03話 魔時計
◆14歳の冬(2)
「2年間、お世話になりました」
お定まりの挨拶を残してアルマは出ていった。
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茫然としたまま朝を迎えたわたしは、重い身体を引きずりベットを離れた。
一縷の望みも無いのに、ダイニングルームを目指す。
……当然。誰も居るわけない。
食卓に残された二枚のお皿が、ポツン。
そして、――お鍋。
その中味は……アルマが作ってくれた、最後の料理。人参スープ。
見てたら嗚咽が止まらんくなった。
一晩で、お金も友達もさっぱり失くしてもーた。
深く深く、自覚した。
喉が詰まり息苦しい。咳が止まらんくなって床に這いつくばった。
そのままの状態でいったいどれくらいの時間、過ごしたろう。
やがてどうにか立ち直ったわたしは、グショグショになった顔を洗い、髪を整え、外出着に着替えて街に出た。
もちろんアテなんて、あるわけもない。
出掛ければその間だけは、テーブルの上のお鍋を見なくて済む。要はそれだけ。
「……ああ。お金が尽きそう……」
今までのように散財したらマズイってことに思い当たったんは、さんざん飲み食いしてから。ヤケ食いとゆーか、とにかく気を紛らわせたかったからに相違なく。
日が中天を過ぎた頃にようやく自省したけども、遅すぎたやも知れん。
……でも、もういいねん。
いっそ手持ちのお金全部、ムダ使いしてやれ。
そう心に決めたら身体が軽くなった。
たまたま見た方向に【占い】と書かれたカンバンがあった。
「占い……ねぇ」
『茫として他人様に幸先を訊ねる愚を行う前に、自身の頭を使い、為せる術を探れ』
占い……についてはそんな風にお父さまが嫌悪していたのもあって、いままで一度も、クジすら引いたことすら無かったわたしは、「これだ!」 と決め込み、入り口をくぐった。
「こんにちはぁ」
しかしながら入店の瞬間、後悔しかけた。
石の積み方が雑過ぎて隙間が出来、そこに朽ちかけの木材を補強のつもりで押し込んだだけの貧弱で不格好な内壁。ブサイクを隠すためか黒い布を吊って目立たなくしてるのがいかにも胡散臭い。
置物のつもりやろと思う品々だって。
アンティーク……ってゆったら聞こえはいーけど、正直、ただの古びた汚いガラクタがセンスなく並べられてるだけ。奇をてらって失敗した典型例の臭いがする。
誰も居ないと気を許してたら、真横で「いらっしゃい」とお婆さんが。
突然だったんでビクッ! とした。
「魔女!」
思わず叫んで、アタフタと口をふさいだ。
人を見かけで判断したらアキマヘン。
「それ」
「は、はいっ」
お婆さんの前に椅子があったんで急いで座った。
「ちがーう。あんたの手に持ってるヤツじゃ!」
「へ? 手?」
いつの間に?! 古めかしい懐中時計を握っちゃってた!
驚いたときに近くの棚から掴み取ってもーたらしい。
お婆さんの前に放り投げるように返した。手の平に錆粉が残った。
「ごめんなさいっ。そんなつもりや無かったんです」
目が合ったお婆さんの顔が凝固してる。
相当怒ってると思い、頭を下げた。――のに、「もっと良く顔を見せろ」と両手で頬を挟まれ、グイ! と上げられた。
ひたひっ!
「孔雀石の瞳……」
「く、くじゃく……?」
どうやらわたしの目の色をゆってるらしい。
人が気にしてることを。このお婆さんはぁ。
アステリア家でただ一人だけ、違う色の瞳やったわたしは、幼い時分から密かに悩んでたんや。
――ひょっとしてわたしは【貰い子】やったんちゃうの? なんて。
マイペースなお婆さんは呪文なのか、ブツブツブツブツ独り言をゆってる。
耳をそばだてると、
「……黒姫?」
ポツリわたしが口走ると我に返ったのか、「なんでもないわい!」としわがれ声を荒げ、
「……で? 何を占って欲しいんじゃ?」
と睨まれた。
ご年配の方とこんなに長く、近距離で【にらめっこ】したことなんて無い。カンゼンにペースを持ってかれてる。
「はい。アルマのお家を探してます」
「アルマ……? メイドの家か。それならお前さんと同じ場所じゃ」
即答!
マジですか!
……いや、ウソ臭い。
……でも。【メイド】って断定したで?!
つーか、質問を間違えた?
「いえ。実家とゆーか、彼女の本来のお家なんですが……」
そーいやこの2年、わたしは彼女の何を聞き知ってたんやろ。ほろほろ涙が出そうなくらい情けなくなった。
「それならここから西に200キャベック(単位。1キャベックは約1キロメートル)離れた【ルン】という村の中じゃ」
またもや即答。
ってちょっと待って? 200キャベックって!
質問また間違えたようや。
「アルマがいま何処に居るのか、教えてください!」
「ラファイエット伯爵家の屋敷に居るようじゃ」
みたび即答。
その家名を聞いた途端、わたしはクラクラと立ち眩みを覚え、お婆さんに向かって突っ伏した。
……わたしのアホ!
アルマは単純にわたしに腹を立てたワケや無かった。
どうにかしようとしてくれてたんや。
アルマ、アルマ……!
「……お婆さん。なんで色々お見通しなんですか?」
「ああ? 企業秘密じゃ。……と言いたいが特別に教えてやろう。――これじゃ」
お婆さんが差し出してくれたのは、遠望鏡……やった。
もったいぶらず、容易く貸してくれた。
「――アルマ!」
伯爵家の居間で長兄兄さまと対峙してる!
話してる中味までは分からへんけど、兄さまはアルマにタジタジになって頭を掻いている。
「これ、マジックアイテムってヤツですか?」
「ああ。そうじゃ。大魔女【シンクハーフ】が造った代物じゃよ」
「シンク、ハーフ」
聞いたことがある。
【森の妖精】とか、【森奥の令嬢】とか、いろんな異名を持ってる歴史上の人物や。
――とゆーコトは。
「この時計も【シンクハーフ】が造ったん?」
「ああっ、それは触るでない。いかにも魔女シンクハーフの発明品のひとつじゃが、それは諸刃の剣じゃで、とても危険じゃ」
諸刃の剣……?
「ハイリスク・ハイリターンって話?」
「さよう。名付けて【人生時計】。自身の生命力を増幅し魔力に変換できる優れモノじゃあ。但し使う毎に針が進み、24時間経過したときに、その者の命が尽きる。正真正銘の【呪いアイテム】じゃ」
「呪い?!」
今の世の中にそんなのがあるんや。
「どーじゃ恐ろしかろ。……さ、返せ」
「けどさ。コレ使ったら魔力保持者やなくても魔力行使出来んねんやろ?」
お婆さんはゴホゴホと咳き込みながら怒鳴った。
「バカ者! 人の話はちゃんと聞けい! 命を削って魔力を得るんじゃぞ? しかも命は有限なんじゃぞ?!」
「けど、魔法が使えるんやろ?」
魔女っ子になったらわたし、アルマと長兄兄さまの役に立てるかも!
具体的にはどんなコトができるんやろ?
ホーキに乗ったりとか?
それとも占い? しかも千里眼ってゆーより、未来予測も可! やったりして。
「わたし、契約したい。契約します!」
お婆さんは死にそうなくらい大口を開けて空気を吸い、怒鳴った。
それと同時に時計の針が逆回転し、午前0時ぴったりに長短針が重なった。
「ジリリリ……!」 と、懐中時計に似つかわしくない音が振動付きで鳴り響き、お婆さんの説教をかき消した。
「わああぁぁ! こんの、バカ者ォォ!」