表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
α空間の狂ってない彼女  作者: 6月32日
45/46

看護師の手紙(山口編)

 あなたたちご夫婦には大変迷惑をかけました。

 あなたたちが育ての親となって下さったことやツヨシくんがお兄さんになってくれたことは、不幸な境遇で始まったあの子の人生にとってせめてもの救いだったと思います。

 何とお礼を申し上げて良いか分かりません。


 それと私のことをずっと黙っていて下さりありがとうございました。

 あの子は一人で秘密を抱えて生きられるほど、強い子ではありません。

 事実がシズカに知れれば、きっと私たちを恨んで、あの人にもそれは伝わってしまったでしょう。

 あの人はそれでもわたしを手元に置いてくれるほど甘い人ではありません。


 もちろんあの人の近くにいたい、という気持ちもありました。

 しかし、それは母としての気持ちに勝るものではありません。

 何よりも、わたしはシズカの近くにいたかった。あの子のそばでその成長を見守りたかった。

 勝手な言い分と思われても仕方ありません。

 いくらあの子を陰から支えたところで私の罪が軽くなるわけではありません。

 それでも、もし私が生きることを許されるのならあの子の傍以外には考えられなかったのです。


 あの子が病気になり、病棟に入院することになったとき、私は嬉しかった。

 彼女には大変申し訳ないことです。

 でも、これでやっとあの子の面倒をみてやることができる、そう考える自分を止めることができませんでした。

 それからしばらく私は、彼女の世話をできる幸福を噛みしめておりました。


 かつて代理ミュンヒハウゼン症候群の母親の担当になったことがあります。

 そのときは全く理解できなかった母親の気持ちが分かった気がしました。

 もちろん、ミュンヒハウゼンのように故意にシズカの病状を悪化させたことはありません。

 それに、あの子はそんなことをしなくても日に日に、目に見えて悪くなっていきました。

 そして、あの子の具合が悪くなり、仕事が増えるごとに私の幸福も増していきました。

 それは残酷なことでした。

 私の母親としての気持ちは強くなり過ぎ、歪んでしまったのかもしれません。


 普通なら、自分の幸福よりも、我が子が救われることを願うでしょう。

 もちろん、私もずっとあの子を救ってやりたいと思っていました。

 しかし、あのときのシズカをどのように救ってやったら良いのか私には全く分かりませんでした。


 あの人が示した手術の計画はまやかしの希望に覚えました。

 私もこの仕事をして二十年以上になります。多少でも医学知識があり、あの子の病気が現在の医学では治療できないことは理解しておりました。また、医師の無理な治療方針で苦しむ患者さんもたくさん見て参りました。

 シズカをこれ以上苦しめることだけは避けなければなりませんでした。

 あの子を救うために私ができることは、計画を止めることだけであるように思えました。

 私は自分で申し出て、オペ室担当となりました。


 あなたも看護師なのでおわかりだと思いますが、医師の中には血管確保に自信のない方も多く、そうでない場合も、こちらから申し出れば断られることはほとんどありません。

 私はシズカの血管に針を刺し、塩化カリウムを流し込みました。

 娘を殺してしまったことを、私は後悔しておりません。

 娘のことは私が始末をつけるべきだとずっと考えておりました。あの子を救うのはわたしの仕事です。他の誰にも任せることはできません。

 あの子は私と羅無蔵さんの子どもですから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ