第99話 凍てつく泥
床であるはずの天井が崩れ落ちて世界が狭まっていく。ノアは地下の通路を全力疾走し、二つの影と飛び交う攻撃を全て叩き落としていた。こちらもナイフを投擲することで反撃を試みるも弾かれるだけで、瞬きさえ許されない時間の中に無数の火花が散っていく。氷の剣が正面から飛来し防ごうと構えた瞬間、地面が陥没する。そのせいで体勢を崩したノアの横腹に剣は刺さり、後方へと吹き飛ばされた。相手は氷と土の異能をフルに操り、ノアの命を削っていく。息継ぎをする隙を探すが攻撃は止むどころか更に激しくなっていきノアは苦しげな表情を浮かべた。その刹那、また地面に力が収縮し、歪み始めるのを眼で捉えたノアは身体を思いきり捻る。だがそれでも次の一手を避けきれず、ついに手から短剣が落ちる。いや、短剣が手から離れたわけではなかった。手が腕から離れたのだ。ノアは、手首から先を切り落とされて武器を失ったまま地面を転がり回る。その様子を二匹の幻獣が冷静に観察していた。
(この強さ、上にいたやつらとは明らかに違う。騎士隊長クラスが二人。 何でそんな奴らがこんな所に、 狙いは僕一人だけ?)
ノアは舌打ちしながら立ち上がり、手首をひねって音を鳴らす。
「ふん、もう再生したの? 流石は不死鳥ってところね」
まるでノアの力を知っているような口ぶり。だがその事を考える暇は貰えないようで、次の攻撃が始まった。
ノアはロキ達と一緒に教会へと突入した。扉を開けると、武器を持っている大勢の亜人達が向かってきたため臨戦態勢に入った。だが次の瞬間、ノアの足元が無くなった。正しく言えば、床が突然液体となりノアを取り込んだのだ。落ちていくノアを、ロキとメアリィは慌てて掴もうとするが間に合わずに地下深くに落とされてしまった。受け身を取り、難なく着地することは出来たのだが、そこでは二匹の獣族がノアを待ち構えていた。
どちらも若く、歳はノアとそう離れていないだろう。一本の捻れたツノを持つ女と白い翼を生やす男。それだけ聞けば鬼族と天空族だと思うだろう。だが、どちらも馬のような耳をしており正真正銘の獣族であった。それは幻の獣、ユニコーンやペガサスと言われる生き物であった。二人は研ぎ澄まされた技術と巧みな連携でノアをじわじわと追い詰めている。だが、相手は二人がかりでと決して優勢だとは思っていなかった。ノアが想像以上に強かったからだ。
「くそ、速すぎる。 おい、あいつの足を止めろ!」
「やってるってば! でも避けられる。あの動き、きっと呪い持ちよ」
二人は異能力でノアを問答無用に塗り潰す。だが僅かな隙間をかいくぐって避けるノアを見て、女はある可能性を感じた。それは呪いの力。自分達の攻撃がここまで避けられるのは不自然だと考えたのだ。
「おそらくあいつは未来が見える」
土の異能でノアの足を埋めようとした時、地面が歪み始める前に明らかに反応をしていた。その事から、未来予知ができるという結論にいたった。
「まじかよ。 再生能力に加えて未来予知、いや〜な相手だな」
「とにかく!生半可な攻撃は通用しないわ。なによりあの再生力、ダメージを与えるよりまずは動きを封じることを頭に入れながらやるわよ!」
床も壁も、天井すらもぐにゃぐにゃになっていく。ユニコーンの女は地下で戦えば無類の強さを誇っていた。ここまで自在に操れる異能力者となれば相当の才能を持っているのだろう。
そして今、その力でノアを押しつぶす気だ。
「冗談じゃない!」
ノアは歪む地面を駆け巡り、まだ女の異能の影響下にない場所へと移動する。あの二人に挟み撃ちにされないよう常に動く必要があるのだが、男の氷剣もまたノアの道を塞ぐ目的で飛ばされてくる。そして足が止まった瞬間、地面を泥状に変えられ足をとられてしまった。足が沈んだ瞬間に地面はまた個体へと戻り、両足を埋められてしまったノアは二人の連携を前に、頰の上を汗がつたうのを感じる。
「ふう、やっと捕まえた。 随分と手こずらせてくれたわ」
「別に殺す気は無いが俺達と来てもらうぞ」
動けないノアの周りに、氷剣を漂わせて二人は息を吐いた。二人も呼吸する暇が無いほどノアの動きを止めることに必死だったのだろう。二人のその息は安堵の息だった。ノアを捕まえたことで目的を果たせたと思ったのだろう。
だが、ノアは捕まったなどと微塵も思っていなかった。ただ足が埋められて動けなくなっただけ。それだけだ。
「ふぅん、僕はお前達を殺すけどね」
ノアはにこりと微笑むと、両足を引きちぎった。
「なっ!?」」
二人揃ってノアの行動に目を剥く。両足を動けなくすれば捕まえたと思うのは普通だ。だからこそ、普通からかけ離れたノアに驚かずにはいられなかった。
「こいつ、正気かよ!?」
ブチブチと音を立てながら筋肉や骨ごと断つのは尋常じゃない痛みが伴うはずだ。それなのにノアは表情一つ変えなかった。手元に剣が無いからという理由で躊躇なく力づくで足を切り離したノアに恐怖を覚えた。
「早く構えて!」
ノアは足が解放されると、翼を広げて男に殴りかかる。男は未だ動揺しており隙だらけで反応は間に合わない。しかしノアの拳が男に当たることはなかった。
何故なら女が異能を使い、ノアと男の間に厚い壁が作り出したからだ。男はそのまま壁の奥へ入り離脱する。
(やっぱりこの女のほうが厄介だ。 先に殺るならこの女からだな)
女の異能のせいで、狭い通路ということもありノアの動きは大幅に制限されている。それに比べて男は女との連携で壁の中から自在に飛び出してこれるため、眼を使って常に警戒しておかないといけない。
ノアは空間から投げナイフを取り出し、女へ向かって投擲した。そのナイフは壁を作られて防がれる。だがまた違う角度からナイフを放った。
「ふん、当たらないよ!」
女は後方へ飛び、ナイフを躱す。だがそれでもノアはナイフを投げ続けた。躱され、防がれ、躱され、防がれ、その繰り返し。それに何の意味があるのかと、女が疑問に思った瞬間に答えはやってきた。
「おい馬鹿! 」
「えっ!」
壁から飛び出してきた男は視界が開けると、すぐ目の前に女の背中があった。ノアは眼で二人の位置を把握して、男と衝突させるためにナイフを投げて女を誘導したのだ。
激しい勢いで衝突した二人は空中でもつれ合い、落下していく。
(女には翼が無い。 ならこれは避けれないだろっ!)
ノアは女に向かって十数本の刃を凄まじい速度で投擲する。
「させるかぁ!」
男は女の髪の毛を掴んで乱暴に振り回した。そのせいで長かった髪の毛はちぎれてしまったが、刃は女の足を掠める程度にすんだ。
「痛っ! ちょっと私の髪が」
「そんなこと言ってる場合かよ。 気を抜いたらこっちが殺されちまう」
連携を組み直すために二人は泥の中へと消えていった。
今の攻撃で仕留めきれなかったのはかなりの痛手だ。おそらく次は通用しない。次にまた相手の連携を崩すためにはどうすればいいか。さっきは足を引きちぎったことで動揺してくれたが、それももう無理だろう。
ノアは舌打ちしたくなる状況に顔を歪めた。
「こんなに強いなんて思わなかったわ」
「ああ、俺らが聞いた話だと下界のガキ程度だったはずだ」
「でもこれならもっと喜んで貰えるかもしれないわ」
「それもそうだ。じゃ、いっちょ頑張りますか」
「ええ、行くわよ」
二人は壁の中で愚痴を漏らしつつも息を整える。次は確実に倒せるように。一撃で落とせるように。
男と女は覚悟を決めたように顔つきを変えた。
「「我らの母のために」」
地面が柔らかくなり泥へと変わる。そして液体と化した地面や壁、天井から氷剣が無数に飛び出してくる。
ノアは全て見えているため、短剣を拾いあげて丁寧に全てを叩き落とす。だが二人は、ノアが未来予知の呪いを持っている前提で戦っているためそれも想定内。だから質ではなく量で、重みではなく密度で勝負にでた。
「っつ、キリがない。 何とかしないと」
壁や床は狭まっていき、氷剣はほぼゼロ距離から出現してきている。それも何十、何百と放たれる。その攻撃が十分ほど続いた頃からか、苦しさからか少しづつノアの対応に荒さが目立ってくる。そこへつけ込んだ二人は同時に壁から這い出てきた。
「ハァァア!」
「オラァァア」
だがそれすらも予測していたノアは身体を限界まで曲げて二人を避ける。ノアは。二人をおびき寄せるためにわざと荒さを目立たせたのだ。
絶好のチャンス。ノアは体勢から躱すことはできないであろう男の首めがけて剣を振り下ろした。
「クッソォォオ‼︎ これでもダメかよ」
「諦めんな!」
今度こそ殺せたと思えたノアの一撃は、女のツノによって防がれた。女は、男を守るために必死に頭を動かして捻れた一本角を剣とぶつけたのだ。ツノは剣によって砕けてしまったが、反動でノアの剣は反ってしまった。
「くっ、いまだァァァ」
男は翼を広げて宙で器用に方向転換をして、体勢を崩しているノアの顎を蹴り上げた。
「ッ……」
脳が揺れる。視界が歪む。火花が弾ける。
足がガクガクと揺れて制御できなくなり、ノアは泥の中へと膝をついた。
「もらった!」
動きけないノアの頭に深々と氷剣が突き刺さる。




