39話 カモデナンディの姉妹
勇者コレットに散々に打ち負かされたノエミ。
茫然自失、疲労困憊でカモデナンディ公国に辿り着く。
◆15歳の秋(1) 【魔時計:5時28分】
わたしはノエミ・ブーケ。
昔の名前は、ナディーヌ・ド・アステリア。
没落貴族の末娘で、お父さまとお母さまはもうこの世にいない。
残された兄弟姉妹たちもバラバラになり、消息が知れない。……ただ一人、レインツ兄さまだけを除いて。
罪に問われたお父さまが連れて行かれ一家が離散したとき、機転を利かせた執事長が、わたしにお手伝いさんをつけて市井に逃がしてくれた。そのお手伝いさんというのが幼馴染のアルマで、わたしにとって小さい時分からの姉のような存在だった。
レインツ兄さま。そしてアルマ。
わたしにとって掛けがえのない人。
、そしてその後に知り合った魔女のシーちゃんたち、魔族の仲間たちすべても。
みんなと暮らす森奥の村は、わたしの心の拠り所になっていた。
その村が人族の軍隊によって侵された。
わたしはカモデナンディ公国に助けを求めに向かった。
その途中、ひとりの男の子と遭遇し、諍いとなり……。
…………。
――それでも、どうにかカモデナンディ公国には辿り着けたらしい。
その道程の記憶はまったく無い。
とにかく保護されたようで、その後宮殿に運ばれ、一室をあてがわれて手当てを受けながら昏睡を続け……そうしてようやく意識が回復した。その時点で1ヶ月以上が経っていた。
それまでの間、そして現在も、献身的にわたしの介護をしてくれたのは、サシャとエミル。
ふたりは双子で、わたしよか2歳年上。
正真正銘の男の娘。
ふたりとも肌がきれいで、髪をスラッと肩まで伸ばしてて。相当の美形やったし、それにずっとメイドさん風の恰好をしてたからカンペキ女子やと思い込んでたので、真実を知った時には結構な衝撃を受けた。失礼したとゆうより騙されたって気持ちの方が大きかった。
悪気は無かったそうやが、その日は終日不機嫌に過ごしたよ。嫉妬心が多少あった……のかも知れない。
それほどふたりは本当に美少女してた。
ただ対照的なのは、色白痩身のサシャに対し、エミルは褐色肌で全身がキュッと引き締まってていつも陽気、闊達。屈託なくわたしに接してくれる。反面、サシャはすごい無口やし機嫌が悪いのか、いつもブスッとしてる。ところがむしろこまごまと気遣いするのはサシャの方であって……、窓に射す陽の角度を見てカーテンを動かしたり、常にコップの水を冷たいものに変えてくれたり……色々さりげない優しさを見せてくれた。
彼女? ふたりのおかげで、わたしは生き永らえたとゆっても言い過ぎや無いと思う。身体の方はすっかり回復を遂げた。
でもわたしの気持ちだけはちっとも晴れていなかった。
南国特有の柔らかな風の匂いも、外窓を彩る華やいだ空や海も、わたしの灰色がかった心には、未だ光を呼び込んでくれなかった。
それどころか日増しにイライラが募ってる気がしていた。
目覚めた時、わたしは15になっていた。
知らぬ間に時間だけが過ぎていた……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「またお残しなんか」
「……そのしゃべり方、不快や。やらんといて」
マネされてるみたいで気分悪い。
「いつもにも増して不機嫌やな?」
手つかずのテーブルを片付けたサシャ、その場でしばらく動きを止めた。背中向けてるけどちゃんと感じてるよ。
わざとらしく気配を残さんといて。早く居らんくなって。
「……何かまだ用なん?」
「あーあ。今日はいい天気やなぁ。外出たら気持ちいーやろーなぁ」
ちょっとばかりドキッとした。
サシャがこんなに長いセリフを発するのは今まで無かったから。だから思わず彼女を振り見た。けどとっくに居なくなってた。
……チッ何やねん。
溜息ついてると、入れ替わりにエミルが飛び込んで来た。ノックもせずに。
「ひゃっほー! ノエミ、外、行きたいんやって? いーねいーね! いこーや! わたしが案内したげるわ! れっつごー!」
「誰もそんなんゆってへんっ!」
人の話、聞く耳無しなんか知らんが、グイグイ背中を押され部屋から連れ出された。この辺り、女の子してるとゆえどもやっぱり芯は男の子。力が強くて勝てない。
部屋の外……っても海側は直ぐ砂浜……で、陸側は宮殿内……ながら、だだっ広い草っ原に、使用人たちの働く掘っ立て小屋がポツポツ点在するばかりやし。
特に目立つような大きい建物は見当たらんし、警備がきつそうな重要施設っぽいのも無いし。
国の中枢機関やのに、自由に人が行き来してるなんて、割と、いーや、相当間抜けで筒抜けの国やと思う。
やので偵察とか探検とか自由自在だし、当然わたしだって初めの頃は宮殿内をウロウロ、ウロウロしたもんやけど、コレとゆった収穫はなーんも無かった。
これで王宮名乗るなーッ! てかホントに王宮なんかここはーッ!
そんな風に不遜に思ったりしたよ。
それに。
わたしが部屋から出るのを嫌がるのは、もっと切実な理由があった。
別にわたし、引きこもりになりたいわけや無かったし、住まわしてもらってる部屋が特別好きやからとゆうのでも無かったし。外歩き自体には拒否反応は無い。ってゆーか、積極的に部屋の外を調べたい!
ただ、何てゆーか、……とにかく恥ずかしかったの!
だってわたし、常に水着姿やったから。……しかも上下が別れてるやつ。
でもこれは、サシャもエミルも、ここに居る人ら全員がそうやった。
彼女らはそれが普通やった。この国じゃこれが普段着なんやとか。ホントかーッ? 大規模なだましか何かやないのっ?
上着か、せめてバスローブを着させてと懇願したが笑い飛ばされた。
これがわが国の【正装】ですが? ……と繰り返すばかりで。んじゃドレス着たら不敬罪とか国家反逆罪になんの? ……もういいですけど。
「ねえっ! わたしこんなんしてる場合や無いねんッ! 何度も何度もお願いしてるけど、アンタらの主にそろそろ会わせて欲しいねんッ!」
お願いから要求、そして強訴になり、今じゃ懇願になっている。
エミルだけでなく、サシャにも掛け合ってんやが、いつも「どうぞご勝手に」とゆうばかりで案内してくれようともしない。いつまで人をおちょくってんのか、もう我慢の限界に達しそうやった。
「ノエミさぁ、魔法で解決しようとしてへん?」
……ウルサイ。
悪いか。
「今までずっとそーしてやって来たんや?」
「……何がゆいたいん?」
「別にィ。――ほらッ、ここ! 魚がいっぱい獲れる場所!」
そこは河口付近。砂浜が一時的に途切れて大きな水溜まりの様になっている。一見浅瀬が広がっているけど、ところどころで潮が渦を巻き、黒い水底が口を開けている。
「……なんやの、ここ。何がしたいん?」
「何かするのはノエミや。今日から自分の食べモンは自分で調達する事。以上!」
「……はいぃ?」
「ノエミさぁ。わりかし自分勝手やしさぁ、他人の力借り過ぎなトコあるやん? お嬢さま気質ってヤツ? そんなんやったらいつまで経っても曾婆さまに会えへんでぇ?」
ひいばあさま?
「ひいばあさまって……もしかして……」
「そ。カモデナンディ公国当主、魔女ラマンダ。わたしとサシャのひいばあさま」
――南雄、カモデナンディ公国。
フィルメルク大陸の南端に位置し、全人口約30万のうちの約7割を占める魔族が支配する、別名【魔女の持ちたる国】。
その頂点に立つ、【絶南ノ魔女ラマンダ】。
これは、そのラマンダさまの思し召しなんか?
試験っちゅうわけか?
「ノエミ? 固まってもーて、どーしたん? そんなにショックやった?」
「んーん、別に。分かった、好きなの捕まえる」
「……へぇ、そぉ。んじゃ獲れたら料理したるから厨房に持って来てな!」
……やってやる。わたし、絶対に魔女に会う!
レインツ兄さま!
シーちゃん!
アルマ!
わたし、必ずカモデナンディ軍連れて戻るから!




