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3、いざ、お茶会へ

 お茶会会場は一国の姫が主催の割には随分と控えめな印象を受けるシンプルな作りをしていた。それを見て本当に彼女らしい、とステイシーは頬を綻ばせる。

 お茶会の招待状には"絵画鑑賞"と書かれていた。あえて派手さを抑え質の良い調度品だけで造られたその場所は、テーブルや様々な場所に置かれた"絵画"を見事に主役として引き立てていた。

 それにさすが、王女殿下のお茶会というべきか。少人数とはいえ、この場に呼ばれているは錚々たるメンバー。

 才ある芸術家の支援をしているとは聞いていたが、彼女らしい戦略。

 それは見事にハマったようで、お茶会が始まるより早く幾つかの絵画は芸術に理解ある選ばれたゲスト達の目に止まっていた。

 心地よい空間だ、とステイシーがゲスト達に倣い絵画を鑑賞し始めた時だった。


「ごきげんよう、ヘイリス夫人」


 ステイシーに声をかけてくる者がいた。

 貴婦人、という言葉を代弁するかのような優雅な所作と優しげな微笑み。ロマンスグレーの美しい髪にシトリンのような黄色の瞳。

 かつて社交界の華と讃えられ、代替わりした今なお淑女の憧れを集める社交界の重鎮。

 アルシェリーヌ・ルクレシアス先代公爵夫人だった。


「先日の夜会以来ですわね。お元気にしてらしたかしら?」


「おかげさまで。ルクレシアス夫人もお変わりなく麗しいご様子。何よりですわ」


 ステイシーはにこやかに対応しながら"先日の夜会"と言うワードに内心で冷や汗をかく。

 クラヴィルはあまり夜会に出ない。重要人物の護衛(騎士の仕事)という言い訳と公爵という地位があるので、大抵のものは突っぱねられるからだ。

 その彼が蔑ろにできない相手なら、それはクラヴィルと同格以上。そして、前回の夜会の主催者はルクレシアス公爵家縁の者だった。

 そんな割と格式高い夜会の場で、伯爵達を相手に賭けポーカーなんぞやらかして来たのだ。

 その件がアルシェリーヌの耳に入っていないとは思えない。

 追求されれば面倒なことになりかねない。

 さて、どうやって躱すかとステイシーが思案した時だった。


「皆さま、お待たせいたしました。私のお茶会にご参加くださりありがとう存じます」


 場が華やぐような明るい声が会場に響き、主催者であるティアリスが姿を現した。

 月の光のように輝くような美しく波打つ銀色の髪に透き通る空色の碧眼。

 淡い水色を基調としたシンプルなデザインのAラインドレスはスレンダーなティアリスの魅力を引き立たせ彼女によく似合っていた。


「本日のテーマは"未知"。先見の明ある皆さまに新しい出会いをご用意いたしました。皆さまにとって有意義な時間になるとお約束しますわ」


 薔薇色の唇から溢れた開催宣言。

 タイミングのいいティアリスの登場に感謝しつつ、ステイシーはアルシェリーヌに軽く会釈をして用意された自身の席についた。


「さすがティアリス王女殿下。慧眼ですわ。どの絵も無名の画家のものとは思えないほど素晴らしいです」


「いいえ、素晴らしいのはこの作品を作り上げた彼らですわ」


 才ある者に投資したに過ぎないとティアリスはいうけれど、その舞台の準備に彼女の本気度が伺える。


「私は新しいモノだけでなく、伝統ある文化や歴史の物語も守っていきたいと考えております。彼らはその次世代の担い手ですわ。例えばこの作風は……」


 ティアリスの解説に聞き惚れる参加者たち。ティアリスの進行のおかげでお茶会は和やかに進んでいった。

 絵画鑑賞も情報交換も一通り済み、お茶会も終盤。何事もなく終われそうだとステイシーが胸を撫で下ろしたところで。


「私、ヘイリス夫人のお話しもお伺いしたいですわ! 新婚生活とか、先日の夜会でのご活躍とか!」


 雑談という名の爆弾が豪速球で飛んできた。

 ステイシーは頭に叩き込んできた貴族名鑑と情報として知っている人間関係図を照合する。

 彼女の名前はローゼン侯爵夫人。

 流行にも敏感で情報通だが、噂好きの側面があるローゼン侯爵の若奥様である。


「私もぜひお伺いしたいですわ。ヘイリス公爵とのダンスも素晴らしかったとのことですが、夫への侮辱に対し毅然とした態度で戦った夫人の勇姿も社交界では噂の的です!」


 ローゼン侯爵夫人に便乗するようにそう言ったのはエルトワ伯爵夫人。

 パチンと手を叩き、目を輝かせて微笑む様は非常に可愛らしく、ワクワクという効果音が聞こえてきそうだ。


「私も耳にしております。独身時代どんな女性からのアプローチにも靡かず浮いた話一つなかったヘイリス公爵が、夫人のピンチに駆けつけ、ガーランド伯爵達を諌めて夫人の手を取り颯爽と去っていく様はまるで歌劇のワンシーンのようであった、と」


 2人に続くようにそう言ったのはサリス伯爵夫人。

 ほぅ、と艶っぽいため息を吐く彼女の目には舞台の役者を眺める憧れのような熱っぽさが宿っている。


「ガーランド伯爵との賭けでは一体何を? あの場で明かされなかった部分についてもぜひ」


 はしゃいだような声でローゼン侯爵夫人がそう締めた。

 彼女達の話しをにこにこにこと笑顔で聞きながらステイシーは頭をフル回転させる。

 彼女達の頭ではあの夜会での出来事は一体どう変換されているのだろうか?

 期待しているところ申し訳ないが、クラヴィルとの間に彼女達が期待するような甘いときめきエピソードは存在しない。

 尾鰭のついた夜会の話題をここで聞くということは、あの日の出来事は社交界で数多くの貴婦人の耳に入り、話のネタにされているに違いない。

 仮とはいえ公爵夫人の肩書きを持っているがステイシーは公爵夫人になってから日が浅く、社交界では新参者。

 ここにいる人間は全員ティアリスに好意的な人間ではあるけれど、彼女に招かれているからといってステイシーまで好意的に受け入れてくれるとは限らない。

 何よりお茶会前に声をかけてきたアルシェリーヌが自分を見る目が険しい気がする、とステイシーは彼女からの圧を感じ取る。

 正直に申告すれば眼力だけで射殺せそうだと言われるクラヴィルよりも涼しげに微笑んでいるアルシェリーヌの方が何十倍も怖い。

 なんなら後ろに猛禽類でも背負ってそうだ。


(ここで不用意な発言をすれば、詰みの一手ね)


『……君は、ほんっとに悩みがなさそうだな』


 なんでこうなった、とため息を吐きたくなったステイシーの耳に先日クラヴィルに言われた言葉が不意に蘇った。

 夜会での一件だって、今までのステイシーであれば貴婦人の関心事として話題に上がることはなかっただろう。

 これが公爵家というものの影響力。

 分かっているつもりで、考えが足りていなかった。

 自分の発言が、立ち振る舞いが、その一挙手一投足全て"ヘイリス公爵家"引いてはそこに連なる人の命運さえ左右する。

 これが、クラヴィルが公爵位を以て背負っているモノの重みなのだと、ステイシーは急に実感した。


(旦那さまはずっとこんな視線を浴びて生きて来たのね)


 色とりどりの瞳に宿る感情。

 期待、羨望、信頼、好意、嫉妬、執着、狂気。

 様々な感情は時に言葉よりも深く胸に刺さる。

 そして、感情が募り過ぎたその先は……?

 ステイシーはかつて読んだ物語のワンシーンを思い出す。

 その心の傷は癒える事なく今もクラヴィルを苦しめているのだろう。


『本当に、悪いと思っている。俺の都合で白い結婚(こんな生活)を強いていることも。君に対する物言いも。……俺は自分で自分が情けなくなる』


 ステイシーにとってクラヴィルはずっと物語の登場人物だった。

 その視界に映ろうが言葉を交わせようがふわふわと実体のない、二次元の人。

 だけどクラヴィルは今ステイシーが生きる現実の世界に存在していて、そして彼は自分に非礼詫びてくれたのだ。


(序盤では、やらかしまくる旦那さまだけど。基本悪い人じゃないのよね)


 でなければ"愛さない宣言を別バージョンで"なんてアンコール、あんなに何度も応えてくれないだろう。


(だから、私は……)


 確かに画面の向こう側で願ったのだ。

 そんなクラヴィルの未来が救われるモノであれば良いと。

 そしてその物語の読者だったステイシーはいつの日かクラヴィルが本当に心を許せるヒロインに出会い、成長し、幸せを掴むことを知っている。


(私は"当て馬妻")


『ステイシーは俺の恋物語とやらを楽しみたいんだろ。なら一番近くで鑑賞していればいい』


 そう、当て馬妻である自分はただの"読者"。

 クラヴィルの殻を破り、幸せに導くのは自分の役目ではない。

 一度目を閉じたステイシーは、その大きな栗色の瞳をゆっくり開く。


「私から皆さまにお話しできる事はございませんわ。私、ネタバレ厳禁派なんですの」


 ステイシーは綺麗に微笑んで唇に指をあてる。

 真実が言えないのなら沈黙し、笑顔で封殺するのが社交界を生き抜く鉄則だ。


「代わりに、ティアリス王女殿下に倣い私も"物語"を語らせてくださいませ」


 彼女達は自分と同じで娯楽に飢えている。

 ならば、真実よりも感情が揺さぶられるファンタジーを提供しよう。


「これは、あくまで二次元の物語(フィクション)です」


 そう言ってステイシーは綺麗に微笑むと、かつての自分が読み漁った異世界恋愛ファンタジーをベースとした物語を紡ぎ始めた。

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