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アーヴィンドは、ダンジョン前に座り込んでいた。
(なんで俺がこんな事を……)
しかし、気づけば足がこの場所に向いていた。アノ事は、すっかり忘れてしまうつもりだった。実際、記憶だって少しも覚えていない。それなのに、心にもやもやとした気分が渦巻くのだった、
(くそっ)
ドニが礼を言えと言っていた。
(きっとこれは、借りを作ったのが嫌なんだ。だから、あいつに礼を言えば、このモヤモヤも晴れるはず……)
待っている間イライラして、片足を揺らしてしまった。
足下に落ちた影の位置を見る。影の傾きから行って、そろそろフィオがダンジョンから出て来る頃合いだろう。
(まだか)
アーヴィンドは立ち上がる。
(まさか、死にかけてるんじゃないだろうな…さ?)
嫌な想像をしてしまった。
ダンジョンのワープ石に近づこうとした直後、光が収束し、そこに冒険者達が現れる。
「はー!! 帰って来たぞ!」
服を魔物の血で汚したフィオが言う。
「今回も上々だったな」
両手に宝箱を持ったラウルが言う。
「あぁ! オークも倒せるようになった!」
「私たち良いパーティーですね!」
「うん! 最高だよ!」
なんだか、それを見ていたら更にイライラした。
フィオが、視線を下ろして階段下にいるアーヴィンドに気づく。
「あ、アーヴィンドさん!?」
驚いた顔をしている。
アーヴィンドは、視線を切ってその場から離れようとした。
「あの! アーヴィンドさん!!!」
しかし、フィオが走り寄って来る。
「俺、アーヴィンドさんに渡したい物があって!」
目をキラキラさせて、フィオが言う。なんでこの男はこう純粋そうな顔をするのだろう。
「なんだ」
「ノヴェリの日の贈り物です!」
なんの事かわからなかった。
「後輩からお世話になった先輩に感謝の贈り物をする日らしいです!」
後輩を持った事がなかったアーヴィンドはそんな日がある事を知らなかった。
「だから! あの! 受け取ってくれませんか!」
アーヴィンドは手を出した。
「あ、えっと、今は、持ってないんです! 宿屋に置いてて」
アーヴィンドは背を向けて歩き出す。
「あ、待ってくださいアーヴィンドさん! どこへ!」
「おまえの宿屋だろ」
「あ、来てくれるんですね! 嬉しいです!」
フィオがパーティの奴らに何か言って、アーヴィンドの後ろに付いて来た。
「えへへ、アーヴィンドさんと一緒に歩くの久しぶりですね」
「ふん」
確かに久しぶりだった。バディ関係が終わって、一月も経っていないと言うのに。奇妙な程、遠い過去のように思えた。
フィオの宿屋につく。すぐにフィオが下りて来る。
「これです」
手渡されたのは、四角い小箱だった。開けると、中に赤い楕円の物体がいくつも入っている。
「なんだこれ」
「飴ですよ」
知っている菓子である。とはいえ、腹が満たされないので好んで食べはしなかった。
一粒つまんで口に入れる。舌に甘い味が広がる。
(……!)
その瞬間、強い衝撃を受けた。目眩を覚えて、脳がゆさぶられる。子供の頃の事だ。誰かと手を繋いで歩いている。その誰かは、アーヴィンドの頭を優しくなでていた。
(……??)
そんな記憶アーヴィンドには無いはずだった。アーヴィンドは子供の頃、獣のように生きていた。親はおらず、人と関わらず山の奥深くで一人生きていた。そんな風に誰かに手を繋いで貰った事も、愛情を持って頭を撫でられた事もなかった。
「お口に合いませんでしたか……?」
フィオがおずおずと聞いて来る。
フィオの顔を見ると、頭痛がした。
「まぁ、貰っておいてやるよ」
小箱を握りしめて宿屋を出た。
「あの、アーヴィンドさん! ありがとうございました! 俺、アーヴィンドさんに師事して貰えた事、本当に感謝してるんです!」
背中に放たれたその言葉を聞きながら、アーヴィンドは足早にその場を逃げた。でなければ、自分が妙な事をしてしまいそうだった。たとえば、彼を抱きしめたり。
ねぐらに帰って、毛皮にくるまりアーヴィンドは赤い飴の粒を見た。それを見ていると、奇妙な懐かしさを覚える。
(あいつ、俺に何をしたんだ……?)
不意に思い出す記憶は、おそらく『子供帰り』の呪いを受けていた時の記憶なのだろう。赤い飴を口に入れて、舌で転がす。大人のアーヴィンドには少し甘すぎる飴玉は舌の上でとろけていく。
『よーし、肩車するぞぉ!』
軽やかなフィオの声と、フィオに担がれて肩に乗せて貰った記憶を思い出した。その時、子供のアーヴィンドはどんな事をフィオと話していたのだろう。会話の内容は思い出せない。高い視界で進む町並み、しっかりと押さえられた足、ふわふわのフィオの頭。それらを感じながら、アーヴィンドは言葉に出来ない感情を抱いていた。胸がいっぱいになって、もうこれ以上はいらないと言う気持ちだった。そんな感情は初めてだった。腹を満たす満腹感とは違う。
アーヴィンドは自分の胸を撫でる。
しかし、不意に飴をかみ砕いてしまう。
アーヴィンドは起きあがって頭を抱えた。
これ以上、その思い出を覗くべきではないように思えた。
(くそっ)
赤い飴の入った箱を壁に投げつけた。
つづく




