93 ~ふたりの【S】クラス冒険者〜
ちょっと遅くなってしまいました
やはり毎日更新も予定通りには中々難しいです
予約投稿は知っていますが、推敲というか最後の見直しはやはりしたいので……
ユリウスたちが冒険者ギルドに呼び出しを受けたのはそれから二日後の事だった。 午前のうちに冒険者御用達の常宿『砂岩の蹄鉄亭』へギルド職員の使いの者がやってきて、午後に出頭するように言伝を受けた。 四人は宿の一階に併設されている料理屋で昼食を済ますと、念のため軽く装備を整えてギルド本部へと向かう。
防具屋のブライに依頼したメナスの籠手は、もちろん二日で仕上がる訳もない。 なんと言っても相手はあの【破壊不能】を意味する伝説の金属【アダマンタイト】なのだから。
冒険者ギルドに着くと四人はすぐに、いつもの三階の応接室に通された。 室内に入ると、既にチーフ・オフィサーのマルモア・エルフェンバインが待機していた。 もう一人女性のギルド職員がいたが、彼女は一礼だけするとユリウスたちと入れ替わりで退室していく。
窓際の事務机に座っていたマルモアが立ち上がりユリウスたちを出迎える。 少年のような瞳をした小太りの中年男性の表情には、いつものような朗らかさは無く少し沈んで見える。 予想はしていたが、やはり今回の話は重い内容なのかも知れないとユリウスは身構えた。
「みなさん、よくいらして下さいました」
マルモアが芝居がかった仕草で両手を広げてを見せる。
「それで、私たちの次の仕事が決まったんでしょうか?」
矢も盾もたまらずユリウスが問いかけると、マルモアは少し困ったような表情を浮かべた。 無言のまま片手を差し出し、一同をソファーへ座るよう促した。 扉側の三人掛けのソファーにはユリウスを中央にフィオナとルシオラ、窓側の二人掛けのソファーにメナスがお尻を下ろす。 最後にマルモアが、ゆっくりとユリウスたちの対面のソファーに腰を下ろした。
「そうですね、みなさんにお頼みしたい仕事があるのは間違い無いのですが……」
マルモアが少し困ったような表情のま重い口を開く。
「やはり……」
「いえ、それが…… 例の件とは別件なのです」
ここで身構えていたユリウスたち一同は虚を突かれた。 例の件とは、すなわち【彷徨える魔獣】とスズメバチ型ゴーレムの問題の事だ。
「それは…… どういう……?」
「実は今朝早く【S】クラス判定の冒険志願者がこのギルドにやってきまして…… それも、ふたりも」
「【S】クラス判定の冒険志願者が……っ⁈」
「それもふたりもっ⁈ いっぺんにっ⁈」
ルシオラとフィオナが揃って驚きの声を上げる。 それもそのはず、話によれば【S】クラス判定の冒険志願者は年に一人もやってこない。
現に、ギルドに所属している現役冒険者で【S】クラスに分類されている者は、わずか10名前後しか存在しないのだ。
「先日、ルシオラが新たに【S】クラス冒険者に昇格したばかりなのに…… こちらとしても驚くばかりで……」
マルモアは懐から白いハンカチを取り出すと、額の汗を拭った。 冷静にその様子を観察していたユリウスは訝しんだ。 本来それは歓迎すべき出来事の筈なのに、彼は何をそんなに憂いているのだろうか。
「実はその内の一人がですね…… 実技試験の試験官に貴方たちパーティーを指名してきたんですよ」
「……⁈ 冒険志願者が試験官を逆指名っ⁈ そんなコト出来るんですか……っ」
ユリウスは純粋に驚きの声を上げた。
「いえ、過去にそういう希望を言う志願者がいないではなかったですが…… そもそも、そんな制度は認めておりません」
それはそうだろう。 田舎から出てきた星の数ほどもいる冒険志願者の若者たち…… そんな彼らが、音に聞く憧れの冒険者を試験官に指名したからと言って、そんな希望をいちいち聞いていたらキリがない。
「へぇ〜 わたしたちも、もうそんなに有名になったのかなぁ〜?」
フィオナは鼻の穴を膨らませて満更でもない様子だ。 たぶん有名なのはメナスだけじゃないかとユリウスは思ったが、それは黙っておく。
「しかし…… それなら何で今回は……?」
額の汗を拭いながらマルモアが答える。
「実は…… その志願者の方は、貴方たちの身内だと名乗っておりまして…… それで本当なのかどうかを確認して頂きたいと……」
「身内ですって……⁈」
『身内』という言葉に強く反応したのは、意外にもいつも冷静なルシオラだった。 それでユリウスは何となく察するものがあった。
「その志願者は誰の身内だと言っているんですか?」
当然の疑問をユリウスが口にすると、ちょうどその時応接室のドアをノックする音が響いた。
「実は先程、職員に当人を呼びに行かせたのですが…… ちょうど来たようですね」
マルモアが声をかけると、職員の女性が応えて扉が開いた。 と同時に小柄な人影がドアの隙間から飛び込んできて、ちょうど振り返って立ち上がりかけていたユリウスの胸に飛び込んだ。
「ユ…… シン! 会いたかったーっ‼︎」
華奢な身体を覆うゆったりとしたローブの裾から赤銅色の細い腕が覗いている。
それは、ラウラ・フロイデ・アルゲンテウス── つい先日まで【赤銅色の奴隷姫】と呼ばれていた、アウレウス帝国の第17皇女だった少女だった。
「い、いつ王都に……? もう勉強は終わったのかい?」
つい敬語になってしまいそうなのを、ユリウスは必死に堪えた。 勉強というのは、帝国の貴族としてではなく、王国の一市民として一般常識を身に付けるための勉強の事だ。
「もっちろん! シンたちを驚かそうと思って…… サプライズってやつだよ!」
すっかり口調の変わってしまった元皇女殿下に戸惑いながら見守っている一同に気付き、ラウラはゆっくりと顔を巡らせた。
「メナスに、ルシオラに…… フィオナだったっけ? みんなも元気だった?」
「え、えぇ…… お陰様で」
「えぇ〜と、ラ…… あなたも元気だった?」
フィオナも名前を呼ぼうとして、何とか思い止まってくれた。
嬉しそうにユリウスの胸にしがみつく少女の様子を── フィオナとルシオラはもちろん、メナスとマルモアと事務職員の女性さえも、呆気に取られ目を白黒させて見守っていた。
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「はい、確かに彼女は私たちの知り合いです」
ユリウスはバツが悪そうにマルモアに告げた。
「そうでしたか…… 冒険志願者が有名な冒険者の親戚を騙るのも、まぁ稀にあるコトですので……」
気まずそうに目を合わせるふたりの横で、ラウラが得意そうに笑みを浮かべている。 しかしマルモアは彼女と面識がある筈だし、しかも皇女としてのラウラは先日死んだ事になっている。 本当に彼は気付いていないのだろうか?
あらためて観察してみれば、生成りのローブにフードを目深に被り、顔にはルベール族の女性がする独特な紋様の化粧をしている。 よく見ると背中まであった黒髪も、肩の辺りまで切り揃えているようだ。 これならば民族の違うマルモアが「皇女殿下に似ているな」位に思っていても不思議はないのかも知れない。
いや、訝しんでいるからこそのあの暗い表情ではなかったのか。 疑念は尽きなかった。
フィオナとルシオラはまだ動揺を隠せないでいるし、メナスは相変わらずのポーカーフェイスを保ったままだった。
ラウラの適性検査の結果は以下の通りだった。
彼女には予め、ユリウスたちと同じくパラメーターを偽装できるチョーカーを渡してあったのだが、修正した項目はあくまでも本名の部分だけだった。
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ラウラ・イグレアム
14歳 【冒険志願者】 血液型AB
身長153cm 体重39.1kg
生命力 : 14
魔力 : 28
腕力 : 7
知力 : 24
体力 : 12
信仰心 : 19
頑強さ : 13
器用さ : 21
敏捷性 : 17
運気 : 12
総合判定 : 【S+】
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(ラウラ・イグレアム……⁈ よりによって、オレの偽名と同じ姓にしたのか…… しかもラウラって……⁈)
もっとも、ラウラはルベール族では珍しくない名前だと聞いているので、変に名前を変えてボロを出すより自然に振る舞えていいのかも知れないが。
「すごいね〜 SはSでも【S+】なんだ……」
彼女の能力値の高さに、フィオナが素直に感嘆のため息を漏らす。 それはそうだろう。 ラウラは国宝級の【魔法遺物】を独力で複製してしまったり…… 大陸では五人も使える者がいないと言う、あの【転移門】の呪文さえ使いこなす天才魔術士なのだから。
もっとも…… そう言うフィオナも、今再検査を受けたら確実に【S】クラス判定が出る筈だとユリウスは確信しているのだが。
「それで、よろしいのですか? 彼女の実技試験の試験官を、我々のパーティーでやると言うのは」
何だか間が保たない気がして、恐る恐るユリウスが尋ねた。
「そうですね…… 前例のない事なのですが、貴方たちなら身内贔屓などの心配もなさそうですし……」
マルモアの視線を受けて、ルシオラが力強く頷いて見せる。
「そうですか、それではやはり【試練の洞窟】に──」
ユリウスの問いかけは、しかしマルモアの次の言葉に遮られた。
「それがですな…… 実はまだもうひとつ問題があるんですよ」
「と言いますと?」
「もう一人…… 今日【S】クラス判定の冒険志願者が訪れたと言いましたよね?」
「あ〜っ そうだったねぇ〜 どんな人なんですか〜?」
およそ緊張感とは無縁なフィオナが無邪気に尋ねる。
「これがまた、前代未聞と言いましょうか…… 前例のない冒険志願者でして……」
「どう言うコトでしょう?」
一体それが、この件とどういう関係があるのか…… マルモアの勿体ぶった口調にほんの少しの苛立ちを覚えつつ辛抱強く尋ねた。
「実はいま…… その志願者は、ギルドマスターと別館の武闘家訓練場に待機しているのですが…… そこへ移動しながら説明しても?」
マルモアが申し訳なさそうに提案した。
「私たちもそこへ? 何のために?」
「出来ればそれも…… 移動しながら」
「ワケが分からない」といった表情のルシオラの問いに、マルモアの声は今にも消え入りそうだった。
別館の武闘家訓練場というのは、メナスがギルドマスターのエルツ・シュタールと練習試合をした因縁のあの施設だ。 一行は狐につままれたような気分でマルモアの後について応接室を後にした。 ラウラも当然のように同行し、ユリウスの隣をぴったりと寄り添うようについてくる。 それについてはフィオナもルシオラも、いまは何も言う気はないようだった。
階下へ降りる階段の途中で見知った顔とすれ違った。 それはユリウスの盗賊としての師範役、バーン・トラバントだった。
「よう、兄ちゃん! 今日はどうしたい?」
猫背でくたびれた風貌の中年男が、軽く片手を上げてユリウスに挨拶する。
「あぁ、師範。 こんにちは。 えぇと、今日は冒険志願者の実技試験の試験官を頼まれまして……」
例の件について彼がどこまで知らされているのか確認していないので、当たり障りのない返事をするしかなかった。
「師範は今日も研修ですか?」
「いや、オレは今日もトロイの奴に治療してもらいにな」
そう言いながら、バーンは包帯を巻いた左腕を掲げて見せた。 トロイと言うのはギルド所属の初老の司祭で、元【S】クラス冒険者の治療手だった人物だ。 彼にはユリウスとメナスも世話になっている。
もう大分いいのか、ギブスは外れて包帯だけで済んでいるようだ。
「そうでしたか。 それはお大事に」
バーンはマルモアやルシオラたちにも軽く会釈をすると、すれ違い際に一瞬ラウラと目が合う。
「あら、あなたは……」
思わず声に出したのはラウラの方だった。
「ん? お嬢ちゃん、どこかで会ったっけかな」
バーンが眠そうな目を擦り小首を傾げる。
「……いえ、多分勘違いです」
「そっか、それじゃまたな」
そう言って一度だけ振り返ると、猫背の中年男は階段を上り見えなくなった。
「どうした? 彼に何かあるのか」
すぐ横にいて疑問に思ったユリウスが小声で尋ねる。 その瞳に強い魔力を宿しているラウラは、相手の瞳を見れば虹彩の模様で一度会った人間を絶対に見誤るコトがないという……
「……ううん、何でもないよ」
「そうか」
ユリウスは今から待ち構える問題に意識を取られて、それ以上詮索はしなかった。
ラウラもそれ以上の詮索はしない。 何故なら今の自分は、単なる一般市民の冒険志願者なのだから……
かつて黒衣を纏った疾風の如き男に二度その命を救われた、帝国の皇女などではなく。
さて次回、二人目の【S】クラス判定の冒険志願者が登場します サブタイトルでネタバレしてそうな気配ですが……




