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2、それぞれの悩みごと

「ティアリス王女殿下の茶会、だと?」


 食後のコーヒーを飲みながら、クラヴィルは眉を顰める。

 問いただすような口調や低く冷たい声音には気に食わないというクラヴィルの意志が感じ取れた。

 が、そもそもクラヴィルの心情なんて、ステイシーは始めから微塵も考慮する気がないので。


「ええ、ヘイリス公爵夫人として一人で参加する初めての社交なら、彼女のお茶会ほど相応しいモノはないでしょう」


 クラヴィルの威圧的な態度なんてどこ吹く風。夫の不機嫌なんて全く気にしないステイシーは美味しそうに白桃のシャーベットを口に運ぶと、


「と、いうわけで。来週の準備に忙しいので、しばらく旦那さまを構ってあげられそうにありません。どうぞ私の事は放置して、仕事に邁進なさってくださいませ」


 楽しげにパチンと手を叩き、"と"より前を綺麗に端折って業務報告を終わらせた。


「ふわぁーこんな瑞々しい桃を贅沢に使ったシャーベットが食べられるなんて。今日もお仕事頑張って良かったぁぁー」


 と、デザートに夢中なステイシーの口からはそれ以上この件についての話は出てこない。

 クラヴィルはじっとデザートにはしゃぐステイシーの様子を観察する。

 先程ステイシーから見せられた招待状には間違いなく彼女の印章が押されていた。

 彼女、ティアリス・エルメラ・ディアフォードはこの国の第一王女であり、クラヴィルの従妹にあたる。

 王立騎士団に所属するクラヴィルからすれば彼女の父である国王陛下は忠誠を誓うべき相手であり、当然王族であるティアリスもまた同様に守るべき存在ではあった。

 が、この度のティアリス主催の茶会への招待がクラヴィルとしてはどうしても腑に落ちなかった。

 普段からティアリスと自分の間に交流があったのならまだ分かる。だが、ティアリスの夫候補として自分の名が上がったあたりからクラヴィルは徹底的にこの従妹との交流を避けてきた。

 なぜ、結婚した途端にティアリスからヘイリス公爵家に接触を図ってきたのか?

 それも夫婦共にではなく、ヘイリス公爵夫人(ステイシーのみ)を招待するという形で。

 まずは立場の弱いステイシーから取り込んで、そして……?


「わぁーこっちのバニラアイスもすっごく美味しい! バニラの甘い香りがいっぱいに広がって幸せ過ぎる〜。ミルクが濃厚なのにくどくも重くなくて、口の中でスッーと溶けるなめらかな口溶けも最高でしかない。えーこんなのどうやったら作れるのかしら。私も作りたい、マジで。今度はシェフに弟子入りしようかなー」


 割と真剣だったクラヴィルの思考は、ステイシーの長台詞によって唐突に遮られた。


「……君は、ほんっとに悩みがなさそうだな」


 能天気が服を着て歩いているかのようなステイシーにクラヴィルはそう言って悪態を吐く。


「はい?」


 こちらをじっと見つめてくる栗色の瞳とばっちり視線が絡み、クラヴィルは反射的にその目を逸らす。

 ステイシーの栗色の瞳に自分を慕う色はない。頭では分かっているのに、長年染みついた習性は簡単には消えてなくならない。


『心配しなくても恋物語は勝手に始まりますよ。あなたが愛しい人に出会えば』


 不意に、ステイシーに言われた言葉が耳の奥で響いた。

 "出会えば"という事は、まだその運命とやらには出会っていない、という事だろう。きっと、ティアリスは自分の運命とやらではないはずだ。

 だが"もしも"がクラヴィルの頭を過ぎる。

 自らを"読者"と名乗り、恋物語を楽しみたいのだと主張するステイシー。

 "もしも"その運命というものがクラヴィルの前に現れてしまったら、彼女は嬉々として鑑賞し、応援し、そして最後はこの屋敷を出ていくのだ。


『慰謝料、多めにお願いします!』


 と満面の笑みで。

 ほぼほぼ初対面の相手に"愛する事はない"だなんて言い放ったのはクラヴィル自身。

 勝手だと、誰よりもよく分かっている。それでも思ってしまうのだ。

 恋物語(運命)なんて、いつもみたいにステイシーが笑い飛ばしてくれないか、と。

 黙りこくったまま眉間に皺を寄せているクラヴィルのことをふむ、とみたステイシーはコーヒーのお代わりを用意すると、


「隙あり!」


 そう言うと同時にクラヴィルの手付かずだったバニラアイスにコーヒーをぶっかけた。


「……はっ!? 何をして」


 思いがけないステイシーの行動に驚き、濃紺の瞳を瞬かせるクラヴィル。


「いえ、何やらお悩みのようですので。甘いモノ、良いそうですよ。疲れた時は特に」


 このアイスとっても美味しいですし、とステイシーは悪びれることなくしれっとそう言った。


「だからといって、アイスにコーヒーをかける奴があるか!?」


「あら、コレとっても美味しいのですよ。お上品で表面しか見ようとしない旦那さまはご存知ないかもしれませんけど」


 お勧めですよーとにこやかに笑う。だが、その目は笑ってなどいなくて。後学のためにコルセットを締めてみるかと迫ってきた時の雰囲気に似ている。

 が、何が彼女を怒らせたのかクラヴィルにはまるで分からない。固まってしまったクラヴィルに盛大にため息をついたステイシーは、自身のコーヒーにバニラアイスの残りを落としそれを口にする。


「んーやっぱりエスプレッソにアイスは合いますねぇ」


 幸せそうにそう言ったステイシー。そんな彼女から目を離せずにいると、


「気になるなら、自分でやってみればいいのです。自分で確かめなければ分からない事もあるでしょう」


 ステイシーからスプーンを差し出された。

 ステイシーとスプーンの間で視線を彷徨わせたクラヴィルは躊躇いながらそれを受け取り、コーヒーのかけられたアイスに口をつける。


「……美味いな」


「でしょ?」


 ふふーんと得意げにそういったステイシーは、


「大体、旦那さまは自意識過剰が過ぎるのです。ヒーローあるある設定というか、様式美的仕様というか。まぁ確かに旦那さまに降りかかる女難は呪いレベルですけど。誰も彼もがあなたの事をお慕いしてくださるわけではないのですよ? 王女殿下に失礼です」


 やれやれ、と大袈裟に首を振りダメ出しをする。


「何の為にその両の目があるのです。大事なモノはあなた自身で見極めてください」


 そう言って静かに言葉を締め括り、バニラアイスを浮かべたコーヒーを飲み干した。

 ステイシーの言葉を噛み締めるようにクラヴィルは自身の行いを振り返る。

 兄様、とまるで本当の兄のように慕ってくれていたティアリス。

 だが、年を重ねるにつれ不躾な視線に晒され辟易し、自身の身を守る事に必死にならざるを得ない事件が度重なっていたあの頃のクラヴィルに、駆け寄ってくるティアリスを気にかけてやる余裕はなかった。

 婚約者という言葉の響きに恐怖し、全てから逃げるように激戦地への任を志願し、王都やティアリスから距離をおいたクラヴィル。

 彼女とはそれっきりだったが、突如手を振り払われたティアリスはどう思っただろう。

 そして、今強制的にこんな自分の側にいなければならないステイシーは?


「すまなかった」


 真っ直ぐこちらを覗く栗色の瞳を見ていたら、自然と口からこぼれ落ちていた。


「ステイシーはいつも能天気で悩みとは無縁そうだ、とか。有能さを差し引いても難あり過ぎて普通に訳あり物件だ、とか。正直思ったりもしたけれど」


「旦那さま、本当に悪いと思ってます?」


 ほぼほぼ悪口だけど、と思わずつっ込んだステイシーに、


「本当に、悪いと思っている。俺の都合で白い結婚(こんな生活)を強いていることも。君に対する物言いも。……俺は自分で自分が情けなくなる」


 すまない、とクラヴィルは先程ステイシーに投げかけた言葉を撤回し、静かに頭を下げた。


「ふふっ、本当素直なところは旦那さまの美点ですね」


 そんなクラヴィルを見て穏やかに笑ったステイシーは謝罪を受け入れますと優しい声でそう答え、


「旦那さまは一つ勘違いをなさっています。この結婚は私が自分自身で決めたのです。あなたに強いられたのではなく」


 栗色の瞳は傷ついてなどおらず、自分の意志で此処にいるのだと主張する。


「心配していただかなくても大丈夫ですわ、旦那さま。私、結構この生活を楽しんでますから」


 親指をぐっと立て、大丈夫と言い切るステイシー。そこに嘘はなさそうだけど。


「まぁ、能天気な私にも悩み事くらいはありますけどね」


 いつもとは違う何処か遠くを見るような栗色の瞳と静かに溢れ落ちたその言葉に興味が湧いた。


「例えば? どんな事ならステイシーを悩ませられるんだ?」


 クラヴィルはいつも楽しそうなステイシーしか知らない。だが、その内に一体何を秘めているのか。

 表面ではない君を知りたい、と濃紺の瞳を向けられたステイシーは、


「んー、そうですねぇ」


 深刻そうな表情を浮かべ、


「たとえば公爵家のごはんが美味しすぎて食べ過ぎるなぁーとか、旦那さまがグダグダ過ぎるので倍速再生にして、恋愛パートにスキップできないかなぁーとか」


 乙女の時間は貴重なので巻きでお願いします、とキリッとした表情で訴えた。

 そこに先程までの深刻さはなく、揶揄われたのだと理解したしたクラヴィルは、


「撤回を撤回したくなってきた」


 何に悩んでいたんだと、全部が馬鹿らしくなったクラヴィルはやけ食いのようにバニラアイスコーヒーがけをお代わりする。

 ステイシーが行くと決めたのなら、おそらく問題は起きないだろう。

ステイシーに任せようと決めた瞬間、クラヴィルの中にはもう鬱々とした気持ちはなくなっていた。

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