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絶望の賢者とタイタンの幼女  作者: 椿四十郎
『小麦畑と蒸気機関』
103/111

103 ~ふたつの目的〜

ご無沙汰です

今回は読者と作者(笑)の備忘録のような回です

今まで何があって、どんな状況なのか、これから何をするのか、まとめてみようと思いました


 冒険者ギルドから戻り、夕食を終えた一同は【砂岩の蹄鉄亭】のユリウスの部屋に集まった。


 先ほどギルドから直々に受注した依頼は、明日明後日で準備を終えて、その翌朝に出発となる予定だ。 それまでに、これまでの経緯とこれからの予定・目的の情報を共有しておく必要があるとユリウスは考えたのだ。


 新たに合流したキアラとラウラに大まかな経緯は説明したが、まだひとつ── 重要な事を話していなかった。 それは、あの【アダマンタイト・ゴーレムの少年】の存在と襲撃だった。


「それじゃあ、メナス(これ)とそっくりな【自律思考型自動人形インテリジェント・オートマータ】の少年に、皆さんが襲撃されたんですか⁈」


 キアラは動揺を隠せない。


「というコトは、その少年は──」

「あぁ、少なくともメナスと同じ設計図で創られたゴーレムだとオレも思っている」


 ラウラの質問の途中でユリウスが答える。


「それじゃあ、やっぱり……」


 そのままキアラは俯いて、口を閉ざしてしまった。


「いや、オレは必ずしも()が、この件の黒幕だとは思えないんだ。 そう考える根拠もある」


 ()とはもちろん、ゴーレムの少年の事ではない。


「それを聞かせていただけるのですね?」


 ルシオラが尋ねると、ユリウスはゆっくりと頷く。

 

「この一連の事件の黒幕は、どうやら【賢者の石】を探しているらしい。 しかし彼は…… ミュラー師は、それが何処にあるのか知らない筈がないんだ」


 その言葉を受けて、メナスがゆっくりと部屋着のボタンを外して胸元を開いた。 一同の注目が集まるそこには、ちょうど少女の心臓の位置に皮膚を透かして発光する何かがあった。

「これが【賢者の石】だよー」


 ここがトイレだよー、くらいの軽い口調でメナスが宣う。 そんな彼女だが、しばらく皆の視線が沈黙のまま自分の胸に注がれていると、流石に居心地が悪くなったのか服を戻した。 心なしかキアラまで顔を赤らめているように見える。


「つまりオレは── この黒幕は、ミュラー師の『秘密の工房』か何かを手に入れた第三者の可能性が高いんじゃないかと思う」

「そして、手記か何かから【賢者の石】の存在を知って探していると?」


 キアラの表情に少しだけ希望の光が差し込んだように見えた。


「それで、今回の任務をあえて受けたのは何故なんですか?」


 ルシオラにしてみれば、シャウアの事もある。 徒労に終わると分かっているクエストにニ週間以上も拘束されるのは合理的とは思えないのだろう。


「うん、これからの我々の目的は大きく分けて二つあると思うんだ」

「ふたつ…… ですか?」

「ひとつは、ミュラー師の居所もしくは『秘密の工房』…… もし存在するなら、それを悪用している者の正体と居所を突き止めること」

「それだけで三つか四つくらいなぁい?」


 フィオナの突っ込みにユリウスが苦笑する。


「一応、これらは一つの目的だと思ってるんだ。 もう王都では情報収集も手詰まりだったから、インドゥストリとハンデルで何か足跡が探せるかも知れない……」


 ユリウスは横目でキアラのようすを伺った。 しかし、あまり期待は出来そうもない雰囲気だった。


「では、もう一つは?」と、これはラウラだ。


「あの【アダマンタイト・ゴーレム】は、必ずまたやって来る。 あいつを破壊せずに無力化するのは至難の業だ。 だから一時的に身を隠すことは意味があるし、対抗策を用意する時間稼ぎにもなる」

「破壊せずに…… 無力化しなければ、いけないのですか?」


 ラウラの問いは素朴な疑問だった。 だが直接彼と対峙した四人とキアラには分かっていた。 あの少年は、キアラとメナスの顔をしたミュラー師の創造物なのだ。 それを破壊してしまうというのは、どうしても最初の選択肢には挙げたくなかった。


「うん、もし彼を捕獲できれば…… 黒幕の正体も居場所も、目的さえも知っている可能性があるからね」

「……そうですわね」


「目的って【賢者の石】ではないんですか?」


 ルシオラが、彼の言葉のニュアンスに不穏な何かを感じ取って言う。


「単に【賢者の石】が欲しい、も不自然ではないけど…… それを手に入れて何をするつもりなのか、も警戒しておくべきだと思う」

「……その通りですね」


 ここで皆は一息ついて、メナスとフィオナが下の食堂に追加の飲み物を取りに行く事になった。


「あの…… 素人の浅知恵で恐縮なのですが」


 ルシオラが恐る恐ると言ったようすで口を開く。


「【賢者の石】の力で…… ミュラー師の居所を探すことって、出来ないんですか?」


 ユリウスが顔を上げると、キアラとラウラも真剣な眼差しでこちらを見ていた。 彼女たちの疑問はもっともだろう。 とくにルシオラは、あのシャウアの蘇生の際に【賢者の石】の奇跡の力を目の当たりにしているのだ。


 ユリウスは、バツが悪そうに頭を掻いた。


「実はな…… あの石から情報を取り出すのは『縁』の近いもの程容易いんだ。 人でも物でも」

「じゃあ──」

「だからオレたちは石の中に、自分専用の情報の『個室(ストレージ)』を作ってしまったんだ」

「それって……」


 天才的な錬金術士とは言え、まだ現物に触れた事のないキアラには理解し難い話だった。


「オレたちくらい『縁』が近いと、その気になれば、昨日何をしたとか何を食べたとか…… 誰と会って何を話したとか…… 子供の頃の失敗談とか…… それこそ、いま何を考えているかまで筒抜けになってしまう──」


「それじゃああんまり気不味いんで『石』の中に互いに不可侵の領域を作ってしまったんだよ」


 いくら三賢人と言えど、これについては健全な人間関係を維持するには必要な措置だったと今でも思う。


「あ…… 言っておくけど、オレは君たちの個人情報に勝手に触れるつもりはないからな」


 ユリウスが慌てて付け加えると、きょとんとした表情で見つめている三人の顔が、徐々に赤く染まっていった。


「とにかくこれを解除するには、また三人で鍵を開かなければならないんだ……」


 それはつまり、もう永遠に不可能だと言う事を意味していた。


 そこでちょうど、メナスとフィオナが蜂蜜酒(ミード)やリンゴジュースを載せたトレーを持って戻ってきた。


「おまたせ〜 それで、なんの話だったっけ?」


 フィオナの底抜けの明るさにどれだけ助けられているか、一同は再認識していた。


「それじゃあ、インドゥストリとハンデルで具体的には何をするか決めようか」

「うんうん、どうせ時間潰すだけなら観光とかねー」


 メナスのこういう軽口は、どこまで本気なのかいまだに判別がつかない。


「一応は蜂型ゴーレムの出所を探す名目だけど、キアラはあたってみたのか? 工房とか、人の噂とか」

「ううん、私てっきりお祖父様だと思ってたから……」

「そうか、それなら一応あたってみる価値はあるかな」

「ハンデルって商業都市なんだよね? そこも行かないといけないの」


 思った疑問をすぐに口に出来るのは、フィオナの長所でもあった。 実際ユリウスたちは、何度かそれに助けられている。


「一応、王都を除けば王国最大の都市だからな。 全ての商人が集まるということは、情報もまたしかり── というコトだ」

「流通から何か探れるかも知れませんしね。 材料になる物とか、妙な荷物の発送先とか」


 と、これはルシオラだった。


「もちろん、ミュラー師の行方も探したいんだがなぁ…… キアラは、工房の親方以外に親しい人とか知らないのか?」

「ううん、少なくとも私は知らない。 前にハンデルでも旅商人にあたってみたこともあるんだけど……」

「……そうか」


「蜂が来た方向を、出現場所の時系列と分布から探るって、マルモアさんが言ってましたよね? それは可能性ありそうなんですか」

「気の長い話だけど、有効ではあると思う。 でも時間はかかりそうだなぁ……」


 そこでキアラが付け加えた。


「私…… 見つけた蜂が十数匹全部、ことごとく魔素(マナ)切れを起こしているのか不思議だったんです」


 一同がキアラに注目する。 確かにユリウスたちが発見した蜂も、全てピクリとも動かない状態だった。


「私が見つけたのは、全部【彷徨える魔獣(ストレンジャー)】の屍体から採取した物なので、それで魔素の回復に戻らなかったのかなって──」

「そうか! 魔獣に取り憑かなかった蜂は魔素の充電に戻るかも知れないのか。 蜂が蜜を巣に持ち帰るみたいに」


 そもそも蜂が収集した情報を、どうやってフィードバックしているのかが分からない。 充電を兼ねて情報を持ち帰っていてもおかしくはないだろう。


「それで私、手に入れた蜂に少しだけ魔素を注入したら、『巣』に帰るんじゃないかと思って、三箇所くらいから放してみたことがあるんです」

「なるほど、3点から同じ方角に飛び去ればその交わる点に巣があるかも知れないな」

「キアラさん、あったまいい〜」


 しかし褒められた当人の表情は曇っていた。


「でも、ダメだったんですか……?」

「うん、魔素を注入する量が多過ぎれば任務を再開するし、少な過ぎたら居場所に向かえない── 結局三匹ともバラバラの方向へ飛び去って、何の参考にもならなかったよ」

「そうだったんだ〜」

「着眼点は素晴らしいと思うよ、本当に」


 やはり現地での情報収集は一応するべきだと言う方針で、ひとまずは問題を先送りにする。 何のための会議なのか、と思わないでもないのだが……


「それで、もうひとつの問題についても対抗策を考えておこうと思うんだけど」

「あの── アダマンタイト・ゴーレムだと言う少年ですか?」

「そうだ、もしあのゴーレムを生捕りに出来れば、問題が一挙に解決する可能性もある」


 ルシオラとフィオナは直接目撃しているが、実際に戦ったのはメナスだけと言っていい。 キアラとラウラは、その姿すら見ていないのだ。 ユリウスはあの日何があったのか、改めて四人に説明する事にした。


「あの後、そんなことになってたんだ……」


 フィオナは、彼の拳がルシオラの【空気の盾(アトモス・シルト)】の呪文を一瞬で破壊し地面に大穴を穿ったのを目撃している。 彼の脅威の一端を肌で感じているのは間違いない。


「それで、メナスが蹴りを入れたタイミングで【転移門(ゲート)】を唱えて、アイツを【死の洞窟トートタール・ダンジョン】の地割れ(クレヴァス)の底に叩き込んでやったんだ」

「【死の洞窟】の…… 地割れの底……」


 しまった…… と、ユリウスは思った。 これはルシオラの耳には入れなくていい情報だったかも知れない。 何か取り繕おうかと逡巡する間に、ラウラが尋ねた。


「それで、()はどうなったんでしょう? 破壊出来たとは思ってないんですよね」

「あ、あぁ…… 実は先日、メナスとふたりで現地に行って来たんだ。 もちろん彼の姿はなかった。 かわりにアダマンタイトと思われる、足の骨が一本見つかったよ」

「アダマンタイト! それここにあるんですか⁈ もしあるなら──」


 ラウラとキアラが興奮して立ち上がるのを、ユリウスは両手で制した。


「すまないが今ここにはない。 実は、ある鍛治師の防具屋に預けてあるんだ」

「鍛治師の防具屋…… それって、ひょっとしてブライ・ベルンシュタイン?」

「知っているのか? キアラ」


 ユリウスが驚いて聞き返す。


「一応有名人だもの。 王国唯一のドワーフにして、腕利きの鍛治師…… 元伝説の【Sクラス】パーティー【鷹の爪(ホークズ・クロウ)】のメンバー、ブライ・ベルンシュタインでしょ?」

「えっ…… そうなのか? オレはてっきり、只のドワーフ鍛冶師の爺さんかと……」

「あっきれた! 三賢人ともあろう人が、そんな事も知らないなんて!」


 当時のユリウスは研究室に引きこもり世俗と断絶した日々を過ごしていたのだ。 そのために手に入る限りの書物を手に入れ、目も通していたつもりだったが、いかんせん興味の無い分野は、とことん疎いままなのであった。


「あの爺ちゃん、ギルマスの爺ちゃんとパーティーメンバーだったのかー なんか雰囲気似てると思ってたなー」

「あ、わかる〜 笑い方とか、物腰とか〜」


 メナスもフィオナも感心しきりである。


「あの…… 司祭(ビショップ)のトロイさんと、(サムライ)のダンさん、忍者(ストライダー)のノヴァ・シュヴァルツさんもメンバーだったんですよ」


 小さく手を上げて、ルシオラが捕捉した。


「えぇ〜〜っ⁈ お師匠も伝説のパーティーのメンバーだったのぉ〜〜っ」


 ユリウスの更なる驚きは、フィオナの黄色い嬌声にかき消されてしまった。


「実は彼に、アダマンタイトの加工が出来ないか頼んでいる最中なんだ。 明日明後日にも寄ってみるから、皆んなで行ってみるか」

「「ぜひ!」」


 キアラとラウラが声を揃える。 そのままアダマンタイトの加工法から錬金術談義に花を咲かせる二人を見ながら、ユリウスは今日の会議はそろそろお開きにするべきと悟った。


 おそらく、あのゴーレムの少年には前回と同じ手は通用しないだろう。 何らかの対抗策を用意してくるに違いないとユリウスは確信している。 例えば【転移門】は非常にデリケートな術式なので、簡単な【術式阻害】の呪文でも打ち消す事が可能なのだ。


 正直、彼への対抗策はユリウス独りでも何とかなるかも知れない。 しかしそれには、然るべき時と場所が必要だった。


 今の彼にとって、仲間たちや他の人々に被害が及ばないようにする事が、一番重要な課題なのだから。


これでストックもあと二つほどになってしまいました

また少しずつでも書いていかないと……

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