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忍法炸裂


 甲州奥地に秘されし、忌まわしき金山。

 その坑道奥深く――、

 


 果たすべき務めのため。そして命を預けあった仲間のため。

 たった一人残った男へ、生ける死者の群れが容赦無く襲いかかる!!



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 




 ……ウウウウウウゥゥゥゥゥッ!!!



 暗く、重く、不気味な呻きを暗がりの岩壁に響かせ、凶屍(バケモノ)の群れは歩をすすめる。

 前、左、右、厚い包囲の輪が、じわりじわり締め上げられていく。


 さらにーー、

 背後に座すは怪物へ姿を変えた錬金術師(カッシーニ)。 

 対する正重には共闘してきた味方(くのいち)たちもいない。頼りは己の身一つ。

 多勢に無勢、敵は人外の魔物どもーーどこをどう切り取っても絶望的な状況だ。


 だが、それでも……、

 伊賀忍者の頭領・服部半蔵は不敵に笑みを浮かべた。


「……ふッ」


 正重の口から漏れたのはかすかな笑い。


「くくッ、くくくッ……」


 密やかだった笑いは声量を増していき、やがてーー、


「……はははッ。ははッ、はははっ!!」


 暗い洞内に場違いな明るい笑声が響く。

 自暴自棄の暗さは一片もなく、底抜けに快活な笑い。 


「わはッ……わっはっは!! はーはっはっは!!!」


 伊賀衆頭領・服部半蔵正重は大いに笑った。腹を抱えて実に実に楽しそうに。

 敵地敵中真っただ中、放胆と言えば放胆この上ない態度。もはや狂気を得たといって、さしつかえない行動。

 だが、正重の表情に自棄の色はない。

 眼には先にも増した鋭い眼光――自信のほどが見て取れる。



『ム、むぅ……』



 そんな、たった一人の敵の姿。

 異形へと身を変えた怪人(カッシーニ)は不吉を覚えかけたがーー、



『ふ、ふんッッ! この愚物ガッ!! うつけものめッ!!!』


 圧倒的優位な状況下、困惑することも狼狽することもありえない。

 どちらも驕慢なカッシーニにとっては屈辱でしかない。

 不安と迷いを振りきるように罵声を放ち、魔人はことさらに嘲笑してみせる。 

 

『――なにかと思えバ、仲間がおると使えぬ技だト? 虚勢もいいかげんにしロ』


 余裕を見せて断じたカッシーニ。

 

 もっともーー、

 言葉とは裏腹、巨体は不気味な蠢きを止めていた。

 肉の触手のあちこちに生じた目からも警戒の視線が注がれている。 

 いや、それだけでなく――、


 ゥゥゥゥゥ……???

 アァ……ァァァァ??


 主の迷いが伝わったのか。カッシーニのしもべ、凶屍どもも困惑を見せていた。

 足を止め、先へ踏み込もうとしない。正重の周囲に見えざる結界でも生じたような光景だ。

 あるいは、本能的になんらかの危険を察したのか? 

 とうに人を辞めたはずの凶屍(バケモノ)どもにためらいが見て取れた。

 


 そして数秒後――凶屍たちの覚えた予感は現実のものとなる。




 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




『――ナウマク サンマンダ バザラ ダンカン』 



 不敵な笑みを浮かべたまま。先ほどと同じく不動明王の真言をとなえる正重。

『明王心法』の詠唱を繰り返し、再び筋骨で体を膨れさせた正重は――深く大きく息を吸った。



 ――ひゅうううううううううう……。



 ――ひょぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……。



 木枯らしか、あるいは笛か――甲高い音が正重ののどから漏れる。

 背筋を凍りつかせるような高音が一度、二度、三度、四度。

 よせては返す潮騒のごとき呼吸をくりかえしたのち、正重の胸郭がぐわりと倍ほどの大きさにまでふくれた。



 めきッ、めきッ……めきめきッ……!!!



 あばらが側からわかるほどの音を立てて広がっていく。

 明王心法の生み出す驚異的な筋力を、ただ『息を吸う』という行為のみに使っているからだ。

 胸郭のすみずみまでを吸気で満たしたあと――正重はため込んだ息を一気に解放する!!  



『――喝ァァァァァァァァァァッッッッ!!!!!!!!』



 割れんばかりに大きく開かれた正重の口――そこから発されたのは大音声だった。

 ただの大声でない。空を裂く稲妻、あるいは千尋の瀑布から降り注ぐ激流にも匹敵する強烈な大音量。

 それが飽きず尽きず、正重の肺腑から喉を通り、口から吐き出されて、あふれ続ける。




 ――ゴゴゴゴゴゴ、轟轟轟轟轟轟ッ!!!!




 凶屍たちとカッシーニが聞き取れたのは最初の一音だけだった。

 そこから先はもはや声でなく衝撃の波。

 一人の男から音の暴力が洞内にあふれ出していく!!



 ――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ、轟轟轟轟轟轟轟轟ッ!!!!



 洞穴の中、閉じられた空間で行き場を失った咆哮は増幅されながら往復をくりかえした。

 幾たびも引いては寄せる音の圧倒的な波濤……いや、怒涛。 

 全方位から迫りくる衝撃をまともに受け、凶屍たちは雷でも浴びたかのように体を硬直させた。



『な、なんダ!? わがしもべたちガ! 我の体まデ!!?? いったいナゼ!!?』


 

 ――音の爆発に自らの異形の巨体も揺らされながら、錬金術師は驚愕の声を放つ。




 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 幾度もの大音響は洞穴を形作る岩石を震わせ、しばらく轟いたのち、ようやくおさまりを見せた。

 なごりのかすかな残響が、この洞穴につながるいくつかの坑道を抜け、遠ざかっていく。



 そんな中――、



 ドサッ、ズサッ、ドスッ……!!!



 正重の大喝を受けて立ち尽くしていた凶屍たちが、あちこちで倒れ伏していきーー、

 やがて異形の錬金術師(カッシーニ)をのぞくすべての凶屍どもが地に転がった。

 いや。残るカッシーニも身動き一つ取れぬまま。巨大な体をビクビクと震わせるだけ。

 悪夢のような巨体を構成する触手、肉塊、眼球ーーその全てが機能を停止させられている。



 この場で立っているのは、ただ一人。正重だけーー。

 大技の反動のせいだろうか。いまだ大きく息を切らしながら、正重が言った。



「……『忍法・不動禁固縛(ふどうきんこばく)』。覚えて……おけよ。明王心法を改良し……練り上げた忍法だ」



 正重の放った『不動禁固縛』そのしくみはこうだ。

『明王心法』による自己暗示で肺活量および声帯ーー発声に関わる筋肉を限界まで強化する。

 その上で繰り出される大音量の絶叫こそ、この忍法の正体。放たれた強烈な大音響に揺らされた敵の三半規管は麻痺、平衡感覚を失い、まともに動けなくなる。


 さらに、ここは洞穴ーー反響する音波が凶屍たちの臓器や筋肉、脳までを衝撃で揺らし破壊していた。

 巨大化したカッシーニも例外でない。むしろ体の大きな分、衝撃を余すことなく受けてしまい、損傷から回復できずにいる。 

 たった一人、この洞窟で戦った結果。地形と戦況がもたらす想定以上の戦果だった。



 かくしてーー正重の放った音の忍法は敵すべての戦闘能力を刈り取った。



「さて……急がねばならんな。こやつらとともに生き埋めはごめんだ」


 と、戦いを終えた正重はつぶやきーー、

 おぼつかない足取りながらも、仲間たちのあとを追う。



 ◆   ◇   ◆   ◇   ◆



 一方、そのころ――、

 野菊、小夜、胡蝶ーーくのいち三人娘は、それぞれ最後の爆破地点に急ぐ。



 …………轟ッ!



「正重さま……ご無事で」

「くっ、あのうつけめ」

「ーー死んではならぬぞ、正重」


 途中、背後から追いかけてきた轟音に動揺させられたものの、足を止めることなく目指す先へ。

 それこそが正重の信頼に応える唯一の方法ーーそう確信し、野菊たちはさらに加速する。



 ーーううううぅぅぅう!!

 ーーがああぁぁぁ!!



 と、道中で現れた凶屍はーー、


「どけっ!」

「邪魔です!」


 矢で、銃で、鋼線でーー、

 眼球を射抜き、脳を撃ち抜き、四肢をバラバラにしーー、

 歯牙にもかけず駆逐していく。



 やがてーー三人娘はそれぞれ目的地に到着した。




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