98 ~ともだち(前編)〜
前後編ものです
騎乗型ゴーレムの説明を一気にやろうとしたら、7,000字を越えそうになったので分割させて頂きました
まぁ…… むせますよね
ユリウスとメナスが和解し、寄り添いながらようやく眠りに就いたその後も── その隣室では新たにラウラとキアラという新メンバーを加えた女子会は継続していた。
改めておのおのの自己紹介や冒険者になった経緯、ユリウスとの馴れ初めなどを語り合ったあと若い娘たちらしい恋バナめいた話もひと通り一段落した頃、一同の意識には今後待ち構えているであろう重い話題がその鎌首を持ち上げていた。 和気あいあいとした雰囲気に影を落としたそんな空気を打ち破ったのは、意外にもラウラだった。
「あのぉ…… さっきも言ったけど、あの騎乗型のゴーレム、構造にとても興味があるのだけど、良かったら詳しく話を聞かせてくれない?」
金色の虹彩の混じったキラキラした黒瞳で目つめられ、キアラは柄にもなくドギマギしてしまう。 思わず周りを見回すとルシオラとフィオナはそれほど興味があるようには見えないし、だいぶ夜も更けて来ている。
「うん、いいけど…… 出来たら明日にでも現物を見せながら説明した方がいいんじゃないかな? 実は駆動系とか制御系はユリウスの考えたシステムがベースになっているから、彼も一緒に説明してもらった方がいいと思うし……」
(ルシオラさんとフィオナちゃんは、そんなに興味もなさそうだしね……)
「そうですね! ユリウスさまと一緒の方が…… そう言われてみたら私も、何だか眠たくなってきましたわ」
そこで、フィオナが大きく口を開けて欠伸をした。 異性が同席していたら見せられないような無防備な欠伸だった。
「ふあぁ〜あ…… そう言えばわたしも眠くなってきたかな? 名残惜しいけど今日はもうこれくらいでお開きにしよっか」
「そうですね、私もそろそろ」と、これはルシオラだ。
新人ふたりの研修は明後日── いやもう日を跨いで明日になるのか。 とりあえず今日1日は自由に過ごせるのだ、今から眠れば午後は好きに時間が使えるだろう。 既に酔いの回っているルシオラは横になって微睡んでいた。 フィオナもまたひとつ大きな欠伸をする。
それから程なく、4人は仲良く深い眠りの淵へと沈んでいった。
──────────
翌朝ユリウスが目を覚ますと、とっくに起床していたメナスが窓辺に腰掛け、読み挿しの読書を再開しているようだった。
「あ、お兄ちゃん、おはよー」
「あぁ、おはよう」
肘をついて身を起こしながら、ユリウスはそんなメナスの反応に違和感を感じていた。
(もうふたりきりでもマスターとは呼ばないつもりなのか…… それともオレをからかっているつもりなのか)
いずれにせよ責任があるのは自分の方だ。 彼女がどんなつもりでどう結論を出したにしても、彼はその意志を尊重する覚悟だった。 彼が次に何と口を開こうか逡巡している間にドアをノックする音が響く。
「シン…… シンさん、起きてますか?」
それはもし相手が寝ていたら起こさないよう配慮した、ラウラの控えめな掛け声だった。
「あぁ、起きてるよ。 今開ける」
少し助けられた気持ちでユリウスが扉を開くと、そこには例の民族衣装のようなローブ姿のラウラと作業衣のようなズボン姿のキアラが立っていた。 窓辺に座っているメナスに気付き、ラウラはドア越しに声をかける。
「メナスさんも…… おはようございます」
「あー おはよー ラウラ……さん」
どうやらメナスは、元皇女で今は平民、尚且つ冒険者として後輩のラウラをどう呼んでいいか、まだ決めかねているようだった。 そんなメナスの心情など気にもせず、ラウラが要件を切り出す。
「ユ…… シン、良かったら今から近くの貸し倉庫まで行きませんか? もちろん軽く朝食を摂ってからで構いませんけど」
「いいけど…… なんの用事ですか? ルシオラとフィオナのふたりはどうしてるんです」
互いに新しい関係に慣れていないため、まだ敬語とタメ語が混ざり合った、なんともぎこちない会話になってしまう。
「あのふたりはかなり酔ってしまっていて…… 一応声はかけたんですが昼過ぎまでは寝ていたいと仰っておりましたわ」
「そうですか」
ユリウスには、酔い潰れて泥のように眠っているふたりの姿が目に浮かぶようだった。
「実は私がキアラさんに、あの騎乗型のゴーレムについて色々聞きたいとお願いしましたら、それならユリ…… シンさんもご一緒の方がいいとキアラさんが仰って」
「あれさぁ、大きくて嵩張るから馬車一台分くらいのスペースがないと宿にも泊まれないんだよねぇ」
キアラが短い黒髪を片手でボリボリ掻きながら独り言のようにぼやく。
「でも共用の馬車置き場だと夜中に興味本位で勝手に弄るバカとかがいるから…… 今回は結局裏にあった貸し倉庫に押し込んであんだよ」
なるほど、あの【強化外骨格騎乗操縦型自動人形】とやらには確かにユリウスも興味がある。 【魔道具】のスペシャリストであるラウラも勿論そうだろう。
「なんでも、あれの駆動系や制御系のシステムは…… シンさんが原型をお造りになったとかで」
そうか、それでわざわざこうしてお呼びが掛かったと言うわけか。 ユリウスは得心した。
「いいですよ! なんでしたら朝食抜きでも。 なぁ、メナスお前はどうする?」
念のためメナスに声をかける事は忘れない。
「やっぱり留守番して読書の続きを──」
そう言いいつつユリウスが振り返ると、ちょうど彼女が本を閉じて窓枠から飛び降りたところだった。
「もちろんボクもいくよー お姉ちゃんの造ったゴーレム、すっごく興味あるしねー」
ユリウスは意外な反面、納得もしていた。 確かに自分の生みの親であるミュラー師の孫娘が造り上げたと言う新型のかつて例を見ないゴーレムだ。 興味があって当然だろう。 しかし昨夜のふたりの様子を思い出すと、彼女たちの間には深く静かな確執が横たわっているように思える。 それが本当に純粋な興味からなのか、それとも何か他意があるのか…… 正直ユリウスには判断できなかった。
扉の方を振り返ると期待に胸を膨らませるラウラの後ろで、キアラの表情が曇るのを見てしまった。
──────────
それからすぐに4人は【砂岩の蹄鉄亭】のすぐ裏路地にある貸し倉庫の一つを訪れた。 メインストリートである目抜き通りを一本外れるごとに治安が悪くなっていくワケだが、まだこの辺りは冒険者ギルドの威光も届き安全な区域と言えた。
四つ程並んだ古びた倉庫の扉の一つの前に立ち止まると、キアラは懐から紐で首に掛けていた合鍵を取り出した。
「この倉庫もねぇ、こんなんでも一晩あたりの借り賃が馬鹿にならないのよ」
言いながら鍵穴に鍵を刺し込み、かなりの力を込めて捻った。 大きな両開きの金属扉が軋みながら開いていく。 外見通り、中々に古びた倉庫のようだった。 元々馬車用の車庫ではなく、商人向けの貸し倉庫なのだろう。 換気口はあるようだが窓などはないため庫内は暗く、微かに埃とカビの匂いが漏れ出してくる。 そんな中キアラは躊躇いなく足を踏み入れ壁に掛けてある四つのランタンに火を灯していった。 往来の少ない通りとは言え、一応人目を気にして扉は閉めておく。
すると程なくランタンの灯りに照らされ倉庫の奥の中央に鎮座する、まさに鋼鉄の塊が姿を現した。 ゆうに全高2.5mはある板金鎧だが、今は足を投げ出した形で壁にもたれて座っていて、頭の高さがちょうどユリウスたちと同じくらいの目線にあった。 大型の両手剣と大楯は、その重量からか壁には立て掛けず、鎧の左右に置いてあるようだ。
「すごい…… ですね……」
ラウラがその黒い瞳を好奇心に輝かせている。 自分の作品をこんな目で見つめられて悪い気のする人間はいないだろう。 キアラも満更でもない表情を浮かべているようだ。
「もっと近くで見てもよろしいですか?」
「もちろん。 そのために来たんじゃん」
上機嫌なキアラは板金鎧に近づくと、胸部脇にある何かを操作して上半身のハッチを開いて見せた。 白い蒸気が立ち上り鎧の頭部ごと胸の部分が上部に開く。 それは鎧と言うよりは、コックピットと表現する方が相応わしい空間だった。 興味津々の元皇女殿下が覗き込む前に、キアラは板金鎧の腰の辺りにあるステップに足をかけると、ひょいっとその中に飛び込んだ。 中には座席があり足は曲げたまま座るようになっているらしい。 大鎧の大腿部から下は完全に機械仕掛けになっているようだ。 それは腕も同様で、ほとんどの動作は両脇のレバーと正面のパネルで操作するようだった。 キアラがパネルを操作すると低い起動音が響いて、パネルの表示板とコックピット内に小さな照明が灯った。
「えーと、まず何から説明しようか……? ラウラさんはどこに興味あんの」
「ラウラでいいですわ…… いいですよ」
「じゃあ私もキアラって呼んでよ」
ふたりは目を合わせると微かに微笑んだ。 おそらくは特殊な出自ゆえ孤独な半生を送ってきたであろうふたりの少女が、どうやら共通の趣味を持つ友人を見つけられたのではないだろうか。
それだけでもユリウスは、胸に温かいものが広がるのを感じていた。
次回後半に続きます
よろしくお願いします




