1-16 髪はいっぱいの友達
翌日、ぶっすうとした顔で麗鹿は、机の上で両手を組み合わせた警視総監の前にいた。
宗像も一緒だ。
麗鹿は相変わらず、カラスのように真っ黒な格好だ。
「ご苦労様でした。
麗鹿さん、あれは仕方が無いです。
とんでもない怪物です。
なんというか、怨念を感じるというか」
さすがに、ここで麗鹿は責められないだろう。
あんなの有りか! というような事の連続だった。
何をしでかしてくるのかわからないのは想定できたが、完全に上を行かれてしまった。
「いや、あれは怨念そのものですから。
しかし、もう同じ手で罠は使えないと思います。
奴はまるで人間そのもので、凄く知恵が回る。
おまけに通常の物理兵器は通用しないでしょう」
「囮役の刑事が無事帰ってこれて、とりあえず怪我人もいなかったのですから、失敗したとしてもまだ上出来でしょう。
向こうの情報もかなり引き出せたのですし。
しかし、なんて頭の回る奴なんだ。
あなたの策をこうも封じるとは。
警察も自衛隊も頭が痛いですよ。
これから、どうしますかね」
「仕方が無いから、張り込む」
なおも憮然とした様子で、ぼそっと探偵らしい内容で答える麗鹿。
よっぽど取り逃がしたのが悔しかったようだ。
あれだけ大掛かりにやって逃がしたのだから、無理もない。
闇斬りのメンツ丸潰れだ。
他の国の闇斬り共にも笑われているんじゃないだろうか。
なんだか小馬鹿にされたかのような、ありえないような真似ばかりされたのだし。
「張り込むって、お前。
どうやってだ。
どこに出てくるかわからないんだぞ」
宗像の言う事も、実にもっともだ。
相手は関東一円に出没しているし、呼べば富士にだってやってくる相手なのだ。
範囲が広すぎる。
同じ場所ばかりには現われないのは今までの例からも推測できる。
「こうする」
そう言って、プツっと髪の毛を一本抜くと、ふっと息を吹きかけた。
すると、それは瞬く間に麗鹿の姿を取った。
「うわ、なんだそりゃ」
「式神だ。
紙切れの式紙でなく、毛髪の式髪だな。
頭の寂しい人にはできない芸当さ」
「ええい、お前は孫悟空か!
しかしだな、それをいっぱい作ると禿げたりしないか?」
「やかましい。
この千年近く、禿げた事は一度も無いんだよっ。
毛根復活祈願の神として全国に祀られてもいいくらいさ。
しかし、早くあのガルーダの奴を、ふん捕まえて始末しない事にはな。
この麗鹿、人生ならぬ鬼生が始まって以来の円形脱毛症に悩む事になりそうだ!」
それを聞いて、さすがに苦笑いする警視庁上層部の二人。
そして、その場で麗鹿が次々とクローン式髪を作ろうとしているので慌てて宗像が止めた。
「お前がいっぱい警視庁から出ていったら、みんなが驚くだろう。
頼むから外でやってくれ」
麗鹿は首を竦めて、外に出て行った。
警視庁ビルの廊下を歩きながら、ぶつぶつとぼやく麗鹿。
「あんにゃろう。
まったく、あの糞鳥め。
今度会ったらフライドチキンの刑にしてやる」
そして、外に出たら遠慮なく髪を引き抜いていく。
そして次々と分身の式髪を作り出していく。
もちろん、そいつらもカラスの如くに真っ黒だ。
宗像が煩い事を言うので、式髪が人からは見えぬよう細工した。
鬼である麗鹿は、抜いた髪などすぐに再生するが、式髪は込められた霊力によって動く。
奴を見つけしだい、戦闘に霊力を注ぎ込みたいので数はほどほどにしておいた。
彼らは風に乗って飛んでいき、各地で監視する。
奴を感知でき次第、こちらに情報を流すセンサーのような役割だけなので、さほど力は要らぬ。
これが自衛隊あたりを動員して片付けられるような相手であれば、鈴鹿は奴を見つけ出す事のみ集中すればいいので、大量の式髪を放てるのだが。
そういう事なので、正直言って少し期待薄だと思っている。
それに、あいつとやり合うのも最初から気が進まない。
奴と会えば会うほどに、その気持ちも高まる。
鈴鹿には、あいつの気持ちがわかる気がする。
女というものは愛情に生きるのだ。
しかし裏を返せばそれが裏切られた時、それは深い怨念となって、どろどろとした深い沼のように本人の魂さえも絡め取るだろう。
鈴鹿は思う。
もし自分がそうであったとしたら、狂わぬ保障など絶対に出来ぬと。
あくまで、もしそのような事があったらという仮定の世界の話だが。
今、それはありえない。
愛する者とは、今この時代を共に歩んでいるのだから。
自分自身も高い塔の上に飛び乗って陣取る。
人に見られると面倒なので羽衣を被っておく。
これには『隠れ蓑』のような効果も与えられる。
そして、ぼんやりと、ただただぼんやりと眼下を眺める。
麗鹿は、こうして人の営みを眺めたりするのが、とても好きだ。
駅のカフェから、東京の大きな街の雑踏、何万人もの人が集まるコンサートやイベントなど。
鬼は祭りも大好きだ。
鬼はよく人に変化して、そういった場所に顔を出す。
特に元が人であった鬼などは特に。
間抜けな奴などは、酒に溺れ正体を現してしまい討ち取られたり、掴まって鬼斬りの手伝いをさせられたりなど笑えるエピソードも多い。
そして鬼の中には、人と恋に落ち子を設け、共に生きる者もいた。
そう、麗鹿、いや鈴鹿御前のように。
懐かしく思い出す、あれらの日々。
思い出すだけで幸せな日々。
今でもはっきりと思い出せる桃源郷のような日々。
麗鹿の形よく、また真っ赤な唇の端は、彼女を知る者が見たら驚くほどに、優しく柔らかに吊り上がっていた。
「なあ、鳴鈴」
「なんだ、麗鹿」
「移ろう時の中、こんなに幸せに思える時もあるものよのう」
「そうさな。
だが今は戦うべき時が来たようだぞ」
涼やかな鈴が鳴った。
どうやら、式が奴を発見したようだ。
「ゆくか」
無言で頷く鳴鈴の気配。
麗鹿は速やかに霊装を纏い、そのまま塔から飛んだ。
これは、近い。
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