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絶望の賢者とタイタンの幼女  作者: 椿四十郎
『小麦畑と蒸気機関』
91/112

91 ~鍛冶師の矜恃〜

王都に戻ったふたりは防具屋を訪れて……


 ユリウスとメナスは、その日の夕方前には【死の谷の洞窟トートタール・ダンジョン】の地下深くで発見した【ドワーフの大洞窟(グレート・ダンジョン)】から【転移門(ゲート)】の呪文で王都ミッテ・ツェントルムへと帰還していた。


 人目につくと不味いので【転移門】を開く場所は毎回悩むのだが、今回は一旦常宿の【砂岩の蹄鉄亭】の自室に戻ってからわざわざ外出する形を取った。 と言うのも、実はその日の内にどうしても寄っておきたい場所が出来たからだった。


 念の為フィオナとルシオラの部屋も覗いてみたが、どうやらふたりはまだ帰っていないようだった。 今朝別れたばかりなのに、何だか無性に寂しさを覚えるのは何故だろう。 知り合ってほんの僅かな時間だと言うのに、このふたりの女性が何と大きな存在になってしまったのか…… ユリウスは溢れ出る幸福と共に、漠然とした不安のようなものを感じずにはいられなかった。


 ユリウスとメナスは探索から帰った服装と装備、それに荷物を担いだまま、王都の中心を南北に走る中央通りを歩いていた。 王城やギルド本部のある中心地より、やや南側を一本脇道にそれた通りにその店はあった。


 冒険者ギルド御用達の店、ドワーフのブライが経営する防具屋兼鍛治工房だ。

 ブライは初老の元冒険者で、身長はメナス程しかないのに身体は樽のように太い。 腕ですらメナスの腰より太く白い髭を胸元まで伸ばしていた。


 ヴェルトラウム大陸は基本的に人間の支配圏であって、エルフやドワーフなどのいわゆる亜人はほとんどその姿を見ない。 かつては隆盛を極めていた両種族も長い歳月をかけて流入してきた人間たちに次第に勢力圏を押しやられてしまった。 エルフは北方と南方の森林部に、ドワーフはザントシュタイン山脈の何処かに僅かに集落が残っているのみとされているが、その詳細は把握されていない。


 ギルドで聞いた話によると、彼は知られている限り王都でただ一人のドワーフだと言う。 しかし、彼自身の優れた鍛治の技術ゆえか…… もしくは気さくで人懐っこいその人柄ゆえか、差別を受ける事なく市民たちに受け容れられているらしかった。


 ふたりが店に入ろうとすると入れ違いに若い冒険者のパーティーが出て来る所だった。


「あっ メナスさん! ちぃーっす!」

「メナスちゃん! わぁ嬉しい!」

「いぇーい!」


 メナスの姿を見るや歓声をあげる若者たちと何故かすれ違う一人一人にハイタッチしていく。


「ギルドマスターとの試合、最高だったっす!」

「また今度お話し聞かせてくださいっ!」

「いぇーい!」


 若者たちの後ろ姿を見送りながらユリウスが尋ねた。


「何だ? 知り合いか?」

「いえ、全然知らないっすねー」


 さっきの若者に影響されたかのようなメナスの口調に、思わずユリウスは顔をしかめた。

 そうなのだ…… 冒険志願者の実技試験の合格直後、メナスはギルドマスターのエルツ・シュタールと成り行きで練習試合をする事になった。 その試合は多くの観客を集め(ついでに多額の掛け金が動いたと言う話まであるが)しかし結果はメナスの敗北で終わるのだが、その白熱の試合は多くの観客の胸に熱狂と感動を与えたのだった。


 暫定【SSS+】冒険者のメナスは、既に王都でちょっとした有名人になっていた。


「おう、お前たちか。 今日は何の用だ?」


 先程の客が余程お金を落としていったのか、ドワーフのブライは上機嫌でふたりを出迎えてくれた。 ユリウスは店内に他の客が居ないのを確認すると、声を落として用件を切り出した。


「実は── 今日は見てもらいたい【素材】があるのですが…… 少しお時間よろしいでしょうか?」

「何だ何だ、珍しい素材を拾って来たってか? まぁとにかく見せてみろよ。 話はそれからだ、ガハハハハ!」


 ユリウスがメナスに視線を向けると、彼女は背嚢の中に手を突っ込み無詠唱で【亜空間収納(アンテラウム)】の呪文を発動した。 彼女が袋から取り出してブライに差し出したのは、長さ40cmほどの青黒い金属の棒。 それは【死の谷の洞窟】の地割れ(クレヴァス)の底から掘り出して来た、あの【アダマンタイト・ゴーレム】を名乗る少年の、片脚と思われる金属片だった。


 ドワーフの柔和な表情がその金属片の青黒く鈍い光沢を見た瞬間、職人の顔に変わるのをユリウスは見逃さなかった。


「こ、これは…… これを…… どこで手に入れた?」

「はい、とあるダンジョンなのですが…… 申し訳ありませんが詳細はまだ言えません」


 彼は気分を害する様子もなくその金属の光沢に鋭い視線を注いでいる。


「ちょっと奥でちゃんと見せて貰うぞ?」

「もちろん、構いません」


 そう言うとドワーフは店のドアに『準備中』の札をかけ、片脚を引き摺りながら足早に店内の奥へと向かった。 歳を経て片目と片脚を悪くするのは鍛治師の宿命だった。 常に炎を見つめているため目をやられ、ふいご(・・・)を踏み続けるために脚をやられるのだ。 強靭な肉体と長命で知られるドワーフの彼でさえ、それは例外ではなかった。


 本格的な作業場は店の奥の更に別の部屋にあるのだが、店舗内の奥には店番をしながら簡単な作業が出来る机があり、彼はその燭台に蝋燭の明かりを灯した。 椅子に腰掛け片眼鏡のルーペを取り出すと、その金属片の表面や折れた断面を子細にわたり観察する。


 ユリウスが緊張して見守る中、視線を上げずにブライが口を開いた。


「これを…… どこで手に入れたって?」

「すみません、事情があってまだ言えないんです」


 初老のドワーフから返事はなかった。 おもむろに小さな金槌を取り出したかと思うと、金属片を軽く何度か叩いてみる。 どうやら音の響きを確かめているらしい。


「これは…… 【アダマンタイト】じゃな?」

「分かるんですか⁈」


 思わずユリウスは唸ってしまった。 誰かの意見を仰ぐなら彼しか居ないと思っていたが、まさか【アダマンタイト】を見た事があるのか……


「随分前に…… 7〜8年くらい前かの、これとよく似た金属片を持って来た者がおってな…… これを加工できる工具を用意して欲しいと言われて苦労した記憶がある」

「それは、一体……」


「その青黒い小さなカケラは、小癪なことに熱でも衝撃でもビクともせんでな…… 痛くプライドを傷付けられたモノよ」


 初老のドワーフは顔を上げると、どこか遠くを見るように目を細めた。


「その依頼主は、それが【アダマンタイト】じゃと言っておったわ」


 何故かユリウスの脳裏に、懐かしい師の面影が浮かんで消えた。


「これは確かに、あの時の金属と同じ物に見える。 残念じゃがワシに分かるのはそこまでじゃな」


 初老のドワーフは、寂しそうにゆっくりと首を振って見せた。


「それで、どこで手に入れたか言えないのはいいとして…… どうする気なんじゃ? これを」

「はい、実はこれの加工をお願いしたいと思っていたんですが…… お願い出来ますか?」


 ユリウスの言葉に、老ドワーフの瞳の奥で光が揺れた。


「これを…… 短刀(ダガー)にでも加工するのか……?」

「いえ、もし可能なら…… これに」


 そう言うとユリウスは、メナスの片手を取りそれを胸の高さまで持ち上げた。 それはブライ自身の手により打ち直された鋼鉄製の籠手だった。


「何じゃと⁈ この馬鹿げた硬さの金属を…… こんな複雑な形に成型しろと言うのかっ⁈」

「もちろん、拳の甲の部分だけをガードするような形でも構いませんが」


 最悪メリケンサックのような形でも構わないとユリウスは考えていた。


 ブライは両腕を胸に組んで、しばらくの間その机の上の金属片を睨んでいる。


「分かった。 やってみよう。 いつかのリベンジという訳か!」

「本当ですか!」

「完成を確約は出来んがな。 ところで予算の方はどれくらい用意出来るんじゃ……?」


 ユリウスは安堵の表情を浮かべると、再びメナスに目で合図を送った。


「これは前金で、成功報酬は別に用意させて頂きますが……」


 メナスは背嚢から取り出した物を次々と机に並べていく。 それは大人の手の平ほどの大きな黒い鱗だった。 次々と積まれていくそれは30枚近くはあるようだった。


「これは…… まさか……?」

「はい、【黒竜(ブラックドラゴン)】の鱗です」


 正確には、伝説の古竜エンシェント・ドラゴン【漆黒の暴竜ルイン】の鱗だった。


 

【ドワーフの大洞窟】で発見したルインの寝床…… そこでユリウスは、この鱗が大量に落ちているの見つけ拾って来たのだった。 


 【ドワーフの大洞窟】と言えば、そもそもこのブライこそがドワーフそのもの(・・・・)なのだ。 今回の件で彼がギルドから相談を受けていない筈はないだろう。 彼自身、かの洞窟についてどのように思っているのか…… 興味が無い筈はない。 ユリウスは、あの場所に彼を連れて行きたいという強い衝動に駆られていた。


「おいおい…… これだけあれば、盾でも鎧でもかなりのモノが造れるんじゃないのか?」

「今のところ必要なのはメナスの武器なんです…… 前金としては足りませんか?」


「いや、充分だ。 やらせて貰おう。 期限はいつまでじゃ?」


 流石に一、二週間では無理だろう。 ユリウスもそこまでは期待していなかった。


「急ぎはしません。 納得のいくまで時間をかけて下さい」

「ただ…… 代わりと言っては何ですが、このコトは、どうかご内密に」


 ユリウスの言葉に合わせ、メナスが人差し指を立てて口元に当ててみせた。


「分かっておる。 こんな事誰にも話せんよ」



 店を去る時、ふたりは店主に呼び止められた。


「なぁ、お前たちは一体…… 本当(・・)は何者なんじゃ?」


 彼の瞳には、相手の瞳の奥を射竦めるような光が宿っていた。 それはギルドマスター、エルツの瞳をも連想させた。


「いえ…… 私たちは、ただの新人冒険者ですよ? いま(・・)はね」


 初老のドワーフは、呆れたような笑みを浮かべ肩を竦めて見せた。



 ブライの店から宿屋への帰り道、店内では比較的無口だったメナスが思い出したかのようにぽつりと口を開いた。


「よかったんですか、マスター? あのドワーフのお爺ちゃんに色々見せちゃって」

「あぁ、ブライは信用出来るとオレは思うんだ……」


「それにしても…… この時期に黒竜の鱗って…… 絶対にルインとの関連を連想しますよ、きっと」


 それは全くもってその通りである。 

しかし一方では認めねばなるまい。 ユリウスには、あの人の良い鍛冶士に【ドワーフの大洞窟】の事を教えてやりたい気持ちが日に日に強くなっていたのだ。


 現在生きているドワーフ達ですら何処にあるのか分からないと言う伝説の超々巨大古代遺跡群── その名も【ドワーフの大洞窟】。 それは彼らドワーフに取ってどんな存在なのだろう。 憧れか、誇りなのか、それとも悔しさのような感情もあるのだろうか…… いずれにせよ興味が無い理由などある筈が無かった。


「あの金属片の分析と加工なら、時間は掛かるかもですが【賢者の石】でも出来ると思いますよ?」

「うん、それは分かってる。 だがあの()を高出力で使用すると── アイツが、な……」

「あぁ、アイツ……」


 メナスの表情が、心なしか(うつろ)に曇ったように見える。


 アイツとは、あのメナスと同じ顔をした【アダマンタイト・ゴーレム】の少年の事である。


 あのスズメバチ型の超小型ゴーレムも、それに憑依された魔獣たちも、大きく魔素(マナ)の濃度が増減した場所を目指して進んでいるらしい。 その目指す先は、おそらくメナスの持つ【賢者の石】だ。 今度あの石を高出力で使わなければならない機会が訪れたら、その時は()の襲撃をも覚悟しなければならない。


 実は先程【ドワーフの大洞窟】で、その『地図』を複製した時にも、かなりの出力で【賢者の石】を起動していたのだが…… 移動手段を持っていないのか、それとも彼自身の修理が間に合わなかったのか、彼が襲撃してくる事はなかった。


 もっとも── もし襲撃があっても、あの場所ならば余人を交えず思う存分に魔法を駆使出来るという算段もあったのだが……


 一対一ではメナスに分が悪くても、元王国筆頭宮廷魔術師のユリウスが全力でサポートすれば、全く勝機がないとは思えなかった。


 ただひとつ──── その時が来て、少年を破壊しなければならないとしたら、躊躇いなく自分にそれが出来るのか…… ユリウスには分からなかった。


 そんな事を思いながら、ユリウスは【砂岩の蹄鉄亭】への帰路についた。


次回からは物語が少しずつ動き出します

……たぶん

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