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3、旦那さまと隠れ鬼。

 ーー結界が解かれる数分前。

 クラヴィルは森の中を身を隠しながら、ひたすら走っていた。

 こうしている今も空から雨が容赦なく降り注ぐため、足元は常に最悪だった。

 行き止まりの目印が目に入り、クラヴィルは足を止める。が、泥が靴にまとわりついているため、勢いを殺し切れずズササッと大きな音を立ててしまった。

 目の前に広がる鬱蒼とした森はまだ先があるように見えるが、これより先に続く道を進むことはできない。

 この森は今、ナチの魔法によって四方が切り取られているからだ。

 行き止まりまで来るのは、何度目だ? とクラヴィルが苦笑を漏らしたとき、ドシンッと大きな音がして地面が揺れる。

 何かが這う音と共に木々が投げ倒され、ソレが姿を表した。

 どうやら、先ほど盛大に立てた足音は聞き逃してはもらえなかったらしい。

 ギョロリとした2つの金の瞳がクラヴィルを見下ろし、長い舌が蛇のようにチラチラと動いている。

 蛇龍属に分類される魔物"ミズチ"。災厄級らしく、通常種よりその個体はずっと大きく攻撃的で、そして簡単には倒れてくれない。


『グギャァーォーーオー』


 ようやく見つけた、とばかりに雄叫びを上げたミズチに、


「……ッチ」


 とクラヴィルは舌打ちする。

 このミズチとの隠れ鬼が始まって今日で3日。なんとなく敵の行動パターンが掴めてきた。だからこそ分かる。このタイミングでミズチに目視されてはいけなかった、と。

 始終雨が降り注ぐ鬱蒼とした森では時間の間隔が曖昧だが、おそらくもうすぐ夜が来る。

 元々、夜行性であるミズチは夜目が利く。

 ただでさえ天候を操れるこのミズチは雨を降らせることで自分の有利な環境を整えるのに、視界の優位さまで明け渡せばクラヴィルは圧倒的に不利になる。


「悪いが、夜までは付き合えないぞ」


 剣を構えたクラヴィルは自分を見下ろすミズチに口角をあげ好戦的に笑った。


**


 ここに至る3日前、索敵部隊の位置探索魔法が途切れたその場所に辿り着いた騎士達は目を覆いたくなる惨状に言葉をなくした。

 薙ぎ倒された木々に残された大きな爪痕。

 砕かれた岩とえぐれた大地。

 そして、無惨に破壊された武器と魔道具の数々。

 魔道具に込められていた魔石は全て魔力を無くしていたが、辛うじて記録水晶から荒い映像を取り出すことができた。

 魔術師が唱えた魔法は発動せず、なす術なく地面に倒れた仲間の姿。

 鱗の生えた尻尾は鈍器のように辺り一体を薙ぎ払い、鋭い爪のようなモノに肢体を切り裂かれ飛び散った血液が記録水晶にこびりつき、辺りは真っ赤な世界に染まった。

 逃げろというルシオンの叫び声と剣を交えた時のような硬質な音がしばらく鳴り響き、そして静寂が訪れる。

 記録水晶の最後の記録はグルルッという獰猛な鳴き声と金色に光る二つの眼。パリンという音がして、記録水晶はそこで壊れた。


「全体像は流石に捉えられてないか」


 映し出された映像を見てそう言ったクラヴィルに、


「まぁでも。竜種であることは間違いなさそうだねぇ」


 現場に残された鱗を拾ったナチが答える。


「コレで解析いけるか?」


 折れたナイフを拾ったクラヴィルは、その先に付着していた魔物の一部らしきモノを見つけナチに渡す。


「おっ、いいじゃん♪抉れるってことは、物理攻撃はいけそうだねぇー」


 任せてと組織片を採取したナチは、


「コレで、魔物を特定できる」


 鼻歌交じりに上機嫌で小瓶にいれた。


「んーだいぶ大喰らいだねぇ。魔道具全部やられてる」


 壊れた魔道具を摘み上げ、んーとそれを観察したナチは、


「魔力無効化どころか、根こそぎ魔力を奪い取るみたい」


 と涼しい顔でそう漏らす。


「そうか。なら、魔術師は魔物と相対しないほうがいいな」


「そーだねぇ。魔力の高い僕らはこいつにとったら最高のごはんだろうし、エネルギー補給させちゃったら大惨事になっちゃうかも」


 ディーくん取り込んでたら厄介だなぁとナチが肩をすくめたところで。


「なんで、団長達はそんな冷静なんですか!!」


 と非難の声が上がった。

 それはまだ若年の騎士で、今回の遠征がはじめての魔物討伐だった。


「副官達が! 仲間が殺されたっていうのにっ!!」


 その声を皮切りに、いくつか非難の声や啜り泣くような声が上がり、中には恐怖で座り込む新米騎士もいた。


「お前達、いい加減にしないか! 団長がどんな思いで」


 隊を任されていた騎士が事態を収めようと叱責を飛ばしたところで。


「騒ぐな」


 低く重い声が響き、たった一声で辺りは静まり返った。


「泣きたいのなら、泣けばいい。目を背けたいのなら、そうすればいい」


 沢山の視線を浴びながら、クラヴィルは静かに言葉を紡ぐ。


「だが、今この瞬間にも無抵抗な民間人の前にコレが現れてもおかしくないのだということは理解しておけ」


 何のために剣を取った? と覚悟を問われるような視線にその場にいた全員が息を呑む。

 ルシオンの強さはここにいる全員が知っている。ルシオンほどの実力者が敵わない力を持った魔物。それがもし、この森から出て街中で暴れたら?

 最悪の事態は誰もが容易に想像できた。


「"災厄級"。アレがここで暴れ続けるだけでも、大きな災害が起きるよ」


 ナチがすっと指を上に向け空を指す。

 止めどなく降り続ける長雨がこのまま続けば川を氾濫させ、濁流に飲まれる街もあるだろう。

 そうでなくても、このままでは作物が育たず飢えに喘ぎ冬を越せない人が出るかもしれない。

 そんな、起こしてはならない"未来"。


「今、ここでやるしかないんだよ。僕らが」


 その言葉に否と答えるモノは誰もいなかった。

 それから数分後、ナチが魔物の正体がミズチの亜種だと割り出したのとほぼ同時にソレはクラヴィル達の前に現れた。

 二つのギョロリとした金の目と口元から覗く長い舌。巨体に似合わない素早い動き。

 それは執拗なまでに魔力の高い者を狙った。


「気候が操れる魔法に加え、あの巨体だ。魔力消費量はきっと通常種の比ではないし、アレに怯えて他の魔物が出てこないんじゃ飢えまくってるだろうね」


 僕、武闘派じゃないんだけど! と攻撃を躱すだけで手一杯のナチに、


「なら、俺が適任だろ」


 アレと閉じ込めろと提案した。

 クラヴィルには元々魔法を感知できる程度の魔力しかなく、クラヴィル自身は魔法が使えない。


「閉ざされた空間では、魔力の補給方法も限られる」


 上手くいけば魔力不足でミズチを弱らせることができるかもしれないし、崩れた部隊を立て直す時間も必要だった。


「なんとしてもココで食い止める」


 そう言ったクラヴィルに、


「……死なないでよ、クラちゃん」


 了解、と告げたナチはクラヴィル以外を離脱させ大規模な結界を張った。

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