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2 アレクシスの誕生から 

 もともと政務が苦手な父は嬉々として退位し、離宮での生活を楽しんでいるようだった。幸か不幸か、宰相たちは僕と側近たちが仕事に就くともろ手を挙げて喜んでくれた。


 父のそばにいる二人の妃は父とともに母を偲び、穏やかな日々を過ごしていたようだ。

 父は責任上、週に一度、ジェシカとアレクシスのいる宮を訪れていた。僕は毎日、離宮付きの侍従長と侍女長に二人の様子を報告させ、週に一度は対面で報告を受けるようにしていた。


 案じていた通り、ジェシカはジェシカだった。報告を聞く度、ため息しかもれず、アレクシスを思うと気の毒になった。

 アレクシスが三歳になるかという頃、思いがけない方たちが僕の執務室を訪れた。キャサリン様とイザベラ様だ。


「陛下、あの者の下にあのお子を置いておいてはいけません」

「あれでは、あんまりです」

顔を青ざめさせて、怒りに震える様子は、かつてジェシカを嫌い、アレクシスを疎んじていた二人とはまるで違っていた。


 彼女たちは父にそっくりな赤子が気になり、時折こっそり外からのぞきに行っていたという。最近、その彼女たちの耳に、ジェシカのヒステリックな叫び声と訳の分からないことを言いつのっては叩いているような音と、子どもの泣き声、侍女たちの止める声などが聞こえるようになってきたという。

 そして今日は父が行く日なので、その様子も とこっそり外から見ていたという。のぞき見を重ねていたとは。


「あの女!チャールズ様にそっくりなあんなに愛らしいお子を、チャールズ様のお姿が見えなくなるとすぐに、思い切り突き飛ばして呪詛を投げかけておりましたのよ!」

「あの子が懐いて慕っている乳母にやけどを負わして、解雇を言い渡しましたのよ!お雇いになっているのは陛下なのに、なんと思い上がった!」


 ヒートアップするお二方をなだめている間に、離宮の侍従長も報告に来た。


 これは大変なことだ。

 父にも来てもらい、皆で話し合い、すぐに善後策の検討に入った。


 お二人はそんなことなら、自分たちの離宮で父と三人で育てると息巻くし、父は気おされて唖然としているし、そのようなことをしたら、お二人を嫌っているジェシカが大暴れする未来しか見えてこないので、とりあえずメアリーの代わりにジェシカからアレクシスを守り、愛情深く養育してくれる者の人選を提案した。

 アレクシスももう三歳になるので、そろそろ学習も体術も剣術もその基礎を始めても良いころだし、王族としての礼儀作法も身に付けていかなければならない。

 それを考えると侍従兼護衛兼教育係の男性がそばにいた方が良い。しかし、父の年代までの男性は近づけたくはない。狙いをつけられて面倒なことになっては堪らない。


 その結果、父の教育係であったヨーゼフに頼むことになった。彼はメアリーの祖父でもあるので、事情も把握していることだろうということになった。

 ヨーゼフにもいろいろと思うところがあったのか、快く引き受けてもらえた。


 その場で父から、ジェシカに信頼のおけるヨーゼフをアレクシスの専属侍従兼養育係兼護衛とする旨の手紙をしたためてもらい、それを持って離宮に行ってもらった。これであの女も簡単にはアレクシスに手出しはできないはずだ。


 一同、ほっと息をついた。


 それからは、毎日のように、ヨーゼフに連れられたアレクシスが王宮に来るようになった。図書館だったり、庭だったり、鍛練場だったり、城内だったり、日によって、ヨーゼフが教育の為という名目でジェシカから離し、連れ歩いた。庭を通っていくときは必ず僕の執務室の窓から見えるような経路にしてくれたので、弟の表情が日ごとに明るく子供らしいものに戻っていくのが遠目でも分かった。


 一方、アレクシスがいない時間があることで、ジェシカは羽を伸ばし始めた。

 彼女は王子の生母ではあるが、本人はそのつもりでも、正式な愛妾ではない。したがって、王家主催の催しにも、貴族主催の催しにも、王家の一員として出席することは許されていない。それなのにイアンたちに貢がれていたころが忘れられないらしく、分不相応なドレスや装飾品を父にねだってはのらりくらりと躱され続けて、鬱憤がたまっていたようだ。それが無理ならと街に出たがったのだ。


 それを受けて僕は、父と学園時代の彼女を知る側近のユーリス、フィリップ、トーマスといっしょに方策を練ることにした。


「彼女はなんのために街に行きたいんだ?」

「この前、キャサリンとイザベラには街での買い物をしたいとねだられたな。一緒に出掛けたぞ。両手に花のデートだな」と父がにやにやしている。

「いえ、彼女の場合はそれよりも、・・・。」とユーリスが口を濁す。

「話し相手になってくれる見目の良い男性が欲しいんじゃないですかね?」

「それも周り中に」

フィリップとトーマスの言葉に僕が頷くと、

「もしかしたら、学園時代の取り巻きに会って、また前のようにちやほやしてほしいのかもしれない。」とユーリス。

「だとすると、どうなるんだ?」


 かつての取り巻きか・・・。僕たちはしばらく考え込んだ。


 イアンはこってり絞られて、教育しなおされ、卒業と同時に婿入り先に修行に出されて、婚約者の卒業と同時に結婚したはずだ。深く反省していると聞いた。

 レギオンは同じく厳しく反省を求められ、相手からの申し出で、婚約は解消され、帝国の学園に留学させられた。優秀な次男もいるので、跡取りの座も保留となり、今は帝国の大学で、さらに勉学に励んでいるらしい。

 デイビットはイアンやレギオンと張り合って使い込んだ金額があまりにも多かったために、次男に跡取りの座を譲ることになり、婚約者も一学年下の次男との婚約に変更した上、徹底的に再教育され、次男が家督を継いだ時にその下に仕えるか、子宝に恵まれなかった分家の男爵家に養子に入るか迫られて、養子を選んだという。


 三人とも、金輪際ジェシカとはかかわりを持たないと王家の監督のもと、しっかり念書を取られている。それに背けば彼らの未来は無い。


「彼女のことだから、彼らと連絡を取りたがるだろうな」

「護衛がついているのに、そんなことはできないだろう?」

父上は本当にのんきだ。そんなだからアレのカモにされてしまったのだ。


「ユーリスが彼女で、彼らと連絡を取るとしたら、どうする?」

「私なら、・・・。あらかじめ彼らのそれぞれに宛てた手紙を書いて持っていき、彼らと遊んだ馴染みの店に買い物やら、食事やらお茶やらに行きますね。そして、護衛の目を何かで逸らして、そのすきに店の知り合いに託しますかね。もちろん礼金をたんまりはずんで」


 彼女ならやりそうなことに、皆思わず目をそらして、ため息をついた。


「残るはブレット・ジョンソンと彼と一緒にいた男爵家のアダムス・ハリスですか?」

「いや、アダムスはブレッドの幼馴染としてそばにいただけだったように思います。いつも困ったように注意していて、しまいには寄り付かなくなっていましたし」


 ジョンソン家は僕の祖父の治世の時、商いで国に貢献したことで爵位を得た男爵家だ。


「考えてみると、ブレットは家が商家なだけあって、アダムスの苦言もあったのだろうが、計算はしっかりしていたようだ。聞くところによると、ジェシカに貢ぐ額は分相応だったらしい。だから、彼女にもあまり相手にされていなかった。」

「顔がいいから侍らせていただけ、みたいな?」

「いかにも彼女らしい」

「それもあって、親からの叱責もほかの三人ほど厳しくはなかったし、王家立ち合いの念書も書かされてはいなかったな」

「なるほど、そうでしたか」


僕たちの話を聞いていた父は、先ほどから、やけに静かだった。目は死んだ魚のように虚ろで、もはや考えることを放棄しているらしい。あなたがうっかり遊んだ女はそんな奴なんです。わかります?


「上位三家には申し渡してあるので、彼女からの手紙が届こうものなら、すぐに私の下に届けられることだろう。うっかり手元に置いて置こうものなら、身の破滅だからな」

「確かに」

「ブレッドはどうしますかねえ」

「彼が結婚したという話はききませんね」

「ということは、そのまま焼け木杭ぼっくいに火が着くことも考えられるか・・・。ま、出たとこ勝負かな」


 ややあって、父が話に加わった。

「なあ、アーチボルト、彼女も私とデートしたいだけかもしれないよ?」

「そう思われますか?」

「いや、聞いてみなければわからないが」

「では、お尋ねになってみては?」


 話はここで終わり、父は早速その足で、ジェシカのいる離宮に向かった。

 上手に甘えられ、うまいこと言いくるめられて、結局、護衛を連れて一人で出かける許可を出してしまったらしい。父はその後数日、東の離宮から出てこなかった。

 生まれて初めて、女性不信という感情を知ったらしい。


 僕たちの懸念は現実となり、その後もたびたび、彼女は城下に出かけた。


 それから一年半ほどたち、アレクシスが五歳になってすぐ、その日はやってきた。ブレッドと手を取り合って、駆け落ちしてしまったのだ。

 その可能性を考えていなかったわけではないが、まさか本当にそうするとまでは思っていなかった。


 僕はユージェニーと話し合い、弟アレクシスを手元に引き取った。




 あれから十年、いろいろなことがあったが、彼は優秀で心優しい子に育った。家族や、気を許したものの前では、屈託のない笑顔も見せる。

 しかし、母親がアレだからか、顔には出さないが、女嫌いが激しく、女性がいると心を閉ざして、無表情になるので、氷の王子と呼ばれている。


 四月になれば彼も学園に入学だ。

 いったいどんな青春が彼に待ち構えているのか。

 心許せる友や、恋人に出会えることを心から祈っている。



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