第九話
君の未来に幸せが詰まっていますように。
君と僕の過去が、君の幸せの一部でありますように。
☆
「たしか、桐木……だったっけ?」
そう問うと、篠は頷いた。ふふ。篠の周辺情報は把握済み。
僕は内心で悪役っぽく笑い、きょとんとする篠を見る。
篠は……花野篠は気付いてないみたいだけど、篠は可愛いのだ。
どっちかっていうと綺麗系だ。瞳は意志が強く、けれど柔らかい光を湛えている。大人びた顔のパーツは全てが厳選され、計算の上で並べたように奇跡的な位置に収まっている。けれど笑ったり、時々の仕草が子供っぽくて、そしてそれが似合っていて可愛い。綺麗系な上に可愛い。無敵か。
そしてそれだけではない。背は平均より少し低い。けれど、スタイルはいい。胸の大きさは微妙だけど。
そしてそれは外見だけだ。篠は性格もいい。やさしくて努力家で……。うわ本当無敵か。チートか。何で僕告って成功したかなぁ……奇跡かなぁ……。
「……隼?」
篠が、若干呆れたように名前を呼ぶ。……まぁそれも可愛いけど。
でもまぁ、篠に不快感を与えることは僕の望むところではない。だから、話を再開する。
「桐木君。絶対篠のこと好きなんだと思うけど。」
篠はきょとんとして……破顔した。
「ばっ……ばっかじゃない?なんで私が桐木君の恋愛対象になるの?桐木君って意外ときれいな顔しててさ、意外とモテてるんだよ?何回か告られて、けど全部断ってるらしいけどねぇ。」
それはもう楽しそうに、己の知っていることが真実だと決めつけるように。いやぁ、篠は謙虚でかわいいなぁ。けど桐木って美形なのか。会ったことあるし見たことあるけど、記憶に残ってないなぁ……篠が美人でかわいすぎて!
閑話休題。
「断るって、怪しくない?」
「いや偶然でしょ。」
「じゃあ、私を好きっていうのも……」
「それは偶然じゃないと思うなぁ。だって、桐木君は篠の研究に付き合ってるんだよ?」
「……。」
篠が急になんとなく理解し始めた、といった様子で気まずげに視線を反らし、話もそらすように
「で、本題は?研究をやめるのと、もう一つ。―――私ののろけ話、っていうのはなしだから。」
一瞬それもいいな、と思った自分はどうかと思う。言わないけど。僕は篠の問いかけに頷いて、
「まぁ、僕が言いたいのは『僕にとらわれず楽しんで』ってことだよ。」
その言葉に、篠が首を傾げる。可愛い。
「篠、可愛いもの好きだよね?」
頷く。篠は可愛い服などが好きだ。だからあの日を再現した今の服は可愛い感じだし、捨ててしまったらしいけれどかつて持っていた服も全部そんな感じだった。
「でも、僕が死んで、そういうもの全部捨てたよね。」
ためらいがちに、頷く。その様子はいたずらがばれた子犬のようで……
可愛いなぁぁぁぁあぁあぁぁ!
とりあえず内心で叫んだ。満足。
「それは、僕に遠慮して?」
遠慮してなら、そういうのは
「必要ないよ。」
篠が、びくっと小さく震える。……すこし、本気になりすぎたか。
だから、僕は息を吸ってはいて気持ちを切り替え微笑んで。
「僕は、君の幸せを望んでる。……だから、君は君の好きなことして、生きてよ。」
篠は、
「分かった。」
頷いてくれた。それにほっと安心して、
「桐木君にももう少し優しくね?」
「優しくしてるよ?」
「いや、篠の行動は好きな相手からされたら過激だから。よく襲われたなかったよねー。」
「なっ……だって、私は……!」
最後だから、と篠と確認も取らずそんな無駄な話をする。かつては普通にできて……けれどもうできないこと。そして、その最中に察した。神様に与えられた時間が、もう終わるということを。
「隼。」
それを伝えるより前に、篠が真剣な口調でそう言った。
察されたかなー。
気楽にそう考えながら、僕は笑って問い返す。篠も微笑んで、けれど、涙を頬に流して。
「今まで、有難う。」
「これからも、だよ。僕は見守ってるから。」
言葉を交わす。死後の邂逅という、奇跡の時間で。
「ははっ。なら、安全だね。」
「任せて。篠の敵は僕が全部倒すから。」
二人で、笑って―――
会話が途切れる。そして、沈黙の後。
「本当は、もっと一緒に居たいよ。」
篠が、涙声で言った。
「でも、それは出来ない。」
「知ってる。だから、最後に。」
篠は涙のたまった眼を擦って、けれど、最後に浮かべたのは笑顔だった。
そして、最後の言葉を継げた。
「―――大好きだよ、隼。」
それに返すのは―――