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仲直りのお作法。

今週は番外編の公開です。4冊目後のお話。

 午前中4本たて続いた怒涛の会議を乗り切った眠たくなりそうな長閑な昼下がり。


「はぁぁぁ〜」


 机に突っ伏したクラヴィルが庁舎の執務室で大きなため息をついた。


「どうした? そんな大きなため息なんかついて」


 愛妻弁当に舌鼓をうっていたルシオンが手を止めクラヴィルに視線を向ける。

 午前中の胃の痛くなるような舌戦を思えばため息の一つもつきたくなるのは分かる。

 だが、ここまであからさまに落ち込み調子を落としているのは腑に落ちない。

 今までだってこんなことは多々あった。その度にクラヴィルは眉一つ動かさず騎士団長として理不尽な要求は一蹴し、騎士としての実力で迅速に事を納めてきたのに。


「体調が悪いなら午後の指南変わろうか?」


 新人の騎士の指導は元々騎士団長自らがやる必要のない業務。

 指揮を上げることと騎士達の特性を把握する目的でクラヴィルが進んで引き受けているだけで、本来なら新人騎士の指導は彼らの上官の仕事。

 新人達に課す10倍は重い訓練を日々欠かさずこなすクラヴィルにとってはウォーミングアップにすらならない。


「そっちは別に。むしろ身体動かしたいし」


「いや、だからお前に加減間違われたら困るんだけど」


 その後のフォローが、と肩をすくめたルシオンは、


「気になることがあるならさっさと吐け。団長のメンタルフォローも優秀な副官様の仕事だろ」


 いつもの事とばかりににやっと口角を上げる。


「副官タスク多すぎないか?」


「んじゃ、お前の友人として聞いてやる。ほら、まだ昼休憩だし」


 あと30分しかないぞ、促されうっと言葉を呑んだクラヴィルは、


「……だ」


 ぼそっと悩みを打ち明ける。


「はっ?」


 が、よほど言い難い内容なのか声が小さ過ぎて全く聞こえない。

 早く言え、と呆れ顔を浮かべるルシオンに観念したクラヴィルは、


「だからっ! ステイシーがもう一週間も会ってくれないんだ」


 恥を捨ててそう叫び、縋るような目をルシオンに向けた。


「怒らせたのは分かってるんだ。謝りたい、けど会ってくれないし、そもそもどこから謝ればいいのか……。口論でステイシーに勝てる気がしないし、契約書が完璧過ぎて隙がないし。このままだと夜会にでも出席しない限り、ステイシーと接触する機会すら作れないかも……。いや、でも夜会に行ったところで仕事モードのステイシーに軽くあしらわれて終わる未来しか見えない」


 どうしよう、と深い深いため息と共に顔を覆うクラヴィル。


「えーと。つまりお前、今奥方と喧嘩中……なのか?」


 イマイチ確信を持てず、ルシオンが半信半疑でそう問えばコクリと頷くクラヴィル。


「俺は、どうすればいいんだろうか?」


 哀愁漂うクラヴィルはとてもじゃないが"人類最強"とか"戦場の鬼神"なんて謳われる人物には見えない。

 しゅんと子犬のようになってしまっているクラヴィルに、思わず吹き出しそうになったルシオンは口元を抑えそっぽを向く。

 つまりクラヴィルの悩みは犬すら喰わない類の奴である、と。

 モテるくせに女嫌いで、言い寄ってくる淑女達に冷たい態度しか取ったことのないクラヴィルが!

 周りに敵が多すぎて、人間関係が破綻していても一切気に留めることなく唯我独尊を地で行っていたクラヴィルが!!

 どう考えても初手から詰んでいるような結婚条件を掲げ、"愛する事はない"と妻に宣言してしまっているクラヴィルがっ!!!!

 初めての感情に振り回されて、身動きが取れなくなっている、と。


「……とりあえず、事情を聞こうか」


 なんだ、その面白そうな展開。

 クラヴィルの成長を感じ、ニヤニヤしそうになるのを抑えたルシオンは神妙な面持ちを作って続きを促した。


**


「要するにデートでやらかした件について釈明する機会すらもらえないくらい奥方にガチギレされていると」


 クラヴィルから話を聞き出したルシオンは状況をざっくりまとめる。

 クラヴィルから聞いた話はルシオンからすれば、耳を疑うような内容だった。

 クラヴィル自ら女性を"デート"に誘ったという事も、自分から女性に触れたという事も。

 正直、いままでのクラヴィルを思えば信じがたい。

 が、ここまで気落ちしているクラヴィルが嘘をついているとも思えない。


「ステイシーからはもう2度と絶対俺とはデートしない、と宣言されてしまったし。それどころか食事に誘っても断られて顔すら見れてないし」


 優位に立てたとクラヴィルが喜んだのは一瞬で、ガチギレしたステイシーに突きつけられたのは一週間を超える塩対応。

 こんな事になるなんて、あの時は考えもしなかったのだ。

 予想外の行動を取るステイシーにはいつも驚かされてばかりだから、クラヴィルとしてはちょっとした意趣返しのつもりだった。

 展望台の最上階からのノーロープバンジーだって安全に降りられる確証がなければクラヴィルだってやらない。

 それともステイシーが怒っているのは、歩けなくなった彼女を馬車まで抱えて行ったことだろうか?

 公爵家の馬車は一旦返してしまっていたから、馬車の待機場所まで歩くことになったのだがその間随分人目に晒された。

 本当は馬車を呼んでどこかの店で待機していれば良かったし、ステイシーを抱き抱えたまま街中を歩く必要なんてなかったけれど。

 耳まで赤くし何度も降ろしてと消え入りそうな声で懇願するステイシーが可愛くて却下した。

 そんな意地悪をした結果の今なのだから、完全に自業自得ではあるけれど。


「悪かったと思って色々貢物送ってみたら"迷惑"って書いた紙と一緒にわざわざ郵送で送り返された」


 建物は別だが同じ敷地内に住んでいるのに、と嘆くクラヴィル。

 ステイシーの住む離れと本邸は僅か数メートルの距離。不要だと返すにしてもステイシーが会いにくれば済む話。

 普段なら呼ばなくても自らの足で踏み込んで来るステイシーが、郵送手配なんて手間や時間をかけてまで徹底的にクラヴィルのことを避けている。

 あの日、ステイシーが言った通り彼女を展望台の上に置き去りにしたまま一人で先に帰るのが正解だったのだろうか?

 答え合わせがしたくとも、顔すら合わせてくれないのだからどうにもならない。


「俺は、一体どうすれば……」


 はぁ、と再び深いため息をついたクラヴィルに。


「俺もどこから突っ込めばいいのか、斜め上過ぎて迷子だわ」


 聞き損と切り捨てたルシオンは愛妻弁当に視線を戻して咀嚼を再開した。


「……聞いたんだから突き放さないでくれ」


 情けない声で懇願され、ルシオンは眉を顰める。


「コレで無自覚」


 相手の機嫌が気になる時点でどう見ても落ちているというのに、多分本人はそれすら気づいていない。

 鈍いにも程がある。とはいえ、地雷だらけのクラヴィルに第三者が指摘したところで頑なに首を横に振るだけだろう。

 ふむ、と頷いたルシオンは、


「まず、第一に。クラヴィル、お前全然謝ってないから」


 本当に詫びる気あるのか? とビシッと指を差し、事実を述べることにした。


「なっ、そんなこと」


 ない、とクラヴィルが否定するより早く、


「自分の足で相手のところに出向いて、すみませんでしたってちゃんと頭下げたのか? どうせ、グレゴリー経由で"悪かった、食事でもどうだ?"程度の伝言残したレベルだろ」


 ルシオンが経験上から弾き出したクラヴィルの行動を当てる。

 うっ、と言葉に詰まったクラヴィルに、


「花屋本体じゃなく、花束贈れ。花の種類が分からなくて自分で選べないなら庭師にでも聞け」


 なんで詫びられる側が自分で花束作んなきゃなんねぇーんだよ、と盛大に突っ込む。


「ドレスにしろ装飾品にしろ、趣味じゃないもの贈られたらただただ迷惑。即質屋行きだって俺の妻が言ってたぞ」


「そういうもの、なのか?」


 結婚するにあたり適当に用意させたステイシーの部屋。不自由がないように、とだけ伝え商会の人間に金を渡し適当に見繕わせた装飾品とドレスの数々。

 ステイシーからそれらに対し文句を言われた事はなく、むしろ感謝すらされていたのでクラヴィルとしては問題ないのだと思っていた。


「適当に見繕うな。一緒に選びに行けよ。それこそデートの口実になるだろ」


「なっ! そ、そんなっ」


 デートというワードに当てられ即座に否定しそうになったクラヴィルは、


「参考までに聞きたいんだが。その、ルシオンはいつも妻に対してそんなことを?」


 ここで聞かなければきっと解は得られないとぐっと呑み込み消えそうな声で尋ねる。


「してるが? 当たり前だろ」


 しれっとそう言われ、口をはくはくと動かすだけで言葉が紡げなくなったクラヴィルに、


「むしろ自分色に染めたいな、とか思わねぇの?」


 発破をかけるようにルシオンは畳み掛ける。

 自分色、と言われクラヴィルは口元を抑える。


『ありがとうございます、旦那さま!』


 と、はしゃぐステイシーが濃紺(自身の瞳)色のドレスを纏っているのを想像してしまったクラヴィルは無言のまま耳を赤くする。

 その様子にあえてツッコミを入れなかったルシオンは、


「仲直りは早いほうがいいぞ。女の切り替えの早さは男の比じゃないから」


 これは経験談だけどと言い残し、空になった弁当箱を洗いに行ってしまった。


**


 ーー夜。

 来訪を告げる呼び鈴の音にステイシーはこんな時間に誰かしら? と眉を寄せる。

 グレゴリーが仕事の相談に来るのは日中だけだし、基本的に自分のことは自分でという契約なのでこの離れに使用人は立ち入らない。

 となれば、自ずとここに来られる人間は限られる。

 戸を開けたステイシーの目に映ったのは予想通りの人物。この屋敷の主人クラヴィルだった。

 

「何かご用ですか? 旦那さま」


 あえて不機嫌そうな声を出したステイシーにビクッとクラヴィルは肩を強張らせる。


「ステイシー……その」


 と、言い淀んだまま言葉を紡げないクラヴィルはそのまま縋るような目でこちらを見てくる。

 結婚した初日にこの離れをもらって以降、クラヴィルがここを訪ねてきたことはない。

 元々白い結婚だし、契約上は公務の同伴以上の交流は必要ないのだから当然だ。

 そんなクラヴィルがあえて自分の足でここまで来る理由なんて1つしかない、と彼の用件を察することはできるけれど。

 ステイシーだって無限に優しくできるわけではない。


「ご用件は手短に願えますか? 私、今から寝るところなのですが」


 今後のためにもここはあえて厳しくしなければと不機嫌を前面に出してみせれば、


「そ、そうか。そんな時間だよな」


 クラヴィルは困ったように慌て出す。

 外では騎士団長として威厳ある行動を取り、社交の場では常に冷たい表情を浮かべているクラヴィルが、しゅんとまるで叱られた子どもみたいになっている。

 推しのギャップが可愛いと笑いそうになるのを必死で堪えたステイシーは、


「10秒だけ差し上げます。はい、10、9、8」


 仕方ないなと助け舟を出してやる。


「はっ? ちょ」


 突然始まったカウントダウンに慌てるクラヴィルに、


「これ以上待ちませんよ。7、6、5」


 カウントをやめないステイシー。


「4、3、2」


「待っ」


「いーち、ゼ」


「悪かったっ!!」


 謝罪とともに勢いよく差し出されたのは、色とりどりの花束で。

 握り締めすぎたせいでやや茎の部分がくたっている。


「何についての謝罪でしょうか?」


 もう一声欲しい、と会話下手のクラヴィルに水を向けてみたが、


「えっと」


 ごめん以外を考えてなかったのかそれ以上は出てこない。

 仕方ない、ステイシーはクラヴィルから静かに花束を受け取ると。


「ハイ、時間切れ。続きは明日(・・)聞いてあげます」


 出直してくださいませ♪ とにこやかに宣言し、あっけに取られるクラヴィルを残してパタンとドアを閉じた。


「ステイシー!!」


 という呼びかけを聞きながら、クスクス笑いステイシーは部屋に向かって歩き出す。

 ノーロープバンジーは本当に怖かったし、あんな風に晒し者にされるなんて二度とごめんだけど。


「本当、素直なところは旦那さまの美点ね」


 コミュ力壊滅的なあのクラヴィルが気に留め歩み寄りの姿勢を見せてくれたので良しとする。

 今日も推しが尊い、とクスリと笑みを溢したステイシーは、明日はなんてやり返そうか? と考えながら手の中にある花束を嬉しそうに愛でたのだった。

「面白い!」「続き読みたい!」など思った方は、ぜひブックマーク、下の評価を5つ星、リアクションのポチっよろしくお願いします!

作者のモチベーションも上がって更新が早くなるかもしれません!(笑)

ぜひよろしくお願いします!

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