第三話
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街の中を走る、駆ける、跳ぶ。ギルドマスターは今、街の至る所を必死こいて散策していた。
理由は前にも言った通り王女の発見、そして保護。
余計なことをベラベラと喋らなければ今頃普通に仕事して普通に昼飯を食べていたというのに哀れな男である。
しかし、街のものが壊れない程度に地面を全力で蹴って結構なスピードで見回ってるが依然として見つからない。
王国は大規模であるから仕方ないといえば仕方ないがここまで見つからないとなるとギルドマスターの顔にかなり焦りの色が見え始める。
「ギルドマスター!新たな情報です!」
立ち止まって王女が行きそうなところを考えていると後ろからナタリアが走って来た。恐らく魔法で位置を探ってここまで来たのだろうと考える。
「専属のメイドの方が無くなっている洋服類から、おおよその服装を絞り込んでくださいました!」
容姿が優れている王女といえど服装が変わってしまったら誰にもわからない。とりあえず服だけでもわかれば大分楽になる。
脳筋な能力しか持っていない自分の無能を呪いながらギルドマスターはそう思った。
「赤の帽子に厚手のコート、あと黒のズボン。全体的に男の子みたいな服装、とのことです!」
その情報から男装のようなものをしていることがわかる。
そんな事してまでここに来るほど良いものばかりでは無いぞ、城下町なんて、ギルドマスターは独り言のように呟く。
しかし、とりあえず格好は絞れたからあとは聞き込みと街をダッシュすることに専念する。
「私の魔法では親しい人間しか検知出来ませんからねー。師匠とかなら別でしょうけど、あの人絶対こういう時動かないでしょうし」
ギルドマスターは王族嫌いで偏屈の自分の友人兼ナタリアの師匠をやっている人物を思いおこすがすぐに思考を断ち切った。今はそれどころではない、と。
「出来ないものはしょうがない。迷惑をかけるけど、引き続き捜索頼めるかな」
「最初から言ってますけど、王女が勝手に出て行っただけなのでギルドマスター悪くないじゃないですか。何故王はあそこまで怒ってるんですか?」
少し怒りを滲ませナタリアは言う。
「ちょっと前に王女に会った時余計なこと言い過ぎてね。そういうことだから俺はもう行く、間に合わなくなったら大変だし」
「…はい」
不満そうな顔だが渋々頷いたナタリア。急がなければ自分の首が物理的に飛ぶからギルドマスターは必死だった。
「はっ、はぁっ、はぁ」
ひとまず息を整える。目的地までの行き方すら知らないのになんで飛び出してしまったのだろう。
自分の愚かさと浅はかさを呪いながら、昨日のギルドマスターの言葉を私は思い出す。
『意志の強さ』
我儘を押し通す力、自分のしたいことを相手を倒してでもやり遂げる精神性。それが強さには必要だと。
私はあれを聞いて少し救われた気がしたのだ。君は自由で良いと、もっと好きに生きてもいいと。そう言われた気がした。勝手な解釈かもしれない、そう思ってなどいないかもしれない。
それでも私は誰かにそう言われたかった。
「ここまで来たら大丈夫でしょ」
一息をつきつつ持ってきた数少ないお金で買った果実水を飲む。喉を潤さないとこの後がもたないと思ったからだ。
美味しい、王宮で飲むものに比べると単純でちゃちな味だがそれが良い。これだけでも城下町におりてきた意味があると言えるだろう。
果実水を飲みながらぶらぶらと行く宛もなく城下町を歩く。足はまだ動きそうだ。
街の人間はみんながみんな輝いている。自分のやるべき事を全うしようと必死に毎日を生きているからだ。
それに比べ私はどうだろうか、父親に言われるがまま毎日を王宮で過ごしそれを当たり前のように享受していた。
「私は王女なんだから、もっと民のことを知らないと」
意気込みを新たに自分の胸に刻みながら街を進んでいく。
その先が城下町というハリボテに隠された地獄とは知らずに。
「城下町はこれで全部探したか…」
ギルドマスターは城下町全てを見回りため息をついた。王女が行きそうなところは全て回った筈だというのに。
途方に暮れる、自分だけでは無理と思いさっきから他のギルドにも応援を要請してるがそれでも見つからない。王女はかくれんぼのプロらしい。
そもそも自分一人でも本来なら探し出すことは可能だというのに何故ここまで時間がかかるのだろうか?
食事の時、王女は流行りものや美味しいご飯屋などを聞いていた。ならば何も無ければ街の中心に行くはずだ。そう、何も無ければ。
そこまで考えて嫌な予感がギルドマスターの思考をジャックした。
「まさか、あそこは行ってないよな…?」
あそこ、ギルドマスターがいうその場所というのはいわば城下町の肥溜め、ゴミ捨て場と揶揄される場所。
王国の加護を受けることが出来なかった不法移民達だけの街。
無法地帯、スラム街だ。
「ますますヤバいかもしれない…!」
焦りながらその場所を目指し走る。そばに居たなら盗賊や暴漢など撃退出来たが、今は場所すら分からない。手詰まりを極めている。しかしそんな俺を呼び止める者が居た。
「あっ、ギルドマスター!」
「あれ?エルキ君?どうしたの?」
結構切羽詰まってるから、何かあるなら手早く頼みたい。
「王女っぽい子がブツブツ話しながらスラム街に入っていったのを友達が見たって!」
「やっぱりか…!」
俺はエルキ君にギルドから増援を呼ぶように言ってからスラム街に走った。
いつの間にか周りの景色がガラッと一変していたことに気づく。考え事をしていたことが災いして自分が何処にいるのか分からなくなってしまった。
「しかし、いやにボロボロね、ここ」
家と呼んでいいかも分からない程に風化した木で作られた家が数多く並んでいる。ここは何処だろう。
本当に王国なのか疑問に思わずにはいられない。それ程にその地域は荒廃していた。
まるで、台風か何かがそこを通り過ぎたかのようだった。
「王国は豪華絢爛で他国にもアピールをしているはずなのにこんな裏側があったとはね…」
見る限りここは王国という国に対応出来なかった他国からの不法入国者だろう。ギルドにすら入れない程の犯罪を犯したか、もしくは公になりたくない国の重役か。
「周りの状況を怖いと感じるのは何年ぶりかしら…」
今まで王宮という全てに守られていた環境からの乖離。それは私に恐怖を与えるには十分だった。
「ここから離れないと…」
今更になって危機感を感じ始め、後ろを向き少し早歩きで元居た街に戻る。
しかし、その判断は少しだけ遅かったようだ。
誰も居ないと思っていた家のなかからゾロゾロと、手に錆びた剣を片手に携えた薄汚い集団が出てきた。
「よそ者みてぇだな、お坊ちゃん」
「高そうな服着てやがんなぁ!」
「男でも良いぜ、綺麗な顔してやがる!」
「ひっ!」
ドスの効いた声でこちらに近づいてくる、王宮では見た事も無いような類の人間。敵意、情欲、ありとあらゆる汚い感情が一心に自分に迫ってきていた。
「に、逃げなきゃ…」
「逃がすかよ!」
「ヒャハハハハ!」
全速力で走る、後ろから感じる圧力を吹っ切るように。
「はあっ…!はあっ…!来ないで…!」
しかし、現実は非常だ。何回か角を曲がった先は袋小路。絶体絶命、万事休す。
「いや、やめて、死にたくない!」
「殺さないさ、身ぐるみ剥がすまではなぁ!」
「あぁ…助けて、誰か助けて!!」
私は自分のありったけの声を張り上げて助けを求める。そんなご都合主義は有り得ないと思いながらも必死に、死にものぐるいに。
「誰も来ないぜ!なんたってここは」
「やっと見つけたぁ!オラァ!!」
ニヤニヤしながら私に何か言おうとしていた男は突如として横槍に吹き飛ばされた。
そして、男を吹き飛ばした凄まじい速度の大柄の物体が、砂埃を吹き上げながら地面を擦り、止まる。
「ふぅ、間に合ったみたいだね」
「なんだてめぇ!」
「おい!お前ら早くこいつを囲め!殺せ!」
「ぎ、ギルドマスター…」
呆然と座り込む王女、腰が抜けたのか腕を使って壁際まで移動している。遅れてしまって本当に申し訳ない。
「王女、そこに居ててください。十秒もかかりませんから」
「んだとてめぇ、俺達を誰だと」
列の最初にいるベラベラとやかましい男の顎を掴み投げる。
「ぐべらっ!」
「ぎゃっ!」
「ああぁ!!」
まるでボウリングのように後ろに居る奴らも吹き飛ばされていった。
「何すんだてめ」
「ふっ!」
蹴りで真空刃を作り、起き上がってきたタフな奴らの意識も刈り取る。
戦闘終了、ほんとに十秒かからなかったな。
「えぇ…」
王女が驚いたような、呆れたような声をこちらに向けてくる。いや、こいつら弱いから…。
そんな目を向けられようと今は、王女の安否を確認しなければならない。
「王女、ご無事ですか」
「ひぇえ…無事です…」
少し怯えたような目でこちらを見てきたが、ひとまずは無事のようだ。
「ならばひとまず王宮に向かいましょう、王も王妃も心配されています」
そう言って王女をお姫様抱っこする、これこそ本当のお姫様抱っこだな。
そんなクソどうでもいいことを考えながら、王宮に走る。
魔力を足に循環させて全速力で走る、途中王女が泣き叫んでいた気がするが、まあ気のせいだろう。