力の使いどころ
そういえばまだヒロインが出てませんね。気づきませんでした…。
力を求めて戦い続けて数年が経った。
生まれた時は人の子と同じくらいの体であったが、それが大人と同じくらいに大きくなるくらい成長した。
そして、段々とこの非日常に慣れていった。毎日見合わせる化け物たちはそれぞれ異なり、顔が崩れているモノや体が欠損しているモノ。姿を変えるモノや複数の意思を持つモノなど、まさに個性豊かという言葉がぴったりなモノたちに囲まれて生きてきた。
皮肉なことに、その全ては俺に優しくしかった。時には父のように厳しく接し、時には母のように優しく抱きしめ、時には友のように俺をからかった。その全てが汚らわしく、大嫌いだった。
「おーい、竜、竜ってば」
そして今日も始まる。化け物と過ごす一日が。
「起きろ。今日も訓練するんだろ?」
目を開けると、そこには人の顔があった。
もっとも、人間ではないが。
「ケンタウロス…」
「え?そうだけど」
目の前にいるのはとても麗しい美形の男の顔を持つ馬だ。中途半端に上半身だけ人間の姿であり、馬の下半身を持つだけの比較的目に優しい化け物、それが俺にとってのこいつだ。
「俺は、竜じゃない」
「またそれかよ。何だっけ?ミズキコウ?何だかよくわからないけど、いい加減人間ごっこはやめろって」
「ごっこじゃない!俺は人間だ」
「はいはい。わかったわかった。いいから早く準備しろ」
ほら、とケンタウロスは俺に服を差し出す。まるで世話焼きな母親だ。
「やめてよ。子供じゃないんだから」
「いやいやいや、十分子供だろ?まだ生まれてから何年も経ってないだろ」
「年齢と精神は比例しないよ。それが魔族だろ」
「そうだけどさ。何だかお前危なっかしいんだよ。いつもいつも戦い続けててさ。何するつもりだ?もう人間との戦いもないんだぞ」
「ほっといてくれ。余計なお世話だよ」
ケンタウロスの持つ服を着込み、部屋を出る。窓からのぞき込むのは暗い闇だ。この世界では時間でしか朝を知ることができない。天気なんてものはない。空はいつだって塗りつぶしたかのような黒色だった。
「あ、そうそう。今日は夜に受け入れがあるって」
「…え?」
受け入れ。言葉のままの意味だ。この世界に来るものを受け入れる。その、この世界に来るものとは。
「前のは増えなかったからなぁ。今度は長続きするといいんだけど」
「やめろ!そんな言い方するな!」
ケンタウロスの首を鷲掴む。人の首と全く同じ形をしているそれを掴むと、「ぐぇー」とわざとらしそうに声を漏らした。
「いてて、怒るなよ。お前が人間ごっこするのは勝手だけどさ。それを俺たちにまで押し付けるなよ」
「うるさい!俺はお前らとは違う、一緒にするな!」
「はいはい。人間を家畜にするのは良くないことですねー」
首を掴んだ手をケンタウロスの両手が力づくで離す。再びわざとらしそうに痛がると、溜息を吐いて俺の肩にポンと手を置いた。
「なぁ、いい加減にやめようぜ。おれたちもお前のそれに相手するの飽きてきてるんだ。普通に生きようぜ。普通に」
「俺は普通に生きてる」
「そんなわけないだろ。どの口が言うんだ」
「お前と俺の普通は違う。ただそれだけのことだよ」
「ふーん」
この話に飽きたようで、生返事をしながらケンタウロスは訓練場へと向かっていく。俺とあいつはいつもこんな感じだ。あいつは突然俺に興味を持ちだし、突然興味を失う。この繰り返しだ。
いや、今はケンタウロスのことなんかどうでもいい。それよりも、今夜のことだ。
「また、人間が」
人間がこの魔界にやってくる。客人としてではない。家畜の種や母体として。
魔族は人間を完全に支配下に置いていた。生贄として若い数人の人間を定期的に魔界に献上させることで、人間たちを襲わない、そんな契約を結んでいるとのことであった。
もちろん人間側も黙っているだけではない。幾度となく反乱を行い、革命を起こそうとしてきた。しかし、遥か上の実力を持つ魔族は反乱の度に人間を捻りつぶした。
自分たちの力を見せつけるように、残酷に、効果的に、意思を奪うように。
それが、この世界の歴史で、現在だ。
「これ以上、人間を犠牲にはしたくない…」
この世界で、俺は成長した。
戦うことができるようになった。少しは力を手に入れた。
今がきっと、その力を使うときなんだ…!!