3-6 河童達の事情
「うーん、もう食えにゃい」
鳥料理屋で、そんな事を言っていたその舌の乾かぬうちに、茶屋でデザートにありついている麗鹿。
さっきも名古屋コーチン卵プリンを食べていたはずなのだが。鬼には別腹という物が幾つもあるらしい。
どうやら、それは山崎にもあるらしいのだが。
こいつも二皿の菓子皿を抱えている。
宗像は、あっさりとアイスクリームにしておいた。
「ああ、ふわとろ名古屋コーチン特選親子丼、美味かったなー」
そして、手羽先の持ち帰りもしっかりゲットしてきた、幸せそうな麗鹿だった。
「ところで、麗鹿。
今からは川に河童を探しに行くのか?」
「一応は。
だが、ちょっと連中は見つからないかもしれないが」
「何故そう思うんだ?」
やや、胡乱そうな目を向ける宗像。
まだ暖かい店内つきたて餅と、金シャチあんみつの二皿を抱えて幸せそうな麗鹿があっさりと答える。
「気配が薄い感じだな。
まだ距離が離れているのでなんとも言えんのだが。
なんというか堀でもそう思ったのだが、奴らはどこかへお出掛けなのではないかな」
「お出掛け、だと?」
そして、それに餅を頬張りながら返す麗鹿。
「わからぬ。ごっくん。
だが、これだけの広い堀に河童が一匹もおらぬとは考えられぬ。
おそらく元々はおったのであろう。
それとて、完全にいなくなってしまったわけではなさそうな按配でな。
そのうち帰ってはくるのだろうが、いつ帰ってくるものかわからぬのに待っている訳にも行かぬので、次を当たるしかない」
お出掛けか。
一体、どこに?
首を捻りながら思わず呟いた宗像であったが、通常なら大概は奴らが何匹も陣取っているらしいお城のお堀、実際にこのメジャー・スポットにいないのだから。
「お出掛けだとしたら、どこに行っていると思う?」
「さあ、わっしは陸住みの鬼よ。
水妖のしきたりなどは知らぬが。
そいつは、もしかしたら河童達がどこかへ集まっているかもしれんという話であるやもしれん」
「えー、河童が集まってどうするんだ?」
宗像も麗鹿から聞いて、河童どものアバウトな性格を知っている。
そんな奴らが大集会を開いているのだと?
「それこそ、鬼の知った事ではないわ。
奴らの目撃例は、この名古屋以西が多いのであるよな?」
頷く宗像。
だから、真っ先にここへ来たのだから。
「へたをすると、この先も無河童状態が続くやもしれぬ」
「おいおい、そんなのどうしたらいいんだよ」
「それは根気よく捜すしかないのう。
河童本人ないし、あるいは今回の騒動の内幕を知る事情通の者を」
つまり、それは人ではないのだろう。
河童について知識のある何者か。
鬼と河童について会話をして情報をくれる『何らかの妖し』ということになる。
アイスのスプーンを持ったまま、頭を抱える宗像。
せっかく河童を見つけて話のできる麗鹿を連れて、地方まで来たのはいいのだが、肝心の河童がいないかもという事なのだから。
「なあ、鳴鈴さんよ。
あんたには何か心当たりは?」
「すまぬ、わたしには河童は沼にひっそりと住むものという、大昔の認識が強くてな。
今時の、現代社会に適応して快適に暮らしている都会の河童の、それこそシュークリームのような頭の中身までは想像がつかぬわ」
そうだったかと、諦め顔で引っ込む宗像。
だが、行かない訳にもいかない。
どっしりと音の生えた麗鹿を促がすと店を出た。
この横丁にいると、麗鹿がなかなか動かない。
「腹ごなし、腹ごなし」とか呟きながら、また名物の金シャチソフトを買い食いしている麗鹿。
金色の何かがくっついて、唇がまずい感じになっている。
真っ黒なスーツと真っ黒サングラス、そして真っ赤な唇が金色っぽい感じに装飾された女。
いつもより、注目度が若干上がっているような気がする。
しかし、それ以前にその格好で観光地を練り歩き、名物ソフトを手にしているのはどんなものか。
お供がまた、警察官二人だ。
それは見る人が見ればすぐわかる佇まいだ。
ただ、山崎は麗鹿同様に、超観光モードではあるのだが。
正門から少し歩き、上側のお堀には向かわずに、そのまま真っ直ぐに堀川の方へと歩を進める。
そして、金シャチソフトを食べ終えた麗鹿が思わず呟く。
唇、拭けよ。
思わず、突っ込みたくなる宗像。
おまけに山崎までも同じ体たらくだ。
「むう、これはあかん感じがするな。
鳴鈴、どうだ?」
「特に河童の気配がせぬな。
元は棲んでいてもおかしくない気配なのだが」
宗像も渋い顔をしている。
どうせなら、このまま大阪へ行ってしまいたいくらいの気持ちだが、麗鹿が駄々をこねるに決まっている。
今夜は鰻の名店で「ひつまぶし」と決めているらしいし、明日の昼の弁当の購入する場所までまで決めてしまっているようだから。
「一応は、向こうの大きな河も試すぞ」
そのまま国道22号線をまっすぐに行って、地下鉄鶴舞線の浅間駅から北方面の庄内通駅で降りて、そのまま庄内川へと向かった。
庄内橋南の交差点を渡り、道路沿いに進んで階段から河川敷に降りた。
「こっちは広いですねえ。捜すにしても大変だ」
暢気に額に手を当てて、川の景色を眺めている山崎。
「うむ。
だが、やはり気配は薄い。
どうだ、鳴鈴」
「奴らの気配は、まったく感じられぬ。
あれらは何と言うかな。
『騒々しい』というのが正しいだろうか。
魚などとは、まったく異なる賑やかしさを持っておる」
「おう、活気というかな。
さすが、神扱いの水妖。
そのような何かをその地に与えるようなのだが、それが薄いのう。
完全にこの地を立ち去ってはおらんと思うのだが。
駄目だ、宗像よ。
やはり、おらぬようだ。
東京は、特にこういう事はなかったのだがな」
宗像は軽く呻いて溜め息を付いた。
これで、後はこの名古屋は麗鹿達と御飯を食べるだけになってしまった。
さすがに、それではマズイ。
よって、その後も夕方までの河童探索が続いた。
岡崎まで名鉄で戻り、乙川・矢作川を見た。
また近鉄線で行って、鈴鹿の生まれ故郷、今で言うところの三重県との境あたりまで戻り、木曽川・長良川も見てみたのであるが、そこも収穫なしであった。
「もう見ただけで奴らの気配が無いのが丸わかりだからのう」
「この辺り一帯からは、おそらく一時的に姿を消してしまったようだ」
大いにフラストレーションを溜めた宗像一行が名古屋に戻ってきて、鰻屋を目指して名古屋の繁華街で麗鹿が気勢を上げていると、女性の悲鳴が聞こえる。
「きゃー、ひったくりよー。誰かあ」
それを耳にして、思わず駆け出す宗像。
当然のように出遅れる山崎。
楽しく見物するためだけに一緒に走ってついていく麗鹿。
「どけえっ」
凄い形相で、怒鳴りつけながら走り抜けようとした若い男。
手にはブランド物の女性用高級バッグを抱えている。
だが、こういう事はバイクか何かでやらなければいけない。
なぜなら。
やけに嬉しそうな笑顔を浮かべて、その前に立ちはだかる宗像。
「野郎!」
男は懐からチャチなナイフを取り出して、脅しながら押し通ろうとしたが、警視庁にその名を轟かせた『鬼の宗像』とは、そんな玩具以下の代物が通用するような柔な男ではない。
止せばいいのに、引ったくりの現行犯に加えて、銃刀法違反と警官相手の傷害未遂がしっかりとついた。
宗像といえば、その男の愚行に目を細めて眺め見て、素敵な頬笑を浮かべながら仁王立ちしていた。
本気で刺す気の無い刃渡り8cm程度の刃物など恐れはしない。
それを振り回してすらいないのだし。
「うははははは」
宗像は何故か大笑いしながら向かっていき、そいつを一発でぶちのめした。
そのごつい拳が相対速度をもって顎に命中して綺麗に振り抜かれた。
男は大きく頭を仰け反らして、その目と脳は瞬間に激しく揺れた。
一瞬、足が持ち上がってしまうほどの圧倒的なパンチだった。
何故、ここでアッパーカットなのか!?
宗像修二、それはただのおっさんではないのだから。
だが、果たしてそこまでやる必要があっただろうか。
油断すると、その電光パンチ一発で犯人が死んでしまいかねない、そんな強烈な一発であった。
鬼警部などという生易しい物ではない。
たとえ警部が殉職して、二階級特進しても追いつかない。
それが警視長という階級なのだ。
小さな県の県警本部長に任命されたりするような階級だ。
本来なら、こんなところで引ったくりをぶちのめしていたりするような人間ではない。
警視庁とか県警本部で、ふんぞり返っているはずの人間なのだ。
とても偉い人なのだから。
「あ、ありがとうございました!」
「いえ、本官は警察官でありますので、礼には及びません」
息を切らして駆けてきた、その四十代と思われる女性が礼を言うと、宗像は警察手帳を見せて敬礼した。
女性は、警察の役職など碌にわからないので、愛知県警の刑事さんだと思ったらしいが。
男前な宗像を前にやや頬を上気させて。
だが、妙に声をかけたりしないのは一緒にいる、まだ唇を怪しげな色に塗装したままの麗鹿のせいだ。
楽しい見ものが見られたので、若干妖しく見える笑顔をうっすらと貼り付けているので、些か不気味だ。
それにしても宗像の方は、なんというか実に晴れやかな笑顔だった。
堤防から思わず大きな鯛を吊り上げてしまった釣り師さんとか、競馬で大穴馬券を当てて恵比寿様のような笑顔になっている馬券師さんを思い出させるような。
思わぬストレス発散に、大満足の宗像なのであった。




