65 ~黒の宿命〜
──────前回までのあらすじ─────
晴れて冒険者となったユリウスたちの初クエストは、帝国からの要人の影武者を護衛する任務だった。 しかし囮役と思われたその少女は、賢者としてのユリウスと面識のある要人本人であった。 帝国領まで無事にたどり着いたのも束の間、彼女の身に帝国の辺境伯の魔手が迫ろうとする。 しかし、そこにユリウスが現れて……
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※主人公ユリウスは、故あって偽名シンを名乗っております。 地の文がユリウス、会話がシンなどという状況が頻繁に現れます。 混乱させて恐縮ですが【ユリウス=(イコール)シン】という事でよろしくお願いします。
ユリウスたちが、皇女ラウラを国境砦に届ける少し前に時は遡る──
ザントシュタイン山脈の南端がクラールハイトの森に消える手前、国境砦のすぐ西の辺りに少し低い岩山がある。
その中腹にその男は立っていた。
少し開けた平らな岩場があって、そこはちょっとした屋敷の庭園くらいの広さがあった。
その男は全身に黒装束を身に纏い、腕を組んで直立不動で立ち尽くしていた。
男の背後には同じく黒装束の人影がふたつ、ただしこちらは意識が無いのか縛り上げられ無造作に転がされていた。
「……来たか」
男が独り言のように呟いた。
すると男の正面の岩場に何処からともなく黒装束の影がひとつ舞い降りる。
「…………」
「…………」
互いに睨み合ったまま暫く沈黙の時が流れた。
沈黙を破ったのは後から現れた方の黒装束だった。
「貴様が…… ノーヴァ・シュヴァルツか?」
「そうだ。 お前は?」
「シュピンネ・シュヴァルツ…… 【黒後家蜘蛛】の首領よ」
「そうか」
腕組みをしている黒装束…… ノーヴァ・シュヴァルツは、あくまで感情を表さず淡々と答えた。
「皇女は何処だ?」
「…………」
今度は答えはなかった。
「絶対に外せない『印』を付けてあると聞いてたんだがな…… どうやらまんまと誘き出されたようだ」
「この世に絶対などない」
シュピンネ・シュヴァルツは、懐から何かを取り出すと崖下へと放り投げた。 何かの合図だろうか、輝く石のようにも見えたがそれが何かは分からない。 両腕をだらりと垂らし踵を浮かせた。 それは忍者の戦闘態勢だった。
「まぁいい、ここでこうして貴様と対峙出来たのは僥倖だ…… 積年の因縁に今日ここで決着をつけてくれる」
「こちらは怨みなどないのだがな……」
「黙れっ! 初代ツヴァイ・シュヴァルツがこのヴェルトラウム大陸に渡り、この地の忍者の開祖となった── 西に渡り強大な王国に与した貴様らが正統を名乗り、東に止まり絶え間なく小国の戦乱に翻弄され続けた我々が傍流の誹りを受け軽く扱われて来た…… 断じて許せん!」
シュピンネは話しているうちに冷静さの仮面が剥がれ声を荒げていった。
「正統を主張するにしては、お前の部下たちは何ともお粗末だったがな」
「かっ…… かっ…… かっ…… かっ!」
シュピンネは乾いた笑い声を岩場に響かせた。
「あいつらはただの暗殺者よ…… 忍者の秘技は伝えておらんわ」
「何故だ?」
「知りたいか? それはな…… このように気軽に使い捨てるためよ!」
シュピンネが再び懐から何かを取り出し空高く放り投げた。 それは白煙の帯を描きながら静かに岩山に消えていった。 すると何処からともなく彼の背後に黒装束の集団が現れた。 その数、およそ十数名。
「正々堂々と技量を比べるつもりではないのか……」
「かっ…… かっ…… かっ…… 片腹痛いわ! 忍びの本質は諜報・暗殺…… 奇襲、欺き、不意を打つのが本領よ!」
「確かにな…… 頼めるかダン?」
するとノーヴァの背後の岩場から、ひとつの人影がゆらりと姿を現した。
「おいおい…… 面白いものを見せてやるって言うからこんな山の中まで来たって言うのに…… 最初からそのつもりだったのか?」
それは、ダン・アウゲンブリック── 冒険者ギルドの侍で、フィオナの師匠の初老の男だった。
「すまん…… 念には念を、だ」
「まぁ、いいけどな。 久し振りに少し運動するか」
「そう言う訳だ、シュピンネ…… お前も一対一での勝負の方が悔いが残らんだろう?」
「まぁよい…… もとより望むところだ。 お前らっ その侍の相手をしろっ 俺たちの邪魔はするなよっ!」
「それでこそだ」
「ほざけっ‼︎」
ノーヴァが横の岩場にじりじりと移動すると、それに合わせてシュピンネが続いた。
一方、侍のダンの周りには十数名の暗殺者が包囲しつつあった。
「ダン、毒の手裏剣には気をつけろよ!」
「誰に物を言っている?」
その時ダンの背後に回った黒装束の一人がまさにその手裏剣を放った。 彼は振り返りもせずそれを躱すと正面の暗殺者がドサリと倒れた。
もう一つ放たれた手裏剣を刀で弾くと、また一人黒装束が倒れる。
「同士討ちになるぞっ! 手裏剣は使うなっ!」
黒装束の一人が叫ぶと、ダンは思わず苦笑してしまった。
「自分たちで数を減らしてくれたら世話はないな」
ノーヴァとシュピンネは、一段高い岩場に場所を移していた。 平らな足場ではないが忍者の彼らには何の問題もない。
互いに10数mの距離を置いて対峙する。
「思い留まる気は無いのだろうな……」
「笑止っ! 今さら臆したかっ⁈」
恐らくは数十年の日々を厳しい修行に費やしたであろうその命── その技を何代かに渡り受け継いで…… それが何故、同じ流派で殺し合わねばならないのか……
大陸忍者の開祖ツヴァイ・シュヴァルツは、数人の弟子の内、ただ一人にその『秘伝の奥義』を伝えたと云う…… それが初代ノーヴァ・シュヴァルツであった。 ここにいる彼は、実は五代目のノーヴァ・シュヴァルツだ。
シュピンネの流派に、その事実が伝わっているのかいないのか…… 伝わっている上で敵愾心を燃やしているのか…… ノーヴァには分かろう筈もない。
諸行無常……
彼は冒険者ギルドの依頼として、為すべき事を為すだけだった。
突然シュピンネの身体が深く沈み込んだかと思うと空高く跳躍した。 ノーヴァは足場を飛び退りつつ一本の短剣を投擲する。 それは何なくシュピンネの手甲に弾かれた。
空中のシュピンネが両手で何かを放り投げた。 それは空中で大きく広がり蜘蛛の巣のような網となる。 しかし花のように広がったその網は、次の瞬間何かを絡め取り地面に落下した。 ノーヴァは隠し持っていた二本の木の枝を同時に網に投げ込んだのだ。
粘着性の糸で相手を絡め取る恐ろしい罠だが、最初に放り込んだ木の枝でいとも簡単に無力化されてしまった。
「貴様……っ 『蜘蛛の糸』を知っていたなっ‼︎」
「名が売れるのも良し悪しだ」
そう言うとノーヴァはシュピンネに合わせてまた足場を変えた。 それは風上の位置だった。 思えば彼は最初から風上の位置を維持し続けている。
「ぬうぅぅぅ……」
当てが外れて、四つん這いの姿勢のままシュピンネが唸る。 ノーヴァは知っているのだ。 風上から毒の粉を撒き散らし敵が気付かぬ内に麻痺させるシュピンネの秘技【春花の術】を。
「どうした? 冷静には見えんぞ」
「黙れっ もう言葉はいらぬっ‼︎」
シュピンネはゆっくりと立ち上がり刀を抜いた。 それは短めで反りのない刀── 『忍者刀』だった。
そして左手にも短剣を構える。
それは遠い南の国で使われる、鳥の脚のように刃が枝分かれした奇妙な形の短剣だった。
それに応じるかのように、ノーヴァもまた忍者刀を抜いた。
シュピンネがゆっくりと獲物を持ったまま両腕を回す。 ゆっくりと、ゆっくりと……
やがてその腕は残像を伴い、まるで4本の腕があるかのように分身して見えた。
どれ程の鍛錬をすれば、このような体術が身に付けられるのか…… その姿はまるで『黒い蜘蛛』のようだった。
次の刹那、その残像の腕を維持したまま蜘蛛のように岩場を飛び跳ねてシュピンネが迫る。 ノーヴァは刀を構えて腰を沈めた。 互いにこの一撃で勝負を決めるつもりだった。
百数十年の間受け継がれてきた互いの鍛錬と秘術が、この一瞬の刹那にどちらかが終焉の時を迎えるのだ。
高く宙に舞ったシュピンネが4本の腕で襲いかかる。 ノーヴァが左手で短剣を放つがシュピンネの異形の短剣がそれを弾いた。 だがその瞬間をノーヴァは見逃さない。 間髪を入れず実体の左腕に稲妻のような剣撃を浴びせかける。 だがその時、シュピンネの左腕がぐにゃりと曲がり鳥の脚のような短剣にノーヴァの『忍者刀』が絡め取られてしまった。 肩と肘の関節を外し腕全体を鞭のようにしならせるシュピンネの秘技だ。 ノーヴァの左肩口に二本の右腕で剣撃が迫る。 彼は己の『忍者刀』を捨てて、二つの剣撃を紙一重で躱した──
──と思った刹那、二つの腕が幻のように掻き消え第三の腕が振り下ろされたのだ。
咄嗟にノーヴァはそれを左腕で受けた。 それしか選択肢がなかった。 彼の左手首は前腕部から切断され宙を舞った。
「貰った‼︎」
シュピンネは歓喜の声を上げ左手の短剣を振りかぶる。
しかし、次に血飛沫を上げて宙を舞ったのはシュピンネの首だった。
左腕を失ったノーヴァはそのまま怯む事なく懐へ踏み込み、左手甲から抜き取った短刀でシュピンネの首を切り落としたのだ。 頭部を失ったシュピンネの身体が、岩場にグシャリと激突する。
その身体を見下ろしながら、ノーヴァは懐から取り出した手拭いで左腕の止血をした。
ふと気づくと、いつの間にか右目のすぐ下に細い針が刺さっている。 それは口に含んで吹き出し相手の目を潰す『含み針』だった。 危ない所だった。 どちらが勝ってもおかしくは無い紙一重の勝負だった。
岩場に転がるシュピンネの頭は、己の勝利を確信した笑顔のまま凍りついていた。 ノーヴァは片膝を着いて、指でその目を閉じてやる。
そこに侍のダンがふらりと姿を現した。
「すげえな…… お前から左手を奪うほどの手練れだったのか、そいつは」
彼は既に十数人の暗殺者たちを全て斬り捨てていた。
「すまん…… ダン。 こいつを埋めるのを手伝ってくれないか?」
「埋める? コイツを? 埋めるったって、ここは岩しかねぇじゃねぇか……」
「それなら、せめて石を積んでやろう」
ノーヴァとダンは、シュピンネの骸に石を積み上げ墓標にしてやった。
「同門に対するせめてもの花向けってヤツか?」
「まぁ…… そんな所だ」
ノーヴァは敢えて口にしない。
『秘伝の奥義』を受け継いだのは初代ノーヴァ・シュヴァルツである事も。 ツヴァイ・シュヴァルツの弟子たちの中には、彼の実の息子もいたと言う── シュピンネが彼の子孫であったかは、もう知る術もなかったが……
「おい、見ろよ。 国境砦に皇女殿下がご到着だぜ」
ダンの声に岩山の麓を見下ろすと、確かに国境砦に二台の馬車が到着したところだった。
馬車から降りた人影の中に愛弟子の赤い甲冑姿を見つけ、ダンは密かに目を細めた。
「知ってるか? あそこにはエルツの野郎が出しゃばってるらしいぜ」
ノーヴァは何も言わなかった。 岩場の陰から切断された左手首を拾い上げ袋に詰め込む。 こんな時のために用意していた訳ではないが【保存】の魔法がかかった革袋だった。
「早くギルドに戻って、トロイにくっ付けて貰わんとな」
トロイというのは、ユリウスとメナスも治療して貰ったことのある、ギルド職員の司祭だった。
「エルツにトロイか…… なんだか懐かしいな。 あとはブライを呼べば伝説のパーティーの再結成だ」
「ブライはもうダメだ。 片脚がほとんど動かないらしい…… 年齢と職業病だからトロイでも直せん」
片目と片脚を悪くするのは鍛治師の宿命だった。 常に炎を見つめているため目をやられ、ふいごを踏み続けるために脚をやられるのだ。
「助かった、礼を言う」
それだけ言うと、ノーヴァは背を向けて歩き出した。
「おい、もう行っちまうのか?」
ダンは懐から酒の入った竹筒を取り出し、一杯誘おうと思っていたらしい。 その背中から返事はなかった。
「相変わらず無愛想なヤツ」
ダンはそう独り言ちると、再び国境砦に目を向けた。 手にした竹筒の酒を一口煽る。
「え〜〜〜〜っっ⁈ 皇女殿下って…… え〜〜〜〜っっ‼︎」
その時聞き慣れた声が響いて来て、彼は思わず口にした酒を吹き出してしまった。
「うへぇ、もったいねぇ……」
彼の愛弟子の嬌声は、しばらく岩山の間を谺していた……
いきなり白戸三平先生や山田風太郎先生のような世界観になってしまいました…… いつかあんな時代小説も書いてみたいモノですねぇ……
─────次回予告─────
第66話 ~ハーフェンの夜〜
乞う御期待!




