第5話
あの男がなぜ自らが〈神能者〉であると開示したのか。
その理由はすぐにわかった。
進んでいないのだ。
一日足りとも。
今日が終わらない。
今も、あの時と同じようにこの男とゲームをしている。
何回の今日を繰り返したのか、男はもう数えてはいなかった。
「どうしたの? 早くカードをめくってよ」
丸メガネの位置を調整しつつそう急かしてくる男を見る自分の目は、既に初日とは違っていた。
「どういうつもりだ?」
恐怖を己の内に殺して、男の反応を伺う。
「どういうつもりって? 前向きに努力をしているだけだよ」
「努力……」
努力。心身を労し、努めること。
本来はとても素晴らしい言葉のはずなのに、目の前の男の口から漏れる度、自然と背中が粟立ってくる。
「それに、明日になってしまうと、君が告げ口をしてしまうからね。仕方ないんだ。いやほんとに困るよ。なんでそんなに口が軽いんだい?」
覚えはない。
覚えはないが、確かに男は、明日にでも警官のいる場所へ駆け込もうと決めていた。
問題はその明日がやってこないことだ。
「だから説得中ってこと。ついでに君にも努力をする機会を与えてあげてるんだ」
「どういう意味だ?」
「いやいや、察しが悪いなぁ。本来なら、今日という日は二度とこないんだよ? それを今回君は何回経験しているわけ? その間にすることと言ったら努力しかないに決まってるよね? こんな恵まれたことって他にはないよ。感謝してくれないと、この状況は君への贈り物なんだからさ」
意味がわからない。
同じ言語を用いているはずなのに、まるで意味がわからない。
もしかしたら、頭が自然とこの男の口から発せられる世迷言を拒否しているのか。
だが、確かに沸き上がってくるものがあった。
「こんなことをしてただで済むと思っているのか?」
迷った挙句、男は怒りを発露させることを選んだ。
恐怖はある。得たいの知れない〈神能〉を使われていることも、発言一つが自分の命を脅かすことになることも、男はしっかり理解している。
理解しつつも、内なる衝動を抑えることができなかった。
酒場の喧騒の中でも、男の低い声が目の前の男に届いたのだろう。眉がピクつく。
そして目の前の男が自らの杯を無造作に置いた、直後——。
「だからぁ! その未来は来ないんだって。わからない奴だなぁ。明日が来ないんだから、誰にもボクを害することはできないんだよ! もちろん〈復生体〉にもね! そもそも、金属を操るだけのちんけな〈神能者〉に敗れたような奴が、どうやってボクの努力を止めるんだよ! ボクは時間を操るんだよ! 特別なんだ! 少しはその足りない頭で考えてみなよ!」
「時間、だと?……」
そんなのどうすることもできないではないか。
人が得ていいような力ではない。
そんなの、流石の〈復生体〉にもどうすることも……。
男の表情から漏れた驚愕を垣間見て、目の前の男が満足したのかニタニタと笑う。
「そう。そうだよ。やっとわかったかな? 時間を操れるボクの努力を止めることは誰にも不可能なんだ」
そうだ。
時間を操れるというのがこの状況を指すのであれば、その自信は最もだと、男は思った。
ただ、男は思い出していた。それは昔読んだ歴史研究の学術書だった。
「それなら、何を恐れている?」
「はあ?」
「何に怯えてるのかって訊いてるんだ」
学術書の内容は、〈復生体〉が戦ったとされる〈神能者〉及びその能力についてだった。
その学術書にはこう書いてあった。
あらゆる状況を考えて、その当時〈復生体〉が戦った〈神能者〉の能力は、時を操るものでだったと考えられる、と。
それはあくまで、〈復生体〉ではない赤の他人が書いた研究発表の書物であり、〈復生体〉が真実だとしたこともない。
だがこの情報は、男を勇気付けるのに十分なものであった。
「本当は〈復生体〉が怖いんだろう? だから時間を操って今日に引きこもってる。お前は〈復生体〉に殺されるよ。自分の〈神能〉をべらべら話しちまう間抜けだからな。俺を殺さないのにも理由があるんだろう? 大方、物的証拠を残さないようにする為だろうな。お前もずっとこの時間を繰り返す気はないから、俺を殺せねぇ。 明日になって急に死体が生えてきたら誰だって〈神能者〉の仕業を疑うからな!」
男は早口になって捲し立てた。
口火を切った不満と怒りは止まることを知らず、言葉を言い切った後でも男の肩を僅かに弾ませていた。
「ふ、ふざけるな……このボクが〈復生体〉が怖いだって? あんな老害共に恐怖を? ふざけるなよ!」
「随分お怒りだな。どうした? 図星を突かれてパニックになっちまったのか?」
「おまえぇ、くそ。……ふぅ、ああもう本当に腹が立つ。でも許してあげるよ。これも精神的な努力さ」
「そうかい、ユゴー・デュマ」
目の前の男の——ユゴーの口が震える。その動きがなんとも滑稽で、男は鼻を鳴らした。
「なんで名前を知っているのかと、不思議そうな顔だな。教えねぇよ。ちったぁ努力するんだな」
「おまえぇ! ふざけるな! ふざけるなよ! 後悔させてやる……後悔させてやるぞ!」
「何度も言わなくても聞こえてるよ。ほらゲームの続きだったな」
手際には、少しばかりの自信があった。それこそ〈復生体〉にしか見破られないたことがないほどには。当然スリの真似事も得意であり、ユゴーの持ち物から小物をくすねて何回目のこの日、ついに身分証に行き着くことができた。
情報を得る為ににしたことはであるが、取り乱すユゴーを見ているとなんともいい気分だ。
男は伏せられていたカードを捲る。
「……お前さんの負けだ。どうだ、まだ続けるかい?」
必ずこの時の牢獄から抜け出して、このふざけた男にそれ相応の罰を喰らわせてやる。
男はそう心に誓い、嗤った。




