100 ~実技試験ふたたび〜
記念(?)すべき、100話目です
だいぶ間を空けてしまったので、あまり感慨はありませんが…… これからもよろしくお願いします
その後はラウラとキアラの研修も予定通りの日程で滞りなく終了し、ふたりは共に魔術士として実技試験を受ける事となった。
これは異例な事なのだが、もちろん試験官はユリウスたち四人の新人パーティーだ。 もとよりSランクの冒険者志願者が一度に二人も現れたり、そのうちの一人が【騎乗型のゴーレム】に乗ったまま冒険者登録をしたいと申し出たり、挙句には二人揃って試験官を逆指名するなど異例尽くしの実技試験である。 これ以上変わった事が加わっても、もう驚くには値しないだろう。
ふたりの研修期間中は、皆それぞれ休養に充てて過ごしていた。
ルシオラは、たまたまパン屋の休暇が取れたシャウアと久々に水入らずの時を過ごしていたし、フィオナも侍の師匠ダン・アウゲンブリックの屋敷に顔を見せに行ったようだ。
ユリウスとメナスはと言うと、ドワーフの工房に様子を見に行きたい気持ちを堪えて(おそらく数日程度では何の進捗も得られていないと思われたため)メナスは日がな一日、窓際に座って読み差しの本に目を落とし、ユリウスも忙しさにかまけてサボっていた近年の国家情勢や魔術、科学、錬金術などの進展状況を調べていた。
一度ギルドに小用で顔を出した際【盗賊】の師匠にあたる、バーン・トラバントにも会う事ができた。 彼は相変わらず左腕に包帯を巻いているようだった。 これは余談だが、ユリウスは彼の勧めもあって密かに筋トレを始めることにした。
体内の魔素を無意識にコントロール出来る彼は、39歳の実年齢にして20代半ばの身体能力と外見を労することなく維持していた。 しかし先日フィオナとルシオラの体内を循環する魔素の流れを改善してやった際、それぞれが目を見張るパワーアップを果たしたことを受けて、自身の意識にも変化が現れたのを自覚せずにはいられなかった。 自分だけ汗も流さずに魔力の才に胡座をかいていていいのだろうか。 彼は暇を見つけては街中をジョギングしてみたり、腕立て伏せや腹筋にも時間を割くようになっていた。 やがて効果が現れれば、基本的な身体能力が劇的に向上するかも知れないという期待もあった。
いつか訪れるであろう『彼』との再戦をも視野に捉えて──
そして実技試験当日。
ラウラとキアラに加えてユリウス、メナス、フィオナ、ルシオラの計六人は(ユリウスたちの時と同じように)徒歩にて【試練の洞窟】へと赴いた。 頭上にはよく晴れたハイキング日和の青い空が広がっている。
無論キアラは【搭乗型ゴーレム】無しでの試験である。 優れた錬金術士である彼女は、魔術の素養も高いため魔術士として冒険者登録をする事になった。 これは冒険者ギルドにそもそも【錬金術士】と言う職業自体がカテゴライズされていないためだ。 しかし彼女は高い素養に加え、初めてギルドを訪れた際バジリスクの頭部を持参していた。 近年世間を騒がせている【彷徨える魔獣】と呼ばれる現象の報告と、その討伐実績を加味されて【A+】という高い評価を得ていたのだ。 これも異例と言えば異例の待遇である。
試験自体は予想通り、さしたる問題もなく順調に進行していった。 ふたりは魔術士なので本来試験官であるメナスとフィオナが前衛に立ち、それを如何に支援するかが採点の基準となった。 いままでユリウスたちのパーティーには表向き攻撃魔法の専門家がいなかったので新しい戦術が期待できそうだった。
「こういう密閉型の洞窟系のダンジョンでは、炎系統の魔術は極力控えること──」
「わかってるって、空気が薄くなったり毒が発生したりするんでしょ…… 先生に耳にタコが出来るくらい聞かされたわよ」
「もともと知ってたし常識だしね」
ユリウスの警告にキアラとラウラが小声で愚痴る。
「試験官にそ〜いう態度はどうなのかな〜」
フィオナはせっかくシンが助言しているのにと、少しご機嫌斜めな様子だ。 そんな一行を最後尾のルシオラが微笑ましく見守っている。
今回も主に出現したのは【腐肉喰らい】という大型昆虫だった。
5〜60cmくらいの大きさで光沢のある暗緑色の外皮を持つ肉食の甲虫だ。 それが通常4〜10匹くらいの群れで徘徊している。
だいたいメナスとフィオナが盾になり、受験者の2人が【魔法の矢】などで撃退した。 【魔法の矢】は初級の魔術士呪文で、ダメージこそ低いが必中の魔法の矢を放つ使い勝手の良い呪文だ。 レベルの高い相手にはそもそもダメージが入らなかったりもするが、一方でアンデッドや魔法生物など通常の武器が効かない敵にも効果がある。 さらに術者の熟練度が上がると、一度に放てる矢の数が増えていくと言う特殊な呪文でもあるのだ。
ラウラは3本、キアラは2本の矢を同時に放てた。 素養は高いものの覚えたばかりの2人には、それでも凄い事なのだ。
ちなみにユリウスは、一回の術式で数十本の矢を出現させる事が出来た。 まさに「基本にして王道」の呪文と言えよう。
何度目かの群れとの遭遇の時、ラウラがそれに気付いた。 そこは地下二階の大広間の横道…… 例のパーティー、【デスペラード】が非業の最期を遂げた場所でもあった。 その小道はかなり昔、おそらくは炭坑だった時代から落盤で行き止まりになっていて先に進む事は出来ないのだが…… どうやらこの掃除好きの昆虫たちには、どこからか通り抜ける事が出来るようなのだった。
「ねぇ、あの虫だけ何か色が違いませんか?」
ラウラの声に皆がその死骸に目を向ける。 薄暗い小道に【永続する光】の明かりが灯る中、確かに一匹だけ他の虫と違った光沢を反射する死骸がある。 いや、よく見るとそれは一匹ではない。 十匹近い群れの内、三匹ほどの個体が他とは違う銀灰色の鈍い輝きを放っていたのだ。
「これは…… ザントシュタイン山脈の東側にしか居ない種類の【腐肉喰らい】ですわ」
「どういうこと……?」
まるで見当がつかない様子のフィオナが訊ねる。 ヴェルトラウム大陸の中央を南北に走り人の勢力圏を事実上東西に分断しているザントシュタイン山脈。 その高い山並みに隔てられ動植物はもちろん昆虫たちにも、その生態系には影響がある。
「ザントシュタイン山脈東側の北部は豪雪地帯として知られています…… この色合いの【腐肉喰らい】は、確かそこにしか生息しない種類のものだった筈です」
「よく知ってたな、ラウラ」
ユリウスも知識としては知っていたが、いかんせん昆虫にそこまでの興味がない。 薄暗い洞窟の中、ラウラの指摘がなければ間違いなく気が付かなかっただろう。
「私は大陸最西端のルベール族出身です。 なので帝国に連れてこられた時には動植物の様子の違いに随分驚いたものです」
「なるほどねー」
メナスも感心したように感想を漏らす。
「ちなみに私の故郷の【腐肉喰らい】は、黄褐色の物が多いいんですよ。 まれに黄金色に輝く個体もいて、それは太陽神の遣いとして遭遇しても見逃されていたりします」
「【腐肉喰らい】って、どこにでもいるんだね〜」
フィオナも感心したように頷いている。
「そう言えばこの色の個体はみんな、少し小さい気がするな」
「そうですね…… 私の故郷の物は、逆にもっと大きくなりますよ?」
「うへぇ〜 それは出来たら会いたくないなぁ〜」
フィオナの大袈裟な顰めっ面に場が和んだ頃、ふとルシオラが気が付いた。
「そう言えば、あの時も何も居なかった筈の行き止まりに虫たちが集まっていたんですよね……?」
ユリウスの脳裏に【デスペラード】たちの無惨な姿が一瞬よぎる。
「と言うことは、つまり──」
「この通路の先はザントシュタイン山脈の東側まで続いている……?」
その時ここにいた皆は、ヴェルトラウム大陸を東西に縦断するという伝説の地下大迷宮【ドワーフの大洞窟】を思い浮かべていた。
「もしかしたら、この【試練の洞窟】も繋がっているのかも知れないな……」
ユリウスが独り言のように呟く。
「もう試験はこれ位でいいのではないかしら? 一応この事もギルドに報告しておきましょう」
神妙な面持ちのルシオラが提案する。
「そうだな…… そうしよう」
ユリウスは、すぐにもあの地図を開いて通路を確認したい衝動に駆られたが、それは辛うじて堪えた。 この狭い通路では、あの巨大な地図は展開しきれないし、そもそもあれはラウラに無断で複製した物なのだ。 複製を作ったことを彼女に話してからの方がいいだろう。
試験結果は当然二人とも合格だった。
そればかりか【腐肉喰らい】の亜種の発見は高く評価され【試練の洞窟】の一時封鎖と熟練冒険者による再調査が行われる事が決定した。
普段は柔和な雰囲気を醸し出している冒険者ギルドのチーフ・オフィサー、マルモアが最近の激務で疲労が蓄積しているのか、だいぶ憔悴している様子が見て取れた。 報告後すぐに研究調査班のハイメルが駆けつける。
「これはおそらく…… 【彷徨える魔獣】とは関係ありませんね。 むしろ【試練の洞窟】が帝国領に繋がっていると考える方が自然でしょう」
ひとつだけ持ち帰った銀灰色の【腐肉喰らい】の死骸を観察しながら、若き研究員は眼鏡の縁を押さえた。 彼は【彷徨える魔獣】における、魔物の異常分布を調査する責任者という立場らしい。
「それでは皆さん、お疲れ様でした。 合格したお二人の冒険者たちにおかれましては、今後の活躍を期待しております」
少し間を置いてゆっくり息を吸ってから、マルモアが一堂を見渡した。
「メナスさんたちのパーティーは…… 引き続きもう少しだけ待機して頂けると助かります」
二人の新人冒険者に配慮したのだろう。
【彷徨える魔獣】の原因と思われる超小型の蜂型ゴーレムの存在は、一部の冒険者たちにしかまだ知らされていない。 ユリウスたちのパーティーは、その調査のためのクエストを受けるべく待機しているのだった。
キアラが、三賢人のミュラー・フォン・ライヒェンシュタイン…… 失踪したツェントルム王国の筆頭宮廷錬金術師の孫娘ということは当然マルモアも把握している。 しかし蜂型ゴーレムが彼の発明品に酷似している事は、まだ伝えるべきではないだろう。
胸に引っかかるような何かを感じながら、ユリウスたちは冒険者ギルドを後にする。
王都ミッテ・ツェントルムの目抜き通りは、すっかり黄昏に包まれていた。
5年前に書き上がっていたストックもとっくに尽きまして、改稿しながら読み直している間に書いた物がこの辺になります 今は少しずつ暇を見つけて続きを書いておりますが5話も貯まっていない状態ですね 一週間に一度くらいは更新したいと思うのですが…… 気長にお待ち頂ければ幸いです




