第八話:魔法の力は誰もが羨む強さを秘めている
茹でたガッツさんを食べてみて。何の悪気もない満面の笑みであるコトに、要らないなんて言えないエンサ。人間の男にしか聞こえないガッツさんの一言に怪訝そうになりながらも、一口だけ食べてみた。可食部分であるという人間の腕に似たところを齧る。触感としては、確かにジャガイモに似た感じ。だが、味はジャガイモでもサツマイモでもない。何だろう?
「肉?」
しつこくない味。あっさりとした感じで、地味に鶏肉のような風味も受けられる。ガッツさんを茹でた鍋で肉を入れているわけでもない。もし、入れていたら、独特の肉の臭みがするはずだからだ。
「あっ、茹でたらガッツさん美味しい」
コトは大満足のようで、これならば、いくらでも食べられると言っていた。そんな彼女の傍ら、エンサはなぜに鶏肉のような風味がするのか疑問を抱いていた。そうしていると、茹でられて美白となったガッツさんが――タンパク質、コラーゲンは豊富にあるぞ、と教えてくれた。そういえば、ポチも言っていたな。ガッツさんにはたんぱく質があるから、苦手でも多少は食べろ、と。この食に関して限られた森の中で、狩りができない者にとってはありがたい食品だろう。もちろん、得物がこの錆びた鉈しかないエンサも同様の話だ。
そのように、美味しくガッツさんをいただいていると――。
「いいにおいだな」
突如として茂みの中から赤い肌をした魔物が現れた。顔がいかつくて、こちらに敵意を持っていそうな雰囲気である。この緊急事態に、エンサは鉈を手にして構えた。こちらに攻撃でも仕掛けてくるのか。このちょっと強そうなのか、そうでもないのかわからない魔物に勝てるのか。不安要素はいっぱいある。そんな中、コトは暢気に「ダルマさんだ」とあれ、知り合い?
「久しぶりだねぇ。お散歩?」
「まあな。でも、最近、森の木が伐採されているという噂を聞いてな」
コトにダルマさんと呼ばれた赤い魔物は周辺を見渡し、最後にエンサの方を見た。
「お前さんが、森の木を伐った野郎か」
「だったら、なんだ。場合によっては貴様も斬るぞ」
果たして、この錆びた鉈でどうにかなるものだろうか。そのような疑心がエンサの頭や胸に過る。いくら、コトと知り合いだとしても、こちらには敵意を持っていることだってあるのだから。
いつでも戦うぞと言わんばかりに、鉈を強く握りしめる。じっとこちらを見てくるダルマさんであったが――「それはお前さんの得物か?」と手に握る鉈に注目し出してきた。別に嘘をつく理由がないため、頷くエンサ。
「だからか。ここらじゃ、下手くそな木こりがいるって言うから」
「……先ほどから貴様は噂とか言っているようだが、誰がそのような噂を流しているのだ?」
「そりゃあ、森の住人とか。あと、後ろの……今はポチなんて呼ばれているやつからの情報だよ」
「つまり、下手くそな木こりと称したのは、私の後ろにいる王狼か」
「よくわかったな、人間のくせに」
「そこまでの罵倒を浴びせるのは彼しかいない」
「じゃあ、仲がいいのか。よかったな」
仲がいいだって? どこからどう見たら、そんな結論にたどり着いたのだろうか。ダルマさんの物言いに少しだけ不機嫌になるエンサだったが――。
「不貞腐れたいのはこっちの方だ」とポチの横入りが。
「吾輩らは仲良しこよしではない。精々、百歩譲ったとしても、吾輩が犬でそいつは猿だぞ」
「犬猿の仲か。でも、結局は『仲』ではあるんだよな? じゃあ、仲良しに変わりない」
どちらにせよ、嬉しくないことである。ダルマさんが敵ではない様子であるとわかってから、エンサは構えを解いた。それと同時にコトが「ダルマさん」と訊いた。
「もしかして、王子を見に来たの?」
「王子? お前さん、人間の国の王子なのか。なるほどね、だからか。下手くそな理由って。いや、木の伐り方が気になってな。それじゃあ、この伐られた木たちが可哀想だ」
「伐採にコツがあるのか?」
「コツではない、得物に問題がある。本当はコトの知り合いでもなければ、殺そうと思っていたところだが……」
そう言って、ダルマさんがエンサに差し出したのは、鉈と同様に錆びた一本の斧だった。しかしながら、彼は「魔法の斧だ」と言い張る。どこからどう見ても、錆びた斧なのに。もしかして、魔法を使うのか?
「私は魔法が使えないのだが」
「おっ、人間なのに魔法剣とかを知らないのか?」
「それは知っているが……」
「私は知らなーい」
会話の中へと入ろうとするコトに、彼らの話を邪魔してはならないとポチが彼女の服の裾を引っ張った。
「コト、王子のガッツさんでも食べてろ」
「うん、わかった」
これで邪魔にならないだろう。ポチの指示に満足する二人は話を再開した。
「知っているなら、話は早いな。これはそういうものだ」
「だが、この斧はどこからどう見ても、使えるのかあやしいぞ」
「まあ、騙されたと思って、使ってみろ」
エンサは言われるがまま、錆びた鉈を地面に置き、受け取った魔法の斧を手にして、少しだけ離れた場所にある木の前に立った。
「一振りだけだ。一振り渾身の力を込めろ」
力を込めろ。その言葉通りに、柄を強く握りしめると、根本付近を一度だけ叩いてみた。すると、どうだろうか!
「うわっ!?」
たった一度だけ木を叩いただけなのに、その木が倒れてしまったではないか! あまりの衝撃にエンサだけでなく、ガッツさんを食べていたコトも、それを見守っていたポチでさえも驚きを隠せなかった。
「なんだ、この斧は……!」
「何って、俺の力作だ。偶然にも落ちていた斧に俺の唾を吐きかけて磨いた。それだけの話だ」
「恐ろしい唾液だ」
「褒めても、それをやるか唾をあげることしかできねぇぜ?」
「唾液は遠慮しておこう。……しかし、この斧さえあれば、木材集めも安易だろうな」
いいものをもらった。そう嬉しそうにエンサは魔法の斧を眺める。きらきらと目を輝かせていると「お前さんは何の目的があって木を伐っているんだ?」そうダルマさんが問い質してきた。この疑問に、エンサは「この森を出るための準備をする拠点造りだ」と素直に答えた。
「今すぐにでも、この森から脱出を謀りたいのだが、出口が見えなくてな。そこで、拠点を構え、確実に森から出られそうな場所を探し出そうと思っていたのだ」
「ああ、そうかい。それなら、森を破壊するためじゃないんだな?」
「もちろんだ。こうして、コトやポチ、ダルマさんが私に手を貸してくれることで、格段に脱出できる要素が強みとなる。三人には感謝してもしきれない」
「ほう、この人間の王子は礼儀正しいやつなんだな」
ダルマさんがエンサの性格を評価していると、コトが「そうだよ」と大きく頷いていた。
「エンサ王子はこう見えても、横柄な態度はあまりとらないよね。私にも木を伐れとか家を造れとか言わないし」
「人には適した仕事がある。私の場合は脱出するための体力づくりの一環も兼ねているからな。本当は、コト。貴様も多少はした方がいい。崖を登るなら」
「崖登りは決定事項なのか」
「そっか! 登らないと出られないもんね! じゃあ、私も手伝うよ!」
そう意気込むコトが伐採した木を運ぼうとするのだが――。
「重い、無理」
当然の結末がそこにあった。そんな彼女を見かねて、ダルマさんも手伝うと言ってくれたことに、エンサはかなりの感謝をするのであった。