3-5 御留守の奴等
堀の中の水域を見渡してみても、河童の姿はどこにもない。
「案外と広いな。
草とか濛々と生えている感じだし。
これじゃあ、河童が捜しづらい!
それに何かこう、河童の気配が薄い気がするのだ」
「そうですねー。
なんか潜水艦ドッグなんかよりも広い感じじゃないですか」
それを聞いて少し悪戯っぽく笑う麗鹿。
もし、どこかで潜水艦を仕入れられたら、あざ丸に言って持ち運び、いきなりここに浮べてやったら驚かれるのだろうなと。
さすがに潜水艦を浮上させておけるだけの水位は無いので座礁してしまうだろうが。
ギャラリーには、いきなり潜水艦がお堀に浮上してきたように見える事だろう。
その怪しげな笑みを見咎めた宗像が、胡乱そうな眼で問うた。
「お前、何を考えているんだ?」
「いやあ、別に。なあんも」
口笛でも吹きそうな感じに横を向く麗鹿。
しかし、霊力を纏った鬼の目で見渡してみたのだが、奴らはどこにも見当たらないようだ。
やはりおらぬか、と眉を顰める麗鹿。
気配はまったく無かったのだ。
「それにしてもいないな、河童の奴め」
「どこへ行ったんでしょうねー。
河童って、こういうお堀のところには大概はいるものなのでしょう?」
「ああ。
おかしいな。
これだけの広さの堀に、あの連中がいないわけがないのだがなあ。
水溜りみたいな池にもいやがるくせに。
ここには、気配一つ見当たらないぞ」
麗鹿と山崎は、そんな会話をしながら堀を見回している。
麗鹿は若干首を傾げ気味に。
もっとも山崎には、河童などは元から見えやしないのであるが。
胡瓜を振り回しながら、ぐるっと一周お堀を回り目を凝らしたが、やはりここにはいないようだ。
すれ違った若いアベックが、胡瓜を両手に持って振り回しながら「おーい、河童やーい、どこだあ」と叫んで歩く黒スーツとサングラスの女に、ちょっとガン見気味に振り返っていた。
宗像の咳払いが何度も聞こえたが、この鬼のお姉さんは、まったく意に介してはいないようだ。
「駄目だ、宗像。
後で、そこの堀川? そこへ行ってから、いなければ庄内川まで出てみよう。
川で奴らを捜すのは一難儀なのだがな。
それでも、いるのなら気配くらいはわかる。
とりあえず先に飯だ、飯」
そして名古屋城を一周してから正門まで二周目を周回し、その観光横丁へ見にいったのだが、一般的なメニューの店は避けた。
どうせなら地元でしか食えないような奴がいい。麗鹿はそれを求めて地方巡業にやってきたのだから。
わざわざ、胡瓜などを持って。
「豆腐・糠漬け料理・天麩羅・牛肉なんかも魅力的だが、今日はパスだな。
うどんは、昔人(鬼)的に金しゃち味噌煮込みうどんが後ろ髪惹かれるが、今日はパス。
土産と酒と、えびせんべいは後で買えばよしと。
美味そうな和菓子の置いてある茶屋は後で寄るとして、鰻は持ち帰りのうなぎいなりが買えるのか。
よし、そいつを頂いて帰るか。あざ丸、収納の方は任せたぞ。後は名古屋コーチンの鶏料理屋と有名な味噌かつ店か。
どうする、山崎」
捜査よりも飯の選定に真剣な鬼。
だが山崎はにっこりと微笑み、淀みなく答えた。
「味噌カツの店は、チェーン店が多いですから。
できれば矢場町にある本店で食べるの方が趣もあるんじゃないでしょうかね。
人がたくさん並んでいますが、案外と早くはけるようです。
この金しゃち横丁では鶏の方がお薦めでしょうか。
ここもチェーン店はたくさんありますが、弁当よりも、きっと店で食べたほうがいいです」
それを聞き、非常に満足そうな麗鹿。
それを見て、山崎の奴も刑事としての仕事の方もこのくらいスパッと片付けてしまえるのなら、今頃こんなところにはいないものをとか、つい思ってしまう宗像であった。
「鳥は、この間に食い損なったことだしな。
よし、鳥だ。鳥に決まったな。
たとえ天地がひっくりかえろうとも、もはや鳥以外にはありえん。
万難を排して鳥だ。
行くぞ、宗像」
先頭切って鶏料理屋に突撃する麗鹿。
もはや先日の鳥妖魔でもなんでもない、ただの鳥(肉)に取り憑かれてしまった麗鹿。
「まあ、ここは愛知県、主に名古屋で人気のある店しか出店していないし、有名店が一同に会しているので、特によその土地から来た人には利用しやすいですね。
観光地にあって、これ自体が観光施設ですから。
ただ、設備にそれなりの費用がかかっているようなので、もしかすると出店料が嵩んでいるかもですが。
ただ、この観光地名古屋城で食べるのが、またいいわけでして。
あと、通なら自分の足で探すのが楽しみってものでしょう」
何か、名古屋観光の達人のような事を言っているが、この山崎は愛知県とは何一つ縁も所縁もない。
「ひつまぶし名古屋発祥説において、その元祖と言われる、あつたの鰻屋とか錦の鰻屋も行ってみたかったですね。
マップもちゃんとチェックしてあるのですが」
山崎がとても鰻屋さんに行きたそうにしている。
もちろん、自分が行きたいから調べ上げておいたのだろうが。
とても仕事で来たとは思えない雰囲気だ。
「夜は鰻屋に行くか。
飲むのにもいいし。
白焼きに骨せんべい、日本酒も捨て難いな。
だが、名古屋なのだぞ。
やはり味噌かつも捨て難い!」
元は名古屋近隣の鈴鹿の生まれ。
この辺りの食事には妙に拘りがあるようだ。
それに古き鬼には日本酒が一番馴染み深い。
酒の種類としては、ビールが一番好きなのだが。
昔、日本でビールが初めて出だした頃、サラリーマンには贅沢過ぎる値段であったのだが、麗鹿は金だけはあったので浴びるように飲んでいたものだ。
「麗鹿さん、味噌カツの店には持ち帰りのとんかつ弁当やひれかつサンドがあるのですよ。
名古屋駅の地下にも支店があります」
「よし、決まったな。
明日は移動の前に、名古屋駅の地下でそれを買って電車の中で食べるとしよう。
明日は近鉄特級で大阪に移動だったよな。
もちろんビールも忘れるな」
最早、物見遊山以外の何物でもなかった。
しかし、宗像の立場としては来ぬ訳には行かなかったのだから。
それにしても肝心の河童どもがいないとは。
せめて大阪にはいてほしい。
まあ、戦闘するわけではないのでビールくらいは飲んでも良かろう。
まだ今から名古屋コーチンをいただくというのに、夜や明日の弁当の話に熱い二人組。
案外といいコンビなのかもしれない。
ここの鳥料理屋だってチェーン店なのだが、味噌カツは電車の中で弁当とビールにできるという点から、お昼はここの鳥料理屋に圧倒的な軍配が上がった。
ここにも弁当はあったのだが、そっちは腰を据えて食いたかったようだ。
それに、こんな店に入ったのだから飲む気満々だろう。
お店に入って一言。
「お姉さん、ビール~!」
そして、例によって片っ端からメニューに挑戦していく麗鹿なのであった。




