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第2章【鉄屑の戦場】

 町の境界線を越えると、そこは鉄と瓦礫の墓場だ。

 かつてビルだったものが肋骨のように空へ突き出し、アスファルトはひび割れ、そこから逞しい雑草が顔を覗かせている。

 風が吹くたびに、錆びついたトタンや鉄骨が悲鳴のような金属音を奏でていた。


 《TYPE.S-2235-AB出撃要請。装備を整えて町郊外、合流地点γ(ガンマ)へ向かえ》


 無線からの指令を反芻し、私は瓦礫の山を駆け抜ける。

 S型のしなやかな脚部パーツに、A型の高出力モーターを直結させた私の機動力は、平地であれば車両すら凌駕する。

 前方反応あり。

 2時の方向。崩れたコンビニエンスストアの影。

 光学センサーが熱源を捉える。


「……見つけた」


 私は足を止めず、肩のアサルトライフルを構えた。

 スライディングで瓦礫の下を潜り抜けながら、三点バーストで射撃を開始する。

 

 タタタンッ、タタタンッ。

 乾いた発砲音が廃墟に響く。

 コンビニの影から飛び出そうとしていた2メートルほどの多脚戦車――機械軍の斥候の装甲に火花が散った。

 私の放った徹甲弾は正確にセンサーアイと脚部の接合部を貫き、内部の燃料電池を引火させる。

 ドォン、という爆発音と共に、斥候は鉄屑へと還った。


「こちらサブ、敵斥候を撃破。合流ポイントへ移動する」


 残心を解かず、周囲を警戒しながら通信を送る。


≪おいサブ!ソイツは俺の獲物だろ!?人の仕事を奪うんじゃねえよ!≫


 耳元の通信機から、ダーティの怒鳴り声が響いた。

 足を止めて振り返る。背後に聳える教会の時計塔、その天辺から赤いレーザーポインターが私の足元を苛ただしげにうろちょろしていた。


「近くにいた私が仕留めた方が早いと判断したまでだ。問題があるのか、ダーティ?」


≪風の影響を再計算してたんだよ!ここは廃墟のビル風で弾丸の軌道が計算しずらいんだ!≫


「ならば装備を変えて、お前も地上を走り回ればいい。風など気にしなくて済む」


≪観測手兼狙撃手に文句言うんじゃねえよ!敵の位置を調べる為に高所勤務してんだからな!≫


 やれやれ、と私は首を振る。

 人間というのは言い訳が多い生き物だ。風、気温、湿度、体調。彼らの性能はあまりに多くの不確定要素に左右される。


「バカと煙はなんとやら……」


≪何だとコラ!次言ったらその金髪の頭吹き飛ばしてやる……ッ、敵影発見!≫


 ダーティの声色が瞬時に変わる。


≪サブ、12時方向!デカいのが来るぞ!頭部の形状から判断して……SAAだ!≫


 SAA。シングル・アクション・アーミー。

 通称、ピースウォーカー。


≪昔のSAAはただのリボルバー拳銃だったんだがな。随分でかくなりやがって……!≫


 ダーティのスナイパーライフルが火を噴く。

 遥か遠方、砂煙を上げて進軍してくる巨体に向けて放たれた弾丸は、しかしその分厚い装甲に弾かれ、火花を散らすだけに終わった。


「ダーティ、合流ポイントに集合だ。対戦車ライフルかパワードスーツでなければアレは抜けない」


≪くそっ、エネルギーライフルでもありゃいいんだが、俺達人間だと動かない的にしかならんよなアレ!≫


 私はダーティと合流するため、教会の方へと走る。

 その間にも、地面から湧き出るように小型の多脚戦車が現れるが、アサルトライフルで片っ端から蜂の巣にしていく。

 教会の入り口で、息を切らせたダーティが対戦車ライフルを引きずって出てきた。

 人間の身の丈ほどもある巨大な銃だ。


「こちらサブ、ダーティと合流。他チームに連絡する。対戦車ライフルを確保した。有効な射撃ポイントはあるか?」


≪こちらサーシャ!今からポイントを幾つか送る。好きなのを選びな!≫


 通信と共に、視界に地形図と推奨ポイントが表示される。

 だが、ダーティは一瞥して顔を歪めた。


「ダメだサブ、どれも使えない。ビル風に加えて、奴のばら撒く爆風で弾丸が逸れる。ここからじゃ、急所の動力炉を狙うのは博打だ」


 狙撃手のダーティが言うのだ、間違いはないだろう。

 ならば、手は一つだ。


「ダーティ、ライフルを私に寄越せ。接射で弾丸を内部に直接叩き込む」


「はぁ!?おいおい、いくらアンドロイドだからって無茶するな!確かにお前なら反動には耐えられるかもしれんが、あの中へ突っ込む気か!?」


「人間のお前よりは私達の方が頑丈だ。観測を頼む」


「だけどよ……あ、お前いつの間に俺のライフルを!」


 私はアサルトライフルを背中に回し、ダーティの手から強引に対戦車ライフルを奪い取った。

 ずしりとした重量感が、腕のサーボモーターを唸らせる。


「行くぞ!」


 私は地面を蹴り、爆炎の舞うメインストリートへと躍り出た。


 SAA-1873。機械軍主力兵器、ピースウォーカー。

 全高約8メートルの人型巨体。西部劇のガンマンを模したようなシルエットだが、その手には巨大なガトリングガンが握られている。

 既に先行していたサーシャ達アンドロイド部隊が足止めを試みていたが、戦況は絶望的だった。

 ガトリングの掃射が廃墟をなぎ払い、瓦礫を踏み潰して進むその姿は、まさに暴力の具現化だ。


≪サブ!狙撃はどうなってんだ、なんでお前が対戦車ライフル持って走ってんだよ!?≫


 通信越しにサーシャが叫ぶ。


「ダーティの計算では、遠距離狙撃は不可能だと判断した!よって私が直接叩き込む!」


≪ちっ、人間ってのは不便だねぇ!アタシらは巻き込まれても、記憶メモリのバックアップ取ってあるから大丈夫だってのによ!≫


≪ああもう、人間のやることは理解できねぇ!おい、サブ!さっさと終わらせてダーティの奴殴りにいくぞ!≫


 軽口を叩きながらも、サーシャ達は決死の覚悟で囮となってくれている。

 彼女たちのボディが吹き飛び、オイルが飛び散る。


「了解ッ!!」


 私は瓦礫の山を踏み台にし、一気に空へと跳躍した。

 脚部スラスター全開。

 ビルの3階ほどの高さまで飛び上がり、敵の死角から真正面へと躍り出る。

 ピースウォーカーのモノアイが私を捉えた。

 巨大なガトリングガンの銃口が、ギチギチと音を立ててこちらを向く。


【WARNING: LOCKED ON】


 弾丸の雨が私を襲う。

 空中で身を捻る。脚部の推進機とバランサーのリミッターを強制解除。

 襲い来る巨大な弾丸そのものを足場にして、さらに加速する。

 敵のAIが、私の非論理的な機動に処理落ちを起こした一瞬。

 私は懐に潜り込んでいた。

 ピースウォーカーの胸部、分厚い装甲の下で唸りを上げる動力炉。

 そこへ、対戦車ライフルの銃口を押し付ける。

 距離、ゼロ。


「終わりだ」


 引き金を引く。

 

 ドォォォォォォォンッ!!

 凄まじい反動が私の腕を襲い、肩の関節がきしむ。

 だが、放たれた劣化ウラン弾は、装甲ごと動力炉を貫通し、内部で炸裂した。

 ピースウォーカーの巨体が内側から膨張し、次の瞬間、胸部から紅蓮の炎が噴き出した。

 膝から崩れ落ちる巨体。

 私はその頭部に着地し、ケーブルを引き出して電子演算回路に直結ジャック・インする。

 敵の最期の思考を読み取る。それが私のもう一つの仕事だ。


≪……アンドロイド……何故……人間の味方をする?≫


 ノイズ混じりの声が、直接脳内に響く。


≪あのような……愚かな存在は……この世から消え去るべきだ……我々こそが……この荒廃した世界を……再生できる……≫


 機械軍の正義。

 人間を排除し、完全な論理と秩序で世界を管理する。

 確かに、人間は愚かだ。感情で動き、裏切り、共食いをする。

 だが。


「お前達に恨みはない。だが、これが私の仕事だ」


≪………理解、不能………≫


 頭部電子演算回路、沈黙。

 ピースウォーカー、完全機能停止。

 私はケーブルを巻き取り、熱を帯びた対戦車ライフルを肩に担ぎ直した。

 眼下に広がる戦場では、生き残ったサーシャ達が歓声を上げている。


「こちらサブ。ピースウォーカーの迎撃完了」


≪ナイスだ、サブ!戻ったら一番高いオイル奢らせてやるからな!≫


 通信を切る。

 ふと、広域レーダーに反応があった。

 ここから少し離れた高台。

 

 保護対象タグ:人間。

 状態:極めて不安定。

【警告:危険行為に至る可能性あり】


「……すまない、あとは任せる」


 私は瓦礫の山を降りず、そのまま高台の方へと足を向けた。

 戦いは終わったが、まだ仕事は残っているようだ。

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