6、当て馬妻とフラグ建築
「君は本当に変わらないな。もっと驚くと思ったのに」
「充分驚いておりますよ。矢継ぎ早に問いただしたいくらいには」
どうしてクラヴィルが伝言石の片割れを持っているのか、とか。
今、何処にいるのか? とか。
長雨で困っていないか、とか。
沢山、聞きたいことはあったけど。
「ですが、今は旦那さまの無事が知れただけで充分です。それよりも、私に取り急ぎ連絡を寄越さなければならないほど何かお困りの事態なのでしょう?」
まずはクラヴィルの話を聞かなくては、とステイシーは気を引き締める。
本来、任務遂行中は外部との接触はできないはずだ。真面目なクラヴィルが規律違反を犯し、伝言石を使ってまで外部に接触を図る事態。
良くないことが起きているのでは、と思考を巡らせていたステイシーだったが。
「いや。ただの願掛けだ」
大した事ではない、とさらっと否定される。
「……願掛け?」
思いがけない言葉に、それは一体どういうことだ? と疑問符だらけのステイシー。
「ただ、なんとなく。本当になんとなく今夜君と話したかっただけなんだ」
そんな彼女に苦笑して、クラヴィルは本日の要件を告げる。
「って、言っても何を話せばいいのかも思いつかないんだが」
ただ、声が聞きたくて。
雨音で掻き消されてしまいそうなほど小さな声が、伝言石を通じてステイシーに届く。
その言葉に答えられずにいたら、
「すまない。困らせたな。声、聞けて良かった」
クラヴィルがそう言ったので。
「私も!」
ステイシーは、クラヴィルが次に発する言葉を咄嗟に遮った。
「ステイシー?」
クラヴィルを引き止めて、何を言えばいいのかわからないまま。
「私も……旦那さまの声を聞きたいと、そう思っておりました」
ただこの時間を終わらせないためだけに、ステイシーは言葉を紡ぐ。
「なんだか眠れなくて。もし、お時間が許すなら、おしゃべりに付き合ってくれます?」
こんなわがまま、嫌がられてしまうかもなんて考えは杞憂に終わり、
「それは、俺のセリフだな」
クラヴィルが伝言石の向こうで小さく苦笑した。
伝言石を挟んで、二人の間に沈黙が落ちる。
「なぁ、何か話してくれないか?」
それを破ったのは、クラヴィルからだった。
「何か、と急に言われましても」
話題、話題とステイシーは頭をひねる。
公爵家の事でクラヴィルに報告すべき事項は特にないし。
任務遂行真っ只中のクラヴィルに仕事のことを聞くわけにはいかないだろう。
かといって、この世界のヒロインを探し出したら、あなたの親友の妻になってました、なんて絶対に言えるわけもなく。
んーと悩んだ結果。
「推し語りでもしましょうか? 最近見つけた恋物語でなかなか面白い展開のものがあって」
日付変わるレベルで語れます! と冗談半分で提案する。
「俺は別にそれでも構わないが」
「……かまってください。冗談ですよ」
盛大に滑ったじゃない、と不満気に口をとがらせるステイシーの耳にふっと、漏らすように笑ったクラヴィルの声が届く。
「本当に、どんな話でも構わないんだ。ただステイシーの声が聞きたいだけだから」
静かに部屋に響くクラヴィルの声は落ち着いているけれど、どこか寂しげで。
「本当にどうしちゃったんですか? 旦那さま」
普段のクラヴィルなら絶対言わないセリフにステイシーは戸惑い、心配そうに尋ねる。
「言っただろ、願掛けだって」
何に対しての? とステイシーが聞くより早く。
「以前、俺が身体を張って守ってるから、この国は平和なんだと君はそう言ってくれただろ」
と、クラヴィルは言葉を紡ぐ。
それは、結婚した当初の話。まだ今ほど関係を築けていなかった頃に伝えたステイシーの何気ない一言。
「逃げてばかりの人生だった」
独白のように紡ぎ出されたその言葉にステイシーはじっと耳を傾ける。
「人との関係に背を向けて。ただ己の身を守るために、武器を取った」
前世で読んだクラヴィルの過去。子どもでいることを許してもらえず、彼はたった14才で全てを背負わされたのだ。
「逃げて、逃げて、逃げ続けて。逃げる先すらなくなって、王命で君と結婚した。それでもまだみっともなく、逃げ続けるつもりだったのに」
自身を取り巻く問題から目を背け、付き纏う全てが煩わしいと切り捨てて。
ただ愚直に剣を振り、命のやり取りを行う場に身を置いた。
そこに余計な思考が入る隙間はなく、孤独と引き換えに楽ではあったけど。
「君が見せてくれる"毎日"がただ穏やかで、楽しくて。そうしたら今度はそんな日常を失うことが怖くなった」
そう言って苦笑するクラヴィルは、
「だが、騎士団長の名を背負い、狩場に立つ以上俺に敗北は許されない。何を失ったとしても」
己の選んだ生き方を変える気がないのだとステイシーに告げる。
人類最強と評されるクラヴィルは、鬼神だの死神だのと呼ばわれ、人々から畏怖の念を向けられる。そんな彼が見ているその光景は、どれほど孤独なのだろう。
考えるだけで、胸が締め付けられるように苦しくなったステイシーの心に、
「だけど、俺が守ったものの中に楽しそうに笑う君がいて、そんな君の日々を守れているなら、逃げてばかりの俺の人生も悪くないんじゃないか、ってそう思ったんだ」
クラヴィルの言葉が沁み渡る。
「だから、任を解かれるまでは振り返らない。けど、今回の任務が終わったら俺も"日常"に戻れるように」
願掛け、と取り止めもなく落ちてくるクラヴィルの言葉をゆっくり噛み締めたステイシーは、
「旦那さまは一級建築士でしたのね」
楽しそうにパチンと手を叩いた。




