08話 アルマが……!
◆14歳の早春(2) 【魔時計:0時41分】
――4、5歳の頃。
幼学舎への行き来につき添いをしていたメイドたちの中にアルマがいた。
メイド……ってゆってもその時分はまだ彼女自身も6歳くらいでわたしと歳も近く、メイド業務をこなすってゆーより、わたしがグズらんようにご機嫌持ちをする役やってんやろと思う。
地方の村から、口減らしのために街に連れてこられ就活させられた彼女は、運良く当家の執事長がたまたま出してたメイド求人に応募して採用された。そして、初めて与えられた仕事が御守やったと聞いている。
当初わたしの中では【その他大勢のひとり】やったのが、彼女の名前を覚えるきっかけになったんが、【白熊ぬいぐるみ事件】やった。
お父さまから誕生日に貰った白熊のぬいぐるみが気に入りすぎて、毎日ベットの中で抱き締めて寝てたらあるとき、首がポロンともげてもーた。
ワンワン泣くわたしと、ひたすら困惑するメイドたちを慮ってか、「わたしに任せてください」と志願してそれを預かり、針糸の扱いも覚束んクセに悪戦苦闘しながらも、どうにかその場で直してくれた、それがアルマやった。
そりゃ……もう嬉しかったよ。
けどもそれ以来、その白熊はずっと首を傾げたままで固定されてもーて。
トーゼンや。お裁縫の技能なんて全く備わって無い、見習い幼児メイドの力作やってんから。
それでわたしはその日からしばらくの間、アルマを見つけるたんびに質問をしだした。
「熊さん、ずっと不思議そうなカオしてねん?」
「なんで首かしげてんのん?」
「どうして? って熊さんが聞いてるみたいやねん」
なんて風にさ。
そしたら彼女、
『ゴハンしっかり食べてる?』
『オナカ痛くない?』
『楽しく遊んでる?』
「……って、ナディーヌさまを心配してお聞きしてるんですよ」
なーんて、その場その場でわたしの心情を汲み声色のバリエーション変えながら、熊のモノマネまでして、いちいち答えてくれてんなぁ。
しかも「そーなんやぁ」と大いに納得してしまったわたしは、(当人には不幸やったかも知れんが、)アルマって名前を覚えてしまい、「ねぇ、アルマはどこでお仕事してんの? また熊さんが聞いてんの、今日は何て聞いてんのかなぁ?」 とか、エライ迷惑かけたなぁって思う。メンドーやったよね?
でもさぁ、アルマ。こうゆってくれてんなぁ。
「毎日ナディーヌさまに話し掛けてもらって、とても嬉しいですよ」
それ、本心やったの?
やとしたら、メッチャ嬉しいねんけども。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――ラファイエット氏の屋敷内は逃げ惑う者たちで溢れていた。
「ジャマや、退け! モーリス兄さまを出せや」
わたしとて無用のケガ人は出したくない。
けども目障りや。この家に出入りする人間はみーんな敵に思えてくる。
時々、腕っ節の強そうな衛士らしきヤツらが向こう見ずな体当たりをかませてくる。でも、あらかじめ張ってた魔力障壁にはばまれ、わたしの身辺にとりつくことすら出来ない。
ついには、
「ラファイエット騎士隊および警護隊、並べッ」
「騎士隊は両左右に分れ突撃する。ひるむな!」
「警護隊は騎士隊を援護し、意地にかけて侵入者を制止させよ!」
「突っ込め!」
目前の廊下に私設の騎士団らが居並び、いっせいに攻勢を仕掛けてくる。
――まったく。
不快極まりないッ。
ギュッと力を込めた握り拳を、壁にぶつける。
亀裂の入った壁と、更には天井から、黄色い怪光が囂々ととぐろを浮き立たせ、廊下をグルグル巻きに破壊しながら裂け目を延ばし、重装防護した彼らにぶち当たった。木の葉のように吹き飛ぶ騎士団と、砕けた構築物。
「モーリス卿はどこやっ?」
声を張り上げたわたしの前に、ひとりのメイドが立ち塞がった。
それまで、他の子たちと見分けがつかなかったけども、瞬時に判った。
紛れもない、メイド服のアルマだった。
「アルマ!」
「これ以上の立ち入りはダメです。もうお帰りくださいッ」
「!」
屹然とゆわれ、胸が詰まった。
わたしとの再会に心を揺らしている様子は無い。むしろ、アルマの目は歓迎とは程遠い、冷ややかな理性が前面に出ていた。
「迎えに来た。一緒に帰ろう?」
わたしは彼女に何かを求めて手を延ばした。
でも。
あのときと同様、身を固くされた。2、3歩引き下がられた。
頭が真っ白になり足がガクガクした。
「……なんで何もゆってくれへんの? なんで自分ばっかり辛い目に遭おうすんの?」
するとフルフルと彼女が首を振った。わたしの涙声に少し動揺の色を表わした。
「わたし、執事長と約束したんです。絶対にノエミさまに苦労させまいと。絶対にノエミさまを不幸にさせないと誓いました」
「アルマとの暮らし、苦労でも不幸でも無かったよ!」
「でも、騙されて気苦労をされました。だからわたしはこうして、このお屋敷でお勤めさせて頂いております」
お勤め?
わたしは見た。
知った。
……あんな事をするのがお勤め?
わたしに「村に帰る」なんて、嘘をついてまで?
苦しい。
胸が痛い。
でもアルマはもっと苦しくて痛いはずや。
「騙されてんのはアルマも同じや!」
「……どういう意味ですか」
「こんな所で意に添わんコト続けても、ムダや!」
「……それは、どういう……」
どうも、こうも、無い。
「帰ろ? お家に帰ろ、アルマ?」
でも。頑なに首を振るアルマ。
何かを覚ったのか、ツー……と涙を流した。嗚咽は歯を食いしばって耐えている。
「そんなのって無い……」
「……アルマ?」
「……わたし、到底あの方を赦せません」
呟き、脱力して膝立ちになった。
そこに矢が飛来しアルマの背に深く喰い込んだ。わたしを狙ってやたらめったらに放たれた、無数の矢の中の一本。
何が起こったのか理解出来ずいると、アルマが口をパクパクさせてわたしに倒れ掛かってきた。その口から信じられないほどの量の血が噴き出ていた。
「わああぁぁぁ! そんなっ、そんなあっ!」
我流だ。とゆうより祈りだ。
わたしは全身の魔気を込めてアルマの治癒を図った。青白く明滅する彼女に呼び掛けた。
「アルマ! アルマあぁッ!」
激しく損壊した窓の外で馬のいななきがした。
数台の馬車が屋敷を出て行こうとしていた。
「……コンノォ、逃がすかあッ!」
瀕死のアルマを肩に載せあげ、わたしは地を蹴った。