6、賭けの結果の落とし所
「これはどういう事ですか?」
翌日。持ち越しになった話し合いを再開する場には何故かガーランド伯爵の娘であるイリーナが呼ばれ、壁面にはびっしりと資料が貼り付けられている。
「俺も聞きたい。ステイシー、なんだその恰好は?」
昨夜別れてから一晩でなんでそうなった、と頭痛を抑えるかのように眉間に皺を寄せたクラヴィルはステイシーに尋ねる。
「見て頂いた方が早いかと思いまして」
にこにこにこにこと笑う彼女だが。
今のステイシーは、まるで別人のような姿をしている。
ステイシーの本来のミルクティーのような色の長い髪は、何故か淡い水色をして長さも肩までしかなく。
服装は白のブラウスとタイトスカートに黒のストッキングと黒のハイヒール。
普段かけていないメガネをかけ指示棒を片手に持って立っているその姿は公爵夫人らしさ皆無どころか貴族令嬢にはまったく見えない。
声を聞くまで普段ステイシーと顔を合わせているクラヴィルでさえ、正直彼女だと分からなかった。
「では、イリーナ様。ご説明をお願いいたします」
場の主導権をステイシーから明け渡されたイリーナは、
「お父様は勘違いなさっていたようですが、私がヘイリス公爵との謁見の機会を伺っていたのは、このウィッグを騎士団に売り込むためですわ!」
意を決したように勝気な翡翠の瞳を一同に向け言葉を発する。
「ウィッグ?」
「ええ、今ステイシー様がお召しになっているウィッグです。ロウディスと共に魔石が採れないガーランド領でできる事業をずっと考えておりましたの」
ガーランド領の主な財源は商会からの税。だが、それだけでは領地を発展させるには足らない。
領民のためには継続雇用できる先が必要だった。イリーナはずっとその方法を模索していたのだと自身の考えを初めて父に口にする。
婚姻により他家と縁を繋ぐことだけが貴族としての自分の価値ではない、と。
「素晴らしい商品だと思いません? 例えば潜入捜査や要人の護衛をするとき、あるいは女性がおしゃれを楽しむ時などなど、用途の可能性は無限大」
そう言ってステイシーがウィッグを外せばいつもの彼女の髪に戻った。
「ずっとイリーナお嬢様と開発をしていたのです。ただ問題は特定の色以外、きれいに長期間色を維持できなかったことでしたが」
「ステイシー様にお知恵をお借りして、その点もクリアできそうなのです」
ロウディスとイリーナは共同で商品の企画書をクラヴィルとゼルドラスの前に差し出す。
クラヴィルの訝しげな視線を受けて自信ありげにペンを取り出したステイシーは、
「問題はウィッグに色を定着させるときの水魔法の構造式にありましたので、おそらく魔法省の魔術師様であればこの点解決できるのではないかと」
例えばこんな術式とか、と壁に貼り付けた資料にさらさらっと魔術式を書き足していく。
「ガーランド伯爵領で大量発生する小型の魔獣テリア。サンプルデータを元に魔法伝導率を計算してみたところ、今回の魔術式を定着させるのに非常に相性がいい素材だと判明しました」
これは非常に画期的な発明ですわ! とイリーナとロウディスの共同開発品であるウィッグをそう評したステイシーは、
「このウィッグの根幹となる設計は既にロウディス様、イリーナ様の共同作としてギルドに届出済み。今ヘイリス公爵家がヴァルメロ商会とガーランド伯爵家の間に割って入ってしまっては、こちらの品は完成いたしませんわ。この商品が日の目を見ないのは大きな損失だと思いませんか?」
そう言って難しい顔でウィッグを眺めるゼルドラスに語りかける。
しばらく鋭い視線をウィッグに向けていたゼルドラスは、
「触ってみても?」
と彼らの了承をとってウィッグに触れる。
ウィッグに向けられたのは厳しい商人の目。丁寧に商品に触れたゼルドラスは、
「これを……お前が」
仕様書とロウディスを見比べつぶやく。
じっと、考え込むゼルドラスに、
「売り込み先と用途もまとめてみた。ただ、これはイリーナお嬢様がいなければ完成しない」
ロウディスは畳み掛けるように資料を差し出し、
「わ、私もっ! この商品は社交界で注目を浴びると確信していますわ! 私が必ず、そうしてみせます」
イリーナも食い気味に売り込みについての決意表明をしてみせる。
だが、
「お嬢様の意気込みは買います。ですが、商売はそんなに甘くない」
ゼルドラスは二人の持ってきた事業書の甘い点を指摘する。
「それにこれが完成する保証は無いでしょう。魔法省の魔術師に協力を仰げるだけの伝手はガーランド伯爵家にもヴァルメロ商会にもない。彼らは金では動かんしな」
「そうとも限らないですよ」
そういって口を挟んだステイシーは、
「いかがでしょうか? 騎士団長様」
楽しげにクラヴィルにお伺いを立てる。
「……騎士団というよりも、魔術師団の方が興味を示すだろうな、コレは。自分だけならともかく、気づかれないように他者を隠すのはなかなか骨が折れると言っていた」
「なるほど。ちなみにですが、魔術師団長様がご興味を示された場合、魔法省に働きかける可能性は?」
ステイシーの問いかけに飄々と笑う苦手な相手の顔を思い出し、新しいおもちゃを片手に嬉々として魔法省に掛け合う姿までありありと想像したクラヴィルは、
「ある、だろうなぁ」
仕事が増える、と内心でため息を吐いて正直に答えた。
「あら? 急に実現化の話が現実味を帯びましたわね!」
そんなクラヴィルの苦悩を綺麗に流しパチンと手を叩いたステイシーは、
「ヴァルメロ会長、この商品にはあなたの商人としての矜持を賭けるだけの価値はありませんか?」
商人としての見解をゼルドラスに問いかける。
問われたゼルドラスは深い深いため息をつく。
「正直面白い、とは思います。これだけのものを用意しているんだ。これに彼らがどれだけ真剣に向き合ってきたのか、理解はできます」
そう言ったゼルドラスは、
「だが、やはり信用ならない相手とは組めない。私は商人なので」
と正直な気持ちを吐露する。
ゼルドラスは自分一人ではなく、多くの従業員の生活を背負っている。
勝手に商会を賭け軽んじられたことは、許しがたい行為なのだろう。
だが。
「ただ、実現するのであれば……採算の取れる見込みはあり、これを大きく育てることは我が商会にとっても有益となるのは間違いない」
そう言ってゼルドラスはようやく譲る姿勢を見せる。
ここらが落とし所だろうと察したクラヴィルは、
「では、一旦この話は私が持ち帰るとしよう。結局のところ、奴が動かなければ話は進まないだろうしな」
魔術師団長にウィッグを見せる事を約束した。
クラヴィルの発言に場の全員が沈黙し、そして静かに頷いたのを確認したステイシーは、
「まとまったようなので、確認いたします。ヴァルメロ商会は一旦公爵家預かりとします。ただし窓口はイリーナお嬢様とし、この件が具体化するならばヴァルメロ商会長の許諾を得てガーランド伯爵家にお返しします。その場合もヴァルメロ商会に関する権限はガーランド伯爵ではなくイリーナお嬢様が持つという形ではいかがでしょう? ガーランド伯爵による権利侵害が行わないようその点に関してはお嬢様が20歳を過ぎるまでヘイリス公爵家が代理人を通じて監視します」
要件をすぐさままとめ、提示する。
クラヴィルが署名した正式な書面。それをよく読んだあと、
「承知した」
ヴァルメロの商会の名に賭けて、とゼルドラスが同意を示したことでこの場は終結となり、ようやく話が纏まった。




