5、王女さまからのヒント。
「誘い?」
不思議そうに首を傾げるクラヴィルをじとっと空色の瞳で写したティアリスは、
「……私、ステイシーに振られてるんですの。私の侍女……ゆくゆくは侍女頭になって欲しかったのに」
叶わなかった希望をつぶやく。
ティアリスは立ち上がると棚からペアのブレスレットを出し、クラヴィルに見せる。
「コレは?」
「ステイシーが学園時代に作った魔道具ですわ。指で弾くと対のブレスレットに振動が伝わる。いつも、コレでこっそりおしゃべりしていたの。王家と全く接点のない伯爵家の令嬢では一緒にいることはできなかったから」
「振動暗号、か」
「ええ。お兄様に昔教えてもらったでしょ。知っていて損はないから、と」
ティアリスが手に取ったブレスレットの側面を軽くコツコツとリズムを変えながら叩く。
少し遅れてクラヴィルの持っているブレスレットが振動する。振動する回数を文字列表に当てはめれば、それはステイシーの旧姓でのフルネームになった。
「なるほど、な」
振動暗号は軍事的に秘匿されたものではなく、知っていれば使えるし、知らなければ全く分からないという類のモノ。
ガーランド邸でステイシーが振動暗号を使えた理由がようやく分かった。
「ステイシーは王立学園では普通科だったんです。ただまぁ、補講さえ受ければ学園内なら魔法の修練も魔道具作製もできますしね。持ち出すには手続きが必要ですけど」
懐かしそうに学園時代の話をするティアリスは、
「魔法専攻科にいなかったから、ステイシーは普通に就職するのだと思っていました。なら私の侍女に、とお父様にお願いしてみたのです。側近候補に名前が上がっていなかったとはいえ、家柄は伯爵家。特待生になれるほど優秀なのですから、問題ないとこのブレスレットを見せて」
ブレスレットをコトッとテーブルに置く。
「陛下に反対されたのか?」
「いいえ。お父様はただ一言"コレを独学で作れる子はお前の侍女にはならないよ"と」
そして、事実ステイシーはあっさりと王女の侍女という地位も名誉も約束された職を断ったのだ。
「私は魔術研究学院を受験してた事も魔術師を目指している事も知らなかった。ステイシーは大事な事はいつも確定するまで言ってくれない」
それを寂しいとは思う。
だが、それはティアリスにしても同じ事だった。背負っているものがある以上、親しい相手であっても全ての情報を晒す事はできない。
伝えるべき内容やその時期、そして伝える相手を適切に見極めること。それは社交界の縮図とも言えるあの学園内で学ぶべき手法の一つだったから。
「でも、ヒントは常にあったんです。お父様がたったこれだけでステイシーの真意を見抜いたように」
ティアリスは空色の瞳で真っ直ぐクラヴィルを見る。
「"無関心"はヒトを殺せる。お兄様は、ソレを誰よりもご存知でしょう?」
「……ああ、そうだな」
両親が急死し、14歳で爵位を継いだ。王位継承権を持っている若すぎる公爵。
悲しむ事さえ許されなかったあの日から、クラヴィルの苦悩は始まった。そして、知る。あの事件は父の"無関心"が招いたモノであった、と。
「コレは私にとって戒めです。見ようとしなければ何も視えない。半年ステイシーと過ごしたお兄様の目には何が見えていらっしゃいますか?」
ぎゅっと銀のブレスレットを握りしめたティアリスは澄んだ空色の瞳でクラヴィルに問う。
本当に、何も分からないのか? と。
問われたクラヴィルはステイシーと出会ってからの今までに想いを馳せる。見落としてしまいそうな小さな事まで、全て。
チリンという軽やかな鈴の音で、クラヴィルの意識が今に戻る。
ティアリスが侍女を呼んだらしいと飛んでいた思考を整理していると、
「もう時間みたいですね。お兄様は何やらお疲れのご様子ですし、一杯飲んでから戻られては?」
クラヴィルの前に一杯のお茶が出される。
ティアリスに促されて一口飲めば覚えのある爽やかな香りが口内に広がった。
「レモングラスと生姜?」
それは、先日グレゴリーから出されたお茶と同じ味がした。
「いや、違う。それ以前にも……どこかで」
一体、どこで?
「それには、僅かですけど"癒し"の加護が入っているんです。コンセプトは"頑張るあなたのための1杯"」
「頑張るあなたのための1杯?」
クラヴィルはカップに残るお茶に視線を落とす。
『旦那さまのお仕事に口は出しませんが、お身体は大事になさってください。過重労働っていうか最早1人ブラック企業ですよ、コレ!』
思い出すのは、栗色の瞳に呆れを滲ませたステイシーの姿。
それがどうしたと問えば、
『どうした、じゃありません!! 倒れたらどうするんですか?』
そう言って愛さないと言い放った夫のことを心配し、
『"命を背負う"責任から逃げ出さずに向き合おうとする旦那さま素晴らしいですし、旦那さまのストイックさは美点ではありますが、周りをもう少し頼ってもらえませんか? あなたが剣を持って前線に立つ時、最大限の力が発揮できるように』
そういってステイシーは幾度となく苦言を呈して来た。
グレゴリーからステイシーの置き土産だと聞いた時は嫌味かと思ったけれど。
『マイナススタートなんて伸び代しかないんですから、むしろ"推す"一択でしょ?』
ステイシーがそんなことをするだろうか?
ダメなところも、苦手な事も、全部受け止めて、笑い飛ばしてくれる彼女が?
ステイシーの気持ちは彼女に聞かなければわからない。そう結論づけてお茶を飲み干したクラヴィルに、
「貸し一つですよ、お兄様」
ティアリスは不敵に微笑み、そして一枚のカードを差し出す。
花をモチーフにした華やかなステンシルが施されたそのカードには見慣れた筆跡でお店の名前が書いてあった。




