第十話
好きだといった声に帰ってきたのは、愛で。
君を望んだ声に帰ってきたのは、明日へと進ませてくれる励ましだった。
☆
私は、夢から目覚めて、幻のように感じられた……けれど、確かにそこにいた隼のことを思い出し、最後の言葉を思い出した。
大好きだよ、隼。
自分が言えたのは、そんな何度も言った言葉だった。愛してると一度だけでも言いたかったけど、それは恥ずかしすぎた。けれど、隼はそれを察したかのように、最後の言葉を贈ってくれた。
――――愛してるよ、篠。
今までは言われなかった言葉。最初で最後の言葉は心にしみて……
それを思い出して、篠は赤面して、
泣いた。
彼を思って、
彼のいない日々を想って、
彼に愛された幸せを感じて。
☆
「っくーーっ……。」
朝。私は院長室と隣接する自分専用の研究室で目覚めた。机に突っ伏して寝てしまったためだろうか。肩と腰がやけに痛い。自分がこれでは職員に徹夜を控えろと言っても説得力がないだろう、とため息をつき、首と肩をほぐすように回す。鏡を見て乱れた髪を整えながら、この研究所を建てた時よりもさらに老け込んだ己の顔を見る。白髪が多いのは花野のせいだろう、と思う。少しは彼女も自分の外見と自分の才能を自覚してくれたらいいのだが。
そう思い、ため息をつくと、院長室のほうに来客の気配がする。私と同じように徹夜していた職員だろう。私は白衣を羽織り、あくびを噛み殺しながら院長室へつながる扉を開ける。自分のことを棚に上げて徹夜を注意しようと思いながら、
「あ、院長先生。お早う御座います。」
「お早う……?」
見た院長室にいたのは花野だった。昨日までとは違い、昔に戻ったような彼女の姿に唖然としながらも、私はとりあえず朝の挨拶を返す。そんな私に微笑みかけて、花野は
「院長、私新しく始まる研究、参加します。」
「そ、そうか……?」
いったい何が起きたんだ?今までやっていた研究はどうする気だ……?
私は驚いて頷き、しかしすぐ冷静になって問い返す。感情がぶれて何をしたらいいかわからなくなる時間が短いのは根っからの研究者体質だろうか?
けれど、少々失礼なことを聞いてしまったかもしれない。そう心配する私の問いに帰ってきた花野の答えは、しかしすべてを吹っ切って、やりきった達成感に満ちていた。
「はい。」
彼女は頷く。そして、誰かに言うように
「もう、認めず足掻くのはやめましたから。」
☆
桐木は自分が格好いいとは思っていない。今は亡き谷久隼に比べれば見劣りするが。というよりあの二人は両方見目麗しいのに自覚ないからなぁ……。
かんわきゅーだい。
自分が格好いいとは思っていないが、不細工とも思っていない。昔の友人には『好かれやすい性格』をしていると言われたし、環境適応能力も高くて吸収速度も速い。好かれるように努力もしているのに……何で、先生はこっちを振り向いてくれないんですかねぇ……絶対弟みたいに思ってますよ……。
僕はため息をつき、先生はまた徹夜して寝ているかなぁ……とか思いながら研究室の扉を開ける。寝顔が見れて役得ではあるが、あの姿勢は体に良くないと思う。
「あ、桐木君お早う。」
「あ、お早う御座います。」
けれど、花野は起きていた。桐木はそれを残念に思いながらも、呆然と彼女の格好を見る。何時もの彼女はシャツに白衣が定番だ。けれど、目の前の彼女の格好は普段と違った。
白いシャツにズボン、白衣という基本は変わっていない。けれど、シャツは無地ではなく、おしゃれな感じだった。清楚な雰囲気で、また惚れた。こっちの思いも通じちゃいないのに。
僕が落ち込んでいると、先生はコーヒーの入ったマグカップを差し出しながら、少しだけ申し訳なさそうに
「桐木君ってさ、」
切り出した。僕はコーヒーを受け取りながら、頷いて返答とする。でもこの研究室っていいよなぁ。先生居るし、コーヒー飲み放題だし。しかも先生の淹れた!正直僕が淹れたほうがおいしいけど、これは好きな人効果だよなっ!
「今週の土曜、暇?」
「ぶっっっっっ!」
コーヒー吹いた。あ、勿論先生は避けましたよ?飛沫が飛ぶことも想定して、下を向いたために白衣が茶衣になった。意味不明だけど。
おちつけ、変なこと考えるな。僕は何度も自分に言い聞かせ、問う。……少しは期待してもいいかな……?
先生はこっちを不安そうに見つつも、言葉を重ねる。それは、想定内でひどく想定外のことだった。
「うん。隼のお墓参りについてきてほしいの。」
☆
土曜日。
私は、隼のお墓の前にいた。
ずっと来ようとして、でもそうすると隼の死を認めることになってしまいそうで、ずっとこれなかった場所。
……一人ではこれなかったから、桐木君についてきてもらったけど。
それぐらいはいいだろう、と思う。初めてだから大サービスだ。桐木君は赤面したり鞄漁って顔青くしたり忙しそうだけど、迷惑じゃないと言っていたから大丈夫だろう。
今度はやたら無意味に頭を下げて何かに謝罪している桐木君を背後に、私は今隼のお墓の前にいる。
正直言うと、私は死後の世界なんて信じていない。そんな私が死んだ人と通信を取る、なんてバカなことを考えてしまうほど、彼の死は私にとって大きなものだった。
認められなくて、だから無意味に足掻いて、もともとないゴールを探した。
でも、認めれたから。大丈夫だから。
私は、彼がいる墓に向かって微笑んで、言った。
「隼。私は大丈夫だから。これからはちゃんと進んでいけるから。」
完全な笑顔にはならず、頬を涙が濡らしたけど、構わないだろう。女の子だから、という男女差別的な思考と、彼女という特権、初めてだから大サービス!出水大サービス!意味わかんないけど。
私は、最後に一度だけ死後の世界を信じて、そこにいる彼に届け、と願って言った。
「―――――愛してるよ、隼。」
今までお付き合いくださりありがとうございました!
また何か書くので読んでいただけたら嬉しいです。




