40話 努力の意味
ノエミ、内省の発端。
◆15歳の秋(2) 【魔時計:5時34分】
――自分で自分の糧を得ろ!
みたいな事をエミルにゆわれてから3日。……もーかなりの空腹で、正直フラフラする。
今日も水面に目を凝らす。
相変わらず、たーくさんの魚影が底の方に揺らめいてる。
「いーっぱい魚が獲れる場所やから、せーらい気張ってや!」
などとわざとらしい方言でかましてわたしの感情逆撫でしたクセに、その後は一向に姿を現さないエミル。無論サシャも右に同じ。
ぐうぅ……。
ムカつくうぅぅ。
しかも部屋に帰ると、水と果物は欠かさず置いてくれてる。生存に最低限必要なものって感じで。これがまた小憎らしい。……そしてとうとう昨晩はそれに手をつけちゃったのが、更に更にムカツクねんな! ……これは自分に。
「……魚さん、魚さん。別に意地悪してへんよね? わたしね、流石にオナカペコペコになってもーて結構いや、メッチャクチャ辛いねん。……やから今日は捕まってな?」
わたしは誰と会話をしてんねん、いったい。
バスローブを脱ぎ、(水着のいでたちになり、)柔軟体操して。意を決して飛び込む。水中格闘。必死に追いかける。
泳ぎは小さい頃、執事長に仕込まれたんで得意って程や無いが、多少心得はある。
けどもそんな程度の子に魚は簡単には身を委ねてはくれへん。尾ひれに追いつくどころか、四方八方彼らの姿かたち一切が見えんくなる。……今日も不首尾に終わりそうやと開始早々半泣きになる。
水面に出ると、岸辺にサシャがいた。
サシャッ!
「邪魔しに来たんっ!?」
「……別に」
「それ! 何?」
「釣り具」
釣り具?
釣り……?
……釣り!
「それ、魚を捕まえる道具やんね? 森の川でそーゆえばジェイジェインが使ってた」
「……ジェイジェインって誰?」
ウザそうに顔をしかめたサシャは、垂らした糸を早々に引き上げて立ち去ってしまった。
「何しに来たんや?」
しばしポカンとしたわたしは気を取り直し、早速今しがた見たばかりの記憶を頼りに急ごしらえの釣り竿を作った。部屋のカーテンや服を解いて糸を確保し結び付けた。針は小さいフォークを無理やり曲げて代用した。エサは昨晩の残りの果物だ。
意気揚々と糸を垂らし、待つ。
これならヘンに体力を消耗する事も無いし、魚の集まってる所に狙いを定める事も出来る。
それでも魚は一向に掛からない。でもさほど落ち込まない。
「それなら」
以前に食べ残し、戸棚に閉まったまま忘れかけていたカビたパンを結び付けた。
そしたら魚……や無いけど、蟹が獲れた!
だいぶ小っちゃいけど、とにかく獲れた! 獲れたあ!
「よっし、やったあぁぁ!」
ハサミでしっかとパンを掴む蟹さんに、心から頭を下げた。感激の涙すら浮かんだ。
「ほわぁ、どーしたん? 目ェ、痛いのん?」
「うっわ、エミル?! な、な、なっ。何も無いしッ」
へー。……と、さも関心なさげな相槌をうったエミルはバスケット大のザルに入った大量の蟹をバラバラに解体し始め、あっけにとられるわたしの横で釣り針に身を刺し、殻を海に撒いて釣りをしだした。
すると、あっとゆー間に魚が掛かり、引き上げては新しい蟹の身を針に刺し替え、糸を垂らし、すぐにザルの中味が蟹から魚に変化した。
「んじゃ。僕、お昼の支度があるからバイバーイ」
ぐぬ。うむむ……?
またもや取り残されたわたし。ブラブラと目の前にぶら下がる蟹さんに物悲しさを感じた。
「あっ! 逃げたっ」
パンを放した蟹さんが海に戻ろうとしたのでアタフタと捕まえ直し。
「……ゴメン、蟹さん」
人生初の釣果となった小さな命は、更なる大きな糧を得るための尊い犠牲第1号となった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その後3日間で得た魚は4匹、蟹で16匹、うなぎ2匹。
調理場に持って行くとそれらの捌き方を教えられ、様々な料理方法を仕込まれた。
自分で作るんかい! とか思ったものの、いざ調理場に立ってみると、せっかく自分の力で得た糧なんやし、最後まで責任もって自分でどうにかしたいって気になってた。
「美味しそうやね」
「あ。良かったらどうぞ」
「そうかい。じゃあ、お礼に儂からはコレ」
「あ、かぼちゃのスープ!」
厨房の人たちとおかずの取っ換えっこ。
「ほぉ、このハタのソテー、なかなか美味く出来たやないか!」
「ハタ?」
「この魚の名前や! お嬢ちゃん、知らんと釣ってたんかいな」
「いやはや……ハズイです」
魔族のオジサンは水かきの付いた手で頭の触覚をフニフニ触り、
「ところで嬢ちゃん。嬢ちゃんはもう、お嬢に挨拶したんか?」
お嬢ってのはここ、カモデナンディ公国の最高権力者、魔女ラマンダの事で、皆彼女を普通の敬称で呼ばず、【お嬢】、【おひいさん】と呼ぶ。
そして皆、口を揃えて挨拶したのか? と訊く。
いったい、本当にどーゆー人物なんや!
そこへエミルが現れた。麦わら帽子から上目遣いに顔を覗かせ、
「魚、食べ飽きたやろ? 次は山の動物狩りが出来るとこ、教えてたるね!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――3日後、わたしは生傷だらけになりながら、人生初めての狩猟に成功した。
前の繰り返しや。
小鳥を追い掛けて成果無く、さりげに登場したサシャから弓矢を発案し、槍を工作し、落とし穴や柵の仕掛けを思い付いて実行し、今に至る。
柵の中に猪? 誰かに聞かないと判んない動物が入ってて、わたしは喜びと疲れが同時に押し寄せてぐったりとその場に座り込んだ。
「もうじき日が暮れる」
いつの間にかサシャのお出まし。
どこでどう見張ってたんか。
「……いつまでさせる気?」
「気が済むまで。……ノエミの」
「わたしが?! わたしはとっくに気が済んでんよ! 罰ゲームはもう充分やで!」
フッ……と猪に吹き矢を当てたサシャは、微動だにしなくなったのを引きずり出し、棒に吊るした。そうして棒の片方を肩に載せてから、わたしを見た。
口をとがらせながら片側を担ぐ。
「罰ゲームとか思ってるうちはいつまで経ってもひいばあさまに辿り着かへん」
ボソリ。
サシャが独り言みたいに呟いた。
「どうゆう意味?! ねぇっ、今のどういう意味なんッ?!」
じれじれして喰い付いた。
けどサシャはもう何も言葉を発しなかった。
「……わたし、……わたし。……もう厭やねん。ここに何しに来たんか忘れそう。いっそ、もう忘れてしまえばええんやろうって思いたい。けど思えるわけないやん! わたし、シーちゃんとジェイジェインとアルマと、そして村の人たちを守りたいから! 大好きなお兄さまの力になりたいから! ……やから早く村に帰りたいねん!」
前を行くサシャが足を止めた。
「……そんならなんで帰らへんの?」
「……え? やからそれは……」
「助けになりたいんやったら一刻も早く帰らなあかんのんとちゃうの?」
そ、そりゃそーや!
分かってる! そんなん分かってんわっ!
「やっても、わたしの力やったら勝てへんから。ゼンゼン歯が立てへんから!」
振り向いたサシャ。
「でもこうして、自分の力の素晴らしさに気が付けたやん?」
「……努力したって事?」
「それだけとちゃうよ?」
それだけや無い……?
それっきりで話しは打ち切られ、続きは聞かれず終いになった。




