出来やしないのであるが。


「あの河童という奴は本当に水のある場所なら、どこにでもおるものよ。

 チャチな用水路、田んぼに小川、ショッピングセンターの人工的な小水路などにもな。


 学校のプールにも水が入っている時期なら見かけるし、子供用のビニールプールに入っておったのを見つけた時には吹いたな。


 その時は、二歳くらいの子供に姿が見えてしまっておって笑えたものじゃ。

 たまにそういう子供がおる。

 親がまったく気付いておらなんだで、余計に笑えたものよ」


 楽しそうにビールのつまみ代わりとばかりに、そんな話をする麗鹿。


「あ、麗鹿さん。

 僕にも手羽先ください」


「おう、そらよ」


 プレミアムモルツ派の山崎が手羽先を欲しがったので、自分の分は弁当の上に置いて、半分量を容器ごと渡す麗鹿。


 山崎は本当なら飲んでいてはいけないのだが、まあ麗鹿の接待要員という事で御目溢しだ。


 今回みたいな仕事で、お堅い事は言わない宗像であった。


 妖怪仕事で、そんな細かい事を言ってもしょうがない。


 はっきり言えば素面でやるのが辛いような仕事で、今日だって馬鹿馬鹿しさのあまり、宗像だって飲んでしまいたくなるくらいだ。


 河童の奴ら、あれだけ頻繁に出現しておきながら、いざ調査に向かった途端、今更逃げ隠れするのだと?


「ふざけるなよ」と一言くらい言ってやりたいくらいの気持ちだ。

 思わず訊いてみた。


「そんなに頻繁にあちこちで見かける河童が、一斉に姿を隠してしまうなんて、どういうケースがあると思う?」


「そうじゃのう、やっぱり飲み会か?

 あやつらも酒は嫌いではないぞよ?」


 つまみはやっぱり胡瓜なのだろうかと、ふと想像してみる宗像。


 どこかの日本酒の広告に、そんなような絵が載っていたような気がする。

 そこへ鳴鈴が口を挟んだ。


「奴らは人間ではないのだ。

 飲み会はさすがに無いと思うのだが、何らかの要因でその地域に棲めなくなったり、何らかの危険を察知してその地を去ったりとかはあるやもしれぬな」


「例えば、大地震とか?」


 昨日、河童を捜索した辺りも昔から地震の心配は仄めかされてきた地域だ。


 だが実際には、まるで東海の地を避けるが如くに他の地域が被災しまくっている。


「いや、そんな慌しい動きであれば、その痕跡が気配となり残っておろう。

 そういう物はまったく存在しない、なんというのかの。

 それこそ、麗鹿の言った通りの飲み会のような按配だな。

『じゃあ、ちょっといってきます』とでもいうような」


「あはは。

 じゃあ、やっぱり飲み会なんだよ。

 そのうちに皆帰ってくるさ」


 麗鹿は、笑いながら今度はとんかつに手を付けて、ビールを堪能している。


「おほお、この濃厚な味噌味がいいね。

 つまみにも最高だ」


 やはり昔鬼にとっては、味噌というのは欠かせないものだったらしい。


「まあ、飲み会でなくても何かの理由で始めた集会の線はありうるな」


 そんな話をしつつも、途中に通る、生まれ故郷である鈴鹿の山々は懐かしいとみえ、麗鹿はじっと窓の外の景色を見詰めていた。


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