表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
絶望の賢者とタイタンの幼女  作者: 椿四十郎
『赤銅色の奴隷姫』
64/111

64 ~ある皇女の最期〜

──────前回までのあらすじ─────


 晴れて冒険者となったユリウスたちの初クエストは、帝国からの要人の影武者を護衛する任務だった。 しかし囮役と思われたその少女は、賢者としてのユリウスと面識のある要人本人であった。 無事に彼女を帝国領まで送り届けたユリウスたちだったが、彼女の身に帝国の辺境伯の魔手が迫ろうとしていた……


──────────

※主人公ユリウスは、故あって偽名シンを名乗っております。 地の文がユリウス、会話がシンなどという状況が頻繁に現れます。 混乱させて恐縮ですが【ユリウス=(イコール)シン】という事でよろしくお願いします。


 アドゥストゥス城の貴賓室──

バスタブでひとり湯浴みをしていた皇女ラウラの身に、今まさに危機が迫らんとしていた。 彼女に強い執着を示すアドゥストゥス辺境伯が、ついに意を決し行動を起こしたのだ。


「誰かっ! 誰か居らぬかっ……!」


 皇女は力の限り声を張り上げた。

そんな皇女の姿を愉しそうに眺めながら、男は含み笑い浮かべている。


「無駄ですよ、皇女殿下…… この部屋は【防音】の呪文がかけられております。 お付きの者たちには少し遠くに行ってもらいました。 そして何より、ここは私の城なのですから」


 そう言いながらも男は巨体を揺らしながらゆっくりと近付いてくる。


 皇女は湯船を跨ぐと浴槽を挟んで辺境伯と対峙した。 身に着けているのは皮肉な事にあの忌々しい貞操帯だけだ。


「私に指一本触れてみなさいっ! 皇帝が何と仰るか…… それにこの貞操帯は、外されると直ちに皇帝に知れるようになっていますっ!」


 男の視線が皇女の下半身に下がり、ほんの僅かに表情が(かげ)る。


「それくらいは覚悟の上です」

「えっ……?」


「この城の地下に、皇女殿下と同じ歳くらいのルベール族の娘を繋いであります。 貴方のために用意したのですよ」

「…………」


 皇女の美しい黒瞳が、驚きに見開かれた。


「手脚がもげるような死に方をすれば、貞操帯(そんなもの)など外れても仕方ありませんなぁ……」


 ラウラは辺境伯の言葉の意味するところを理解して、あまりのおぞましさに固まってしまった。 彼は自分の身代わりのために用意したルベール族の少女を、手脚をもいで殺すと言っているのだ……


「そんな…… いや…… やめ……て……」


 皇女の思考が停止しているその隙に、男の巨体が浴槽を回り込んでくる。 腕を掴まれそうになり我に返ったラウラが咄嗟に飛び退こうとするが、足がもつれて尻餅をついてしまった。


 無様に脚を広げて横たわる赤銅色の裸身を見下ろし、辺境伯は愉悦の笑みを浮かべた。


「たすけて…… たすけてっ! ユリウスさまっ‼︎」


 皇女の叫びに男の表情が一層歪む。 想い人の名を呼びながら泣き叫ぶ乙女を犯すのを彼は特に好んだ。


「誰ですか、それは? もしかして皇女殿下の大切なお方ですかな?」

「あの方はもうすぐここへやって来ますっ! ヴェルトラウム大陸の三賢人…… 大魔導師のユリウス・ハインリヒ・クラプロスさまですっ‼︎」


「ぐぶっ……! ぐふふっ…… ぐぶふふふっ‼︎」


 アドゥストゥス辺境伯が大きな身体を揺らしながら下品な笑い声を上げた。


「何を言い出すかと思えば…… 聡明な皇女殿下が、お伽話の英雄を呼ぶような愚かな事を。 かの三賢人が行方をくらましてからもう何年が経ちましたかなぁ……」


 男がラウラに向かって更に一歩踏み出そうとしたその時だった。 横たわるラウラと男の間の空間に、闇のように黒い円形の窓がぽっかりと開いた。 


「ぐひぃ……っ‼︎」


 突然視界を塞がれた辺境伯は悲鳴を上げて後ずさる。


 するとその暗闇の中から、ひとつの人影が姿を現した。 それは長いローブに(スタッフ)を手にした長身の人物だった。


 しかし、いくら目を凝らしてもその顔を見る事が出来ない。 すぐ目の前に立っているというのに、首から上がどうしても認識出来ないのだ。 それは【認識阻害リコグニション・ブロック】の呪文の効果だった。


 辺境伯がパニックを起こし叫びかけたその時、長身の人影が囁いた。


「【縛鎖(バインド・チェーン)】」

「【麻痺(パラライズ)】」


 突然四肢が動かなくなり男の巨体が崩れ落ちた。


 今まで何が起こっていたか理解していなかった皇女が、ようやく目の前の黒い窓が消えて目を見開いた。


「ユリウス…… さま?」

「遅くなりましたが、約束通りお迎えに上がりました…… 皇女殿下」

「ユリウスさまっ!」


 ラウラは弾けるよう立ち上がると、全身ずぶ濡れの全裸なのも厭わずにユリウスの胸に飛び込んだ。 赤銅色の華奢な身体が小刻みに震えている。 ユリウスはそっと彼女の背中に手を回し優しく撫でた。


「怖い思いをさせてしまったようですね」


 四肢の自由を奪われたまま床に転がっている辺境伯は、必死に考えを巡らせる。


(ユリウス…… 三賢人のユリウスだとっ⁈ 本当に? なぜ今頃…… なぜ皇女殿下を助けに……)


 あまりに想定外過ぎる展開に思考が追いつかない。


(今のは空間転移呪文【転移門(ゲート)】⁈ だとしたら本当に賢者ユリウスなのか……⁈ まてよ…… 【漆黒の暴竜ルイン】を倒した謎の存在も、確か【転移門】の使い手だった筈…… まさか……)


 実はユリウスは、ラウラの母親の形見だと言う金のイヤリングに、彼女の了解を得て居場所が分かる呪文をかけていたのだ。


 そして【転移門】の呪文にも手を加え、行ったことのある場所だけでなく、よく知る人物の元へも(あらかじ)め『触媒』となる品物を用意しておけば転移出来るよう改良を試みたのだ。


 実は不動に思える大地でさえ常に動いているのだ。 星は自転し恒星の周りを公転している。 認識を拡大すれば、馬車の中も『知っている場所』とする事が出来るし、それならば『イヤリング』でさえも『場所』と定義出来るのではないだろうか? ユリウスはそう考え、そしてそれは成功したのだった。


「それでは皇女殿下、長居は無用です。 何か大切な物があれば持ってきて下さい」


 ラウラはユリウスの胸の中で彼の顔を見上げると潤んだ瞳でふるふると首を振った。


「この母の形見があれば、後は何も要りません!」

「そうですか、それではお召し物を──」


 ラウラは名残惜しそうにユリウスからそっと離れると、何か呪文を囁いて自分の腰にそっと手を触れる。 するとあの忌々しい貞操帯がベルトの部分で千切れて足元にドサリと落ちた。


 そして赤銅色の少女は、一糸纏わぬ全裸になって両腕を広げて見せた。


「帝国の物は何一つ持って行きません、どうかこのままラウラを(さら)って下さい!」


 ユリウスは彼女の表情に固い決意を認めて、観念したように首を振った。


「わかりました」


「そ…… そんな事が…… 許されると思っているのか…… こ、皇帝陛下が……」


 辺境伯は、大声こそ出せないものの、声を絞り出すように喋る事はなんとか出来るようだった。 その時叫び声を聞きつけたのか、ラウラのお付きの侍従の老人と侍女たちが部屋に飛び込んできた。 室内の状況を見て凍りついてしまう。


「こ、これは…… ラウラ様?」


「お前たち…… 曲者だっ! 皇女殿下が攫われるぞ…… こいつを何とかしろっ」


 床に転がったままの辺境伯が、口の端に泡を飛ばしながら呻いた。 ラウラは侍従たちに振り返り優雅な所作で礼をした。


「いままでよく仕えてくれました…… 貴方たちがいたから、私は心折れず今日までやってこれました。 私の最初で最期の我儘を許して下さい」


 そう言うと少女は、帝国で唯一心を許せる家臣たちに永遠(とわ)の別れを告げるのだった。


「アウレウス帝国第17皇女、ラウラ・フロイデ・アウゲンテウスはここで死に、私はこの方と遠くへ行きます」


 それを聞いて、侍従の老人と侍女たちは全てを悟ったようだった。 いずれもラウラが帝国皇女になった時から側にいた者たちだ。 若い侍女はすでに涙を流していた。 侍従の老人は何も言わずに深々と頭を下げた。


「ふざけるなっ…… 貴様らにも皇帝陛下から厳罰が下るぞっ‼︎」


 ユリウスは振り返り床に転がる辺境伯を見下ろした。


「そんな事にはなりませんよ」

「ひっ……っ」


 男の巨体が恐怖で芋虫のようにのたうつ。


「お…… 俺を殺すのかっ? そんな事をしてみろ…… 帝国を敵に回すことに──」

「私は何もしません」


 そう言うとユリウスは、彼の足元に何かを放り投げた。


 それは小さな水晶の球だった。


 ユリウスが再生の暗号を囁くと、その小さな水晶球は複雑な色の光を帯びて輝き出し、上方向に半透明の立体映像を描き出した。


 そこは豪華な装飾が施された辺境伯の執務室だった。

 そこにはアドゥストゥス辺境伯当人と錬金術士のギルウゥス、それに王国のプルプレウス辺境伯の姿があった。


 アドゥストゥス辺境伯の瞳が大きく見開かれる。


(こ…… これは、あの時の……⁈)


 映像はプルプレウスとの謁見が始まった時から錬金術士との二人きりの密談まで余すことなく再生された。 その会話を侍従や侍女たちも全て聞いていた。


『それで…… 例の手配は?』

『はい、皇女殿下と同じ年頃のルベール人の奴隷を…… 既に用意してあります』


 骸骨のような風貌の錬金術師は、黄色い歯を見せて不気味に笑った。


『可能なら、暗殺される前に皇女殿下と入れ替わって頂きましょう』


 そこで水晶球の映像は終了した。


「これと同じ物を、皇帝陛下にもお送りしました」

「……っ⁈」


 辺境伯の顔がみるみる蒼白になってゆく。


 侍従の老人は、無意識に自分の胸ポケットを抑えた。 実は国境砦でユリウスたちと別れる時に、彼に水晶球を託されていたのだ。


『これを皇帝陛下にお渡し下さい。 ラウラ皇女殿下のために……』


 その時は何の事か分からなかったが、この映像を見た今では疑問の余地はなかった。


「貴方の断罪は皇帝陛下にお任せしましょう」


 そう言うとユリウスはラウラの身体を横抱きに抱え上げた。


「行きましょう皇女殿下。 いや、もうその敬称は必要ないかな?」

「ラウラと呼んで欲しい」

「ではラウラ、先ずは安全なところまで……」


 少女はユリウスの首に両腕を回して嬉しそうに頬を埋めた。


「待って下さい!」

「どうしました?」

「この城の地下に、私の身代わりに殺される筈だったルベール族の娘が囚われています…… その子もどうか……」

「そうでしたね、その子も連れて行きましょう」


 そう言うとユリウスは、何もない部屋の空間に【転移門】を開いた。


 そしてもう一度だけ侍従たちの方を振り返ると、彼らは深々と頭を下げていた。


 ユリウスたちが黒い窓に消えたすぐ後、辺境伯を探す兵の声が聞こえた。 彼の体は既に侍従たちによって縛り上げられ猿轡(さるぐつわ)を咬まされていた。


 辺境伯は必死にこの状況を打破する策を考えていた。 こいつらを何とか出来れば後は自分の家臣たちだ…… 財力にモノを言わせれば、あるいは帝国から独立する事も不可能ではないかも知れない…… そうだ【死の谷の洞窟トートタール・ダンジョン】の調査に向かっている調査隊の成果次第では、さらなる財宝と【魔法遺物(アーティファクト)】が────


 侍従の老人は、少しだけドアを開けて兵士を呼び止めた。


「どうかしたのですか?」

「それが緊急の報告が…… ですが辺境伯の姿も見当たらなくて」

「緊急の報告とは何ですか?」


 兵士はしばらく言い淀んだが、相手は皇帝直属の皇女殿下の侍従長である。 機嫌を損ねるのは得策でないと判断したらしい。


「【死の谷の洞窟】の調査に向かった調査部隊が…… 全滅したとの報せが入りました‼︎」


 辺境伯の顔が、絶望のあまり蒼白を通り越して土気色に染まった。


 その後彼が、皇帝に謀反を企てた罪で帝都へ送還される事となったのは言うまでもない。



 こういうサブタイトルにすると、PV数は目に見えて少なくなるような予感がします…… ここを先に読んでいる方は、まあいないかも知れませんが…… 安心して読んで頂ければ幸いです(汗)


─────次回予告─────


第65話 ~黒の宿命〜

 乞う御期待!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ