66 ~ハーフェンの夜〜
──────前回までのあらすじ─────
晴れて冒険者となった初クエストで、帝国からの要人、皇女ラウラを無事に帝国領へと送り届けたユリウスたち一行。 さらにユリウスは彼女の希望を叶え、奴隷姫と揶揄されていた籠の鳥の生活からも解放してやるのだった……
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※主人公ユリウスは、故あって偽名シンを名乗っております。 地の文がユリウス、会話がシンなどという状況が頻繁に現れます。 混乱させて恐縮ですが【ユリウス=(イコール)シン】という事でよろしくお願いします。
ラウラ皇女がアドゥストゥス辺境伯の城へ向け出発する前夜。 つまり彼女が国境砦に泊まっていた夜。 ユリウスたち一行は再び港町ハーフェンに宿を取る事にした。
もとより夜通し馬を走らせねばならないような急ぎ旅ではない。 御者役の王国兵士も反対はしなかった。
大陸南端のクラールハイトの森を抜けると、南側の窓いっぱいに海が広がる。 進行方向の西側に陽が沈みかけ、空と海の境界線を茜色に染め上げていた。 遠くに見え始めたハーフェンの白い街並みも同じようにオレンジ色に染まり、それは幻想的な光景だった。
流石に疲れたのか言葉少なだったフィオナも、それを眺めながら、はふぅ…… とため息をついている。
それでもハーフェンに辿り着く頃にはまだ空が明るかったので、一行は街の露店などをあてもなく覗いて廻りちょっとした観光気分を味わった。 それぞれがお土産めいた物を手に入れた頃にはすっかり陽も暮れていたので、お待ちかねの夕食を摂ることにした。
食事は昨夜の夕食とも今朝の朝食とも違う店を選んだのだが、まぁメニューは似たような物だった。 貿易港でもある筈なのだが珍しい外国の食材などはそのまま王都へ流れ、もっぱら街ではシーフードが主流になっているようだ。
ユリウスはシーフードのパエリアに挑戦してみる事にした。 エビ、イカ、貝などがふんだんに使われれたボリュームの一品だ。 フィオナはまたロブスターを頼み、それから改めてメニューとのにらめっこをする。 ルシオラはシーフードのパスタに白ワインを頼んだ。 メナスはと言うと、やはりお気に入りのイカスミのパスタと、今度はタコのカルパッチョに挑戦するようだ。
結局アワビのステーキとサーモンのカルパッチョと二皿目のロブスターを頬張りながら、フィオナがユリウスに質問した。
「そう言えばさぁ〜 前から思ってたんだけどぉ〜」
「何だ……?」
「シンとメナスちゃんがしてる、そのチョーカーって何なの〜 何か意味あるの〜?」
「いや、これは……」
ユリウスとメナスがしている黒のチョーカーは、ギルドの『職業適性検査』をパスするために用意した、錬金術師ミュラーの【魔道具】だ。
これのお陰で、ユリウスやメナスの異常なパラメータや本当の年齢── メナスが人間ではない事が隠せているのだ。
「これは家族の印って言うか……」
「え〜〜 いいな〜そぉ言うの〜 わたしも欲しいぃ〜」
「でもフィオナがこれ付けたら、ルシオラさんだけ仲間外れみたいになっちゃわない?」
口の回りをイカスミで真っ黒にしながらメナスが指摘する。
「あら、いいのよ? 私は気にしなくて……」
「て言うか、いっそルシオラさんもシンのお嫁さんになろうよ〜 賢者のユリウスさんなんて、またいつ会えるか分かんないんだし」
「ちょっと! それナイショの筈でしょっ!」
既にルシオラは少しワインが回っているようだ。 白い肌がうっすらと上気し頬がほんのりと朱色にそまっている。
(ちょっと待て…… メナス、どう言う事だ?)
ユリウスは思わず【念話】でメナスを問いただす。
(あれー 言ってませんでしたっけ? ルシオラさんの気になってるもう一人の男性って、賢者ユリウスなんですってー)
(……いや、初耳だが)
(お嫁さんになれなくてもいいから、助手かメイドさんにみたいに身の回りのお世話をさせて欲しいって言ってましたよ。 笑っちゃいますよねー、マスターと同一人物なのに)
(分かった。 もういい。 黙れ)
結局この話はアルコールの回ったルシオラが、女子会で話した事は他言無用という説教をフィオナに始め出してうやむやになってしまった。
説教と言っても呂律の回らなくなったルシオラがクダを巻いているだけで、普段の凛々しい姿を知っているユリウスやフィオナにとっては微笑ましい光景でしかなかったのだが……
その夜の宿泊先は昨夜と同じ宿にした。 もっとも勝手が分かっているからという理由ではなく、単に夕方に到着しても空きがある宿がなかったのだ。 そしてまた必然的に女性三人が同室で、ユリウスがあの離れの一人部屋となった。
夜も更けて日を跨いだ頃合いだろうか。 ユリウスの泊まる離れの部屋に近付く気配があった。 しかし彼にはその足音に覚えがある。 その気配が扉の前で途切れると静かにノックする音が響く。 彼がゆっくり扉を開くと、そこには薄い夜着一枚のフィオナが立っていた。
「シン…… 起きてた? 眠れなくて」
「あぁ、オレも起きてたよ」
ユリウスは彼女を部屋の中に招き入れた。
狭い一人部屋なのでテーブルなどはなく、窓際のベッドにフィオナを座らせる。 離れというだけはあって、窓からは一面に海の景色が広がり中々の眺望だった。
「ルシオラさんはどうした?」
「うん、あのまますぐに泥みたいに寝ちゃってた…… あの人お酒好きだけどそんなに強くないみたいよね」
「多分今回の仕事で緊張の糸が張り詰めていたんだろう…… 今頃ホッとしてる筈だよ」
「そうだよね…… わたしも今頃になってコトの重大さをヒシヒシと感じてるもの。 結局何もしなかったけど」
「色んな人たちとの連携プレーの賜物だな。 その中にはオレたちだって入ってるんだ」
「そっか、そうだよね……」
フィオナはいつになく、しおらしいと言うか、いつもの溌剌とした明るさがなかった。 ユリウスは彼女の隣に腰を下ろしながら尋ねた。
「どうした? なにか心配事か」
「ううん、心配って言うか…… でもやっぱり心配なのかな?」
ユリウスは、あくまで彼女が自分の間合いで話すのを待っていた。
「あの子── 皇女さまのコトも心配だけど…… わたしにはどうするコトも出来ないし、それに……」
「それに?」
「自分の心も分からなくて……」
「自分の心が?」
「だって、あの子がシンにべったりくっついてる時、わたしすごくイヤな女だったでしょ?」
「そんなコトないよ」
思いがけない告白に、正直ユリウスは戸惑っていた。
「だってルシオラさんには最初っからふたりでお嫁さんにしてもらおうって言えたのに…… あの子がシンに抱きついてるの見たら頭に血が上っちゃって!」
「それは…… 知らない人だったんだから当たり前だろ」
「うん、でもやっぱり…… わたしにもシンを独り占めにしたい気持ちがあるのかなって…… さっきだって……」
「さっきだって?」
「……その、チョーカーのコト」
「あぁ、これか」
ユリウスは首の黒いチョーカーに指を添えた。 フィオナはそれきり黙って俯いてしまう。
「フィオナ、それは恥ずかしい感情じゃないよ…… オレだってフィオナを独り占めにしたいんだから」
「シン……?」
その言葉にフィオナが顔を上げる。
「むしろオレの方が罪悪感を感じるべきなんだ…… 君たちみたいな素敵な女性に、ふたりでお嫁さんにして何て言われたら」
「……うん」
フィオナは何とも言えない表情をしていた。
ユリウスは男だから女性の気持ちは分からない。 しかし、親友とふたりでフィオナをシェアするなんて想像すら出来ないししたくなかった。 女性は子供を身籠ってから出産するまでに長い時間が必要である。 しかし男性はその気になれば何人もの女性と毎日でも子供を作る事が可能なのだ。 自然界の動物としては一妻多夫は不便でしかないが、一夫多妻は理に適っている。 それは優秀な遺伝子を残すと言う観点からも同様だと思われた。
しかしフィオナとルシオラは人間だ。 あくまで彼女たちの意思は彼女たちにしか決める事は出来ない。
「ちょっと待ってて」
ユリウスは旅行鞄の中から小さな箱を取り出した。 それはクラプロス邸で机の引き出しから持って帰ったあの小箱だった。 きょとんとした表情でそれを見守るフィオナにユリウスが語りかける。
「チョーカーの代わりと言っては何だけど…… こないだ世話になった人たちに会いに行った時に預けてたのを受け取ってきたんだ。 左手を出して」
「えっ 左手って?」
フィオナも何かを察したようだった。 おそるおそる左手を差し出す。 ユリウスは小箱を開くと、そこから何の装飾もない細い銀色の指輪を取り出した。 小刻みに震えているフィオナの手を取って、それを薬指にそっと嵌めてみる。 それは、彼女のために誂えたかのようにぴったりだった。
「安物でごめん。 これは…… 母親の形見なんだ」
フィオナの瞳から大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。 何度も何度もゆっくりと首を横に振る。
「愛してる、フィオナ。 ずっとオレの側にいて欲しい」
「ふえぇぇ〜〜ん、シンんん〜〜」
フィオナが泣きながらユリウスの胸に飛び込んだ。 そのままふたりはしばらくの間、唇を重ねて抱き合っていた。
窓の外には波の音が響き、夜空には満天の星空が瞬いていた。
ちょうどフィオナと出会った、あの夜のように……
今回も時間軸が少し前に巻き戻っておりますね…… 混乱しないといいのですが……
次回で『赤銅色の奴隷姫』のエピソードは一応の決着を迎えます。 ただ、第二章はこれで2/3くらいになりまして…… もう少しお付き合い頂けると嬉しいです。
─────次回予告─────
第67話 ~両刃斧と迷宮〜
乞う御期待!




