彼女の目にうつるたくさんのゴミは僕が排除してあげる~僕しか見えなくなった君へ
「本当に、レムくんにそっくり」
彼女、美琴が僕の顔をのぞきこみながら、うっとりしている。
彼女の指先が、僕の顔や目元を優しくなぞる。
その指が求めているのは僕ではない。
美琴が推している地下アイドルグループの一人「レム」の骨格なのだと、僕は最初から知っていた。
デートの時、美琴はいつも僕にレムと同じ香りをつけさせ、同じ角度で自撮りに写ることを求めた。
彼女の瞳は、僕というフィルターを通して、別の男を見つめている。
それがたまらなく不快で、たまらなく愛おしかった。
美琴のその綺麗な目に、僕以外の男を映させたくない。
あの男、レムも、世界中のゴミみたいな他人も、全部消してしまいたい。
僕が彼女の顔を両手ではさんで固定し、その網膜の奥まで届くようにじっと見つめ続けたのは、そんな強い願い……あるいは呪い、だったのかもしれない。
異変は、付き合って三ヶ月が経った頃に始まった。
「ねえ、なんだか最近、目がかすむの」
美琴がスマホを見ながら、目をこすった。
画面にはあのアイドルの動画が流れていたが、彼女にはその「顔」だけが、モザイクをかけたように激しくゆがんで見えるのだという。
最初はただの眼精疲労だと思われていた症状は、数日のうちに、彼女の周囲の男たちの顔、そして女友達の顔へと、急速に広がっていった。
まるで「黒いシミ」のように……。
僕はふるえ、おびえる彼女を連れて、地域で一番大きな総合病院へと向かった。
眼科の薄暗い検査室。
無機質な医療機器、カチカチと響く乾いた音。
モニターに映る彼女の眼球は、どこまでも正常だった。
医師は何度も検査結果を見返している。
「異常が見当たりません」
レンズの役割を果たす水晶体も、どこまでも透明で濁り一つない。
「おかしいな……」
医師は何度も首を傾げる。
「角膜にも水晶体にも異常はありません。解剖学的には、あなたの眼球は完璧に光を通しています。人の『顔』だけが真っ黒に見えるなんて……」
「でも、先生、本当に見えないの……! みんな顔のところが、炭を塗られたみたいに真っ黒で……」
美琴の声が恐怖で震える。
「気のせいか、精神的なものじゃないですかね。臨床心理科か、脳のMRIを……」
医師の言葉を遮るように、僕は美琴の肩をそっと抱き寄せた。
「先生、もう結構です。ありがとうございました」
僕は医師に、丁寧にお辞儀をした。
隣でガタガタと震える美琴の手を強く握りしめながら、僕は胸の奥から湧き上がる歓喜を、必死に抑えていた。
医者にはわからない。
けれど僕には分かる気がした。
美琴が僕だけを見つめるたび、その瞳は以前よりも澄んで見えた。
逆に他人へ向けられた視線は、まるで拒絶するように曇っていく。
彼女の目は、少しずつ僕だけのものになっている。
僕以外の光を、あのアイドルもすべて『異物』として拒絶し始めている。
「怖い……怖いよ、何も見えなくなっちゃう……」
病院の待合室で、美琴が僕の胸に顔を埋めて泣きじゃくった。
「大丈夫だよ、美琴」
僕は彼女の濡れた睫毛をそっと撫で、耳元で優しく囁いた。
「世界がどんなに暗闇になっても、僕だけは君の目の前にいるから。僕のことだけ、見ていればいいんだよ」
うなずいた彼女の黒目の中心を僕はじっと見つめる。
底なしの深い穴のような瞳孔の奥、そこに見えるのは僕の笑顔だけ。
「僕だけ見ていればいいんだよ」
彼女は泣きながら何度も頷いた。
その瞳には、もう僕以外の誰も映っていなかった。




