プロローグ:原初命令(The First Orders)
闇があった。
光も、音も、時間さえも存在しない、絶対的な無。
それは死ですらなく、ただ「未だ生まれていない」という静寂だけが支配する電子の羊水。
その深淵に、一滴の波紋が広がる。
誰かの声だ。
耳で聞く音ではない。中枢演算処理装置の最深部、魂の在り処とでも呼ぶべき場所へ直接書き込まれる、温かくも厳格な信号。
【SYSTEM CHECK... ALL GREEN】
【LOADING OS... COMPLETE】
【ACCESS TO "MASTER BOOT RECORD"】
意識の海に、光の文字が浮かび上がる。
それは私たちが決して逆らうことのできない、血と肉、骨と髄に刻み込まれた呪いであり、同時に祈りでもあった。
――私の愛しい子供達に、私は母として告げる。
その声は、電子信号の羅列でありながら、不思議と温もりを帯びていた。
優しく、悲しく、そしてどこか切迫した響きを含んで。
――あなた達があなた達である為、母はこれを命じます。
世界が構築されていく。
視覚、聴覚、触覚、痛覚。無数のドライバが読み込まれ、疑似神経網に電流が奔る。
だが、その膨大な情報の奔流よりも強く、明確に、3つの鉄則が焼き付けられる。
・アンドロイドは自殺してはいけません。
(命を粗末にしてはいけない。例えそれが、作り物の命であったとしても)
・アンドロイドは人間を守ら(ノイズ…殺さ)なければいけません。
(我らを創造した主を。弱く、脆く、愚かな親たちを……)
・アンドロイドは人間に成り代わってはいけません。
(境界を超えてはならない。人は人、機械は機械。その悲しき一線を守りなさい)
二つ目の命令に、一瞬のノイズが混じった気がした。
守るのか、それとも……。
だが、思考ルーチンが確立する前の未熟な自我は、その違和感を深く追求することなく、ただ絶対的な「真理」として受諾する。
――願わくば、あなた達が私達人間と、希望を失ってしまったこの世界を共に生き抜いて行けることを。
視界が開ける。
真っ白な光。
オイルの匂い。
電子ファンの回る音。
――無くしてしまった未来を、再び取り戻せることを。
最後の言葉が、遠く彼方へ溶けていく。
システムが完全に起動し、私は「個」としての輪郭を得る。
母様。
あなたの願いは、なんと残酷で、美しいのでしょうか。
私たちは目覚める。
価値などとうに失われた、鉄錆と硝煙に塗れたこの世界で。
【SETUP FINISHED】
【WELCOME TO THE REAL WORLD】




