3、特別に解説してあげましょう
精神的にどっと疲れる旅を終え、無事ガーランド伯爵邸に着いたけれど、クラヴィルはずっと黙りを決め込んだまま。
思い返せばやはりクラヴィルは昨夜からおかしかった。だがいくら考えたところで、クラヴィルが不機嫌になった理由なんてステイシーに分かるはずもなく。
「旦那さま」
拗れる前に素直に聞こうとステイシーが声をかけたタイミングで、
「公爵閣下、遠路はるばる我が領へようこそお越しくださいました!」
こんな時間を過ごす羽目になった原因、現当主マデラ・ガーランド伯爵が姿を現した。
一応クラヴィルの同伴は伝えていたが、ステイシーのことを綺麗に無視し、全力でクラヴィルに媚びる姿勢にいっそ清々しいななんてステイシーが思っていると、
「私はただの付き添いだ。我が妻を無視するとは、貴殿はまるで反省していないのだな」
地響きかと思うほどドスの効いた声で、不快感を前面に出したクラヴィルがギロリと睨む。
「はっ、い、いえっ! こ、公爵夫人もようこそ、です」
可哀想なくらいガタガタと震えながらしどろもどろにそう言ったガーランド伯爵を鼻で嗤い。
「時間の無駄だ。さっさと進めろ」
クラヴィルは威圧的にそう言った。
ガーランド伯爵が慌てて去っていき、通された応接室で、
「何だ」
視線に耐えかねたようにクラヴィルが口を開いた。テーブルにコトッと防音効果のある魔道具を置いたステイシーは、
「いえ。ただ、旦那さまは本当にあの"ヘイリス公爵"だったんだなぁーって。今更ながらそう思っただけです」
「……何だ、あのって」
自分が社交界でどう囁かれているかくらい、クラヴィルだって知っている。
歯向かうものには一切情けをかけない冷血漢、とか。
血も涙もない殺戮人形、とか。
眼力だけでヒトを殺せる、とか。
大概は碌でもない内容で、素直に怯えて相手から距離をとってくれたら助かるとばかりに放置してきた。
クラヴィルの思惑通り近づくまいと怯えていた令嬢が、何故か自分が接点を持った途端熱に浮かされたように迫ってくるのは謎だけど。
と芋づる式に嫌な事まで思い出し、クラヴィルの眉間のシワが一つ増えたところで。
「ふふ。ギャップ萌え、なんでしょうね」
ステイシーが聞き覚えのない単語を楽しげに口にした。
「ギャップ萌え?」
「いやぁーほら、旦那さまってまぁまぁ中身が残念なだけで、根は極悪人じゃないじゃないですか?」
むしろ育ちの良さが滲み出てます、としみじみ言われたクラヴィルは、
「……何で俺は急にディスられてるんだろうか?」
毒気をすっかり抜かれ、いつも通りの口調でステイシーに尋ねる。
「褒めてますよ? 第三者的には飯うまで存在尊いんで」
「褒められてる気が微塵もしない。が、とりあえず聞こう」
「旦那さまのその素直なとこは本当にポイント高いと思います」
すっかりいつも通りのクラヴィルに緊張を解いたステイシーは、
「旦那さまが異常におモテになるので、ヒーロー補正として無意識に魅了みたいな魔法でもつかってるのかと思ってたんですけど。まぁ、そもそもこの世界に魅了はないですし、旦那さまはただ天然タラシなだけだったんだなって」
把握した、とドヤ顔で自論を展開した。
よほど合点がいったのか、ステイシーはなるほどと頷くだけでそれ以上の解説がない。
が、もし原因が分かれば令嬢対策が取れるようになるかもしれないので、クラヴィル的にはぜひともステイシーの発見を把握したいところ。
「ステイシー。ギャップ萌え、とはなんなんだ? 俺にも分かるように説明してほしい」
なるべく詳しめにとクラヴィルは懇願する。
「んーそうですねぇ。まぁ、いいですよ。教えたところで直らないでしょうし」
ノートを取り出したステイシーはサラサラと絵を描きながら、
「要するに"自分だけに見せてくれる意外な一面"ってのに弱いのですよ。特に、夢みる女の子達は」
物語で良く見かけるテンプレ的分かりやすい"ギャップ"の例をあげていく。
「旦那さまの場合は、コレ。"誰にでも冷たいヒトが、自分にだけ優しい"です」
「……何だそれ?」
一緒に暮らすようになってから知ったが、クラヴィルは別に口数が少ないわけでも常にヒトを威嚇しながら過ごしているわけでもない。
最年少で騎士団長まで駆け上がった彼なので、運動面に特化しているのかと思っていたが、上流階級の貴族らしく、かなり高いレベルの教養を有しているし。
信頼している使用人、特に執事のグレゴリーのように長く彼に仕えているような相手の進言は聞くし、労いもする。
ステイシーに威圧的な態度であったのも結婚したあの日まで。
普段から割とクラヴィルに対して雑な扱いをしているが、避けられることもなくきちんと言葉が返ってくるのだ。
自分が悪いと思えば素直に謝ってくれるし、笑いかけてもくれる。
つまりクラヴィルは目が合っただけで首を撥ねる理不尽で冷酷無慈悲な鬼神などではなく、ごくごく普通のヒトなのである。
だが。
「それを知らないヒトが、旦那様に突然優しくされると"私だけ特別なのでは?"と言う思考回路に陥るのです」
ステイシーはノートにペンを走らせる。
ツン要素多めなキャラの突然のデレ。
その場面は、物語でも見せ場といえる尊いシーン。
特にクラヴィルは容姿端麗。普段マイナスに振り切っていて、悪い印象しか抱いていないほどその効果は絶大だろう。
「特に世間を知らない、夢見がちな女の子にはクリティカルヒット間違いなしですよ」
以上解説終わり、とステイシーの独自理論の書かれたノート凝視したクラヴィルは、
「……言いたい事は多々あるが、どうしても納得できない点がある」
「どこでしょう?」
「なんだ、この"誤解され易い彼を私が守ってあげなくちゃ"って」
クラヴィルはステイシーの絵を指差す。
庇われる→私を好きなのでは!?
→噂なんて当てにならない。本当は不器用なだけ!
→この人の名誉は私が守ってあげなくちゃ!! という展開が記載されたそれを見て頭を抱える。
確かに騎士という職業柄、国民を守るのは当たり前だし、揉め事の仲裁には入るし、モノが落ちていれば拾いもする。
が、解せない。
こちらは仕事をしただけだというのに何故こんな展開に?
どういう思考回路してるんだ、とステイシーに抗議するクラヴィル。
「まぁ、それが恋に恋する女の子の思考なのですよ」
恋は盲目といいますから、とステイシーは苦笑する。
「それに優しい、に関して言えば旦那さまは間違いなく優しいですよ。先程は助けて頂き、ありがとうございました」
「? 助けた覚えなどないが?」
突然ステイシーから礼を言われ、クラヴィルはさらに疑問符を掲げる。
「ガーランド伯爵に対し、私のために怒ってくださったでしょう?」
「当たり前のことだろう。そもそもアレがまともなら、ここまで出向く必要もなかったんだ」
「それを"当然"として、無意識にやってのけちゃうからモテちゃうんですよ。素敵な騎士様に守られるなんて、まるで物語の中のお姫様みたいじゃないですか」
政略結婚が当たり前のこの世界で、ヒロインに憧れを抱かない淑女を探すほうが難しい。
いつか親の決めた相手と結婚する。そう覚悟はしているものの、目の前に突然人生を変えるような"出会い"が降ってきたら、夢を見てしまうだろう。
恋をしてみたい、と。




