4、当て馬妻の社交術
「恋愛結婚は難しい、とわかっているから誰かのお姫様になれる物語に憧れる。その気持ちは責められないでしょう。まぁ、人様に迷惑をかけるのはいただけませんけど」
ふふっとステイシーは微笑ましげに笑いかけ、
「旦那さまは、きっとコレから先も見て見ぬフリはできないでしょう? あなたはとても素直な人だから」
諦めてください、とステイシーは笑顔でクラヴィルにトドメを刺す。
経験上ステイシーが言うことは大体正しい。そのステイシーが無理と言う以上、きっとそれは覆らない。
「俺に安息は来ないのかよ」
騎士を辞めるしか、と絶望感いっぱいで吐き出したクラヴィルのセリフに、
「そんなっ! 私から推し活を取り上げるおつもりですか!?」
とステイシーは悲痛な声を上げる。
「別に騎士辞めても生きていけ」
る、とクラヴィルがいうよりも早く、
「辞めたら夜会で令嬢の群れに旦那さまを差し出します」
食い気味でステイシーがそう宣言する。
今までになく目が据わっており、クラヴィルはステイシーの気迫に押され息を呑む。
「冗談だ。そもそも陛下が簡単には辞めさせてくれん」
「ですよねー! 私も冗談です」
ころっと手のひらを返してステイシーは撤回したけれど。目が本気だったので、多分冗談ではない。ステイシーを怒らせたら報復が怖いなと内心でため息をついたクラヴィルに、
「それにそのうちその悩みは解決しますよ。あなたが運命の人に出会えば」
大丈夫、大丈夫と雑に慰めたステイシーは、
「特定の人を作っちゃえばいいんです。で、つけ入る隙がないと思わせる位、溺愛アピールできれば大丈夫!」
と、恋物語の最適解を提示する。
「私はそれをにやにやしながら見守りますので、頑張ってヒロインを沼に突き落としましょう!」
不穏なセリフと共に頑張れと親指を立てるステイシー。
「……俺は何を期待されているんだろうか?」
「"萌え"と"ときめき"です!」
娯楽に飢えています、と顔面に書いているステイシーを見ながら、クラヴィルは本当に欲望に忠実だな、と笑う。
ヒト様の恋愛事情なんてどこが面白いのか全く理解できないが。
「……ステイシーは少なくとも君が満足するまでは俺の味方なんだろうな」
独り言のようなクラヴィルのつぶやきに、
「当たり前じゃないですか。ファンが推しを支援しないで何をするんですか?」
当然、とばかりに言い切ったステイシーの返答に、
「そうか」
とクラヴィルはほっとしたような表情を浮かべる。
きっと、彼女は今朝方みた悪夢のように、自分の心を土足で踏みつけて来ることはない。少なくとも、それだけは確かなこととしてクラヴィルは確信した。
「私もお伺いしたいのですが、私の何が旦那さまのご気分を害してしまったのでしょう?」
今後の参考に知りたい、と栗色の瞳に問われたクラヴィルはまっすぐステイシーを見つめ返す。
「別に害してなんてないが……」
「では、何故急に不機嫌になったり、こんならしくないことをなさっているのです? 旦那さまは、私が……いえ、女性全般お嫌いでしょう?」
ステイシーに指摘され、クラヴィルは言葉に詰まる。
確かにらしくなかったかもしれない。
でも、昨夜ステイシーにいずれは公爵家を出ていくのだと言われ、焦燥感のようなものが沸いたのだ。ステイシーの見据える未来にはいつも自分が存在しないから。
「旦那さま、嫌いな私と無理して一緒にいなくていいのです。私は当て馬妻ですし、あなたに愛を乞うことも、愛を囁くこともないのですから」
夫としての役割は求めていません、とステイシーは笑う。
きっと、少し前のクラヴィルであればその理想的な回答に喜んだだろう。
だが。
今胸を締めつける、この感情をなんと呼べばいいんだろう?
「ステイシー。俺は」
とクラヴィルが口を開いたところで、
「申し訳ありません、ヘイリス公爵。まだ、ヴァルメロが来ないのです」
ガーランド伯爵が応接室に入って来た。
部屋に流れる微妙な空気に気づかないガーランド伯爵は、
「貴族の呼び出しに遅れるなど言語道断。奴らは閣下のことを何と心得ているのか!」
芝居がかった口調でそう憤慨する。
それを眺めつつ軽くクラヴィルの袖を引いたステイシーは、クラヴィルにだけ分かるように振動で暗号を送る。
『多分ですが、ガーランド伯爵は商会長をこの場に呼んでいません』
伝わるかな、というステイシーの懸念はすぐ払拭され、クラヴィルは驚いた様子も見せず僅かに視線を動かし、了承を告げた。
『続きを』
と促され、
『伯爵の手は読めています』
ステイシーはそう続ける。
「ですから! ここはやはり私めにお任せを。何、奴らは貴族の後ろ盾がなければ商売できない」
躾けてやります、と息巻くガーランド伯爵の主張をにこやかに聞き流し、
『彼らは商人です。情報を逃しはしませんわ』
とクラヴィルに告げるステイシー。
散々焦らされた。逆に言えばステイシーにもそれだけの時間があった、ということ。
「そうだ! 本日はごゆるりと我が領地でお寛ぎください。自慢の娘を案内につけましょう! 閣下もきっとイリーナをお気に」
『時間です』
ステイシーが告げると同時に、
「遅くなり申し訳ありません」
そう言ってドアが開く。
入って来たのは貫禄のある初老の男性とすらりと背の高い優しそうな男性。
その後ろには先程この応接室まで案内してくれたガーランド家の執事がいた。
「ヴァルメロ、何故お前が」
動揺するガーランド伯爵を綺麗に無視したステイシーは、
「いいえ、時間ぴったりです。我々が早く来すぎてしまったのですよ」
そう言って本日の目的の人物に笑いかける。
「ヴァルメロ会長とは初めまして、ですわね。先日、婦人会を通して奥様にはお会いいたしましたけど」
「はい、公爵夫人のことは妻から聞いておりますよ。」
「婦人会?」
話についていけず、商会長とステイシーの間で視線を彷徨わせるガーランド伯爵に、
「ええ。ほら、私公爵夫人になりたてなもので、現在社交に力を入れておりまして。先日、孤児院を視察に行った際に偶然ヴァルメロ会長の奥様にお会いしましたの。素晴らしい方でしたわ。本日の会合にも出席なさるのかお伺いしたのですけれど、御予定が合わなくて残念です」
と、ステイシーは澄ました顔で事情を話す。
勿論、偶然ではない。公爵家の伝手を駆使し商会長夫人と接触できる機会を探し出したのだ。
現在、このヴァルメロ商会の後ろ盾はガーランド伯爵。
他の家門が抱えている商会に後ろ盾の了承を得ずに関与するのは暗黙の了解で良しとされず、破れば信用問題にもなるけれど。
ただ商会長の妻と世間話をするだけならなんの問題ない。
流石一代で国内一二を争う商会に育てた会長の伴侶。彼女はきちんとステイシーの意図を汲んで夫に本日の会合日時を伝えてくれたらしい。
「商会長夫人自ら慈善事業に力を入れてらっしゃるなんて、ヴァルメロ商会は本当に素晴らしいですね」
「ははははっ! 家内は子ども好きでしてな。それに優秀な子が将来うちの商会で働いてくれたら助かるしで、孤児院にはよく出入りしておるのです。今日も孤児院の支援に行っていますよ」
貴族を相手にしても怯むことなく楽しげに談笑に応じるゼルドラス。だが、全く隙がない。
これは難航しそうね、とステイシーが内心で苦笑すると、
「勝手に日程を話すなど、なんと口の軽い」
ガーランド伯爵が割って入ってきた。握りしめた拳が震えており、かなりお怒りの様子だが、
「嫌ですわ、伯爵。私は情報を漏らしてなどおりせん。元々決まっていた日程の確認を行なっただけで」
あなたがこの日を設定したのでしょう? とステイシーは招待状を机に置く。
それにはガーランド伯爵家の家紋が押されており、正式に彼がこの場を設定したのだという何よりの証拠。
「さて、公爵である旦那さまは勿論、ヴァルメロ会長もお暇ではないでしょう。はじめましょうか? ガーランド伯爵」
にこやかに笑うステイシーの表情を見てガーランド伯爵は思い出す。
ステイシーを舐めてかかったあの夜会で彼女に足を掬われた時のことを。
「……承知した」
勝てるはずがない。
ステイシーが本気で決着をつけに来たのだと理解し、ガーランド伯爵はようやく大人しく場を明け渡した。
「面白い!」「続き読みたい!」など思った方は、ぜひブックマーク、下の評価を5つ星、リアクションのポチっよろしくお願いします!
作者のモチベーションも上がって更新が早くなるかもしれません!(笑)
ぜひよろしくお願いします!




