第96話 嫉妬の始まり
「お腹空いた〜。ノア〜噛んでいい?」
「さっき散々飲んでるだだろ」
「じゃあ舐めるだけでいいから」
「ダメ」
「メアリィ、隊長が困ってるじゃないか!」
首元に牙を当てようとしがみついてくるメアリを何度も払いのける。その様子を見たロキは、メアリィに注意はするが、メアリィの戦いぶりを見た時に恐怖を覚えたのか声は震えていた。だがあそこまで血塗れになって笑いながら戦う少女を見ればその気持ちになるのも分からなくはない。しかしそれでもロキは、隊長であるノアを困らせる後輩には注意してくれているようだった。
「お腹すいたんだから仕方ないじゃん。 ロキは私の邪魔するの?」
「え、いや。そういうわけじゃ……」
「おい!少しは真面目にやらないか。 今は任務中だぞ!」
騒いでいる三人に、ニコラスは咎めるように叱咤する。
今ノア達は任務で霧の中へと来ていた。ある子供が国の外へ出て行ったらしく、それ以来行方不明となっていた。外への憧れを捨てきれず中途半端な覚悟で霧の中へと入る子供は少なくないのだ。そして案の定帰れなり、それに気づいた家族が騎士達へと捜索願いを出したのだ。
「一刻も早く見つけてやらねばならないのだ。 家族の方達も心配している。そしてなにより!今も子供が怯えて俺たちを待っているんだぞ」
ニコラスの揺るがぬ正義感、それに頷く部下達。しかしメアリィは気に食わなかったようで、不機嫌そうに瞳をニコラスへと向ける。
「メアリィ、僕たちが悪いよ。メアリィも騎士になったんだから真面目にしないと」
何をしでかすかわからないメアリィをノアは早めに止める。メアリィなら気にくわないという理由だけでニコラスに斬りかかりそうだ。
「うぅ〜ノアが言うなら、そうするけど」
メアリィはがっくりと首を垂らすが、やる気は中々でないようだった。中央街の子供が居なくなった、それ以外の情報は無いため国からどの方角へ向かったかもわからないのだ。これは途方もない任務で、闇雲に霧の中を歩き続けるしかないのだ。
(それにしても何でこの男と任務に行かないといけないんだ)
ニコラスは葛藤を抑えるように心の中で何度も愚痴を繰り返す。元々は自分に与えられた任務だったのだが騎士長であるトオエンマがノアと一緒に行くことを命じたのだ。それは恐らく前回の任務でノアが先に組織の拠点を見つけ出したことが原因だ。その結果でノアの探索能力を騎士長が認めたということだ。
(つまり、俺よりあの罪人の方が優秀だと判断されたということ。 騎士長の判断に歯向かうか訳ではない。だが、しかしこれは……)
ニコラスは歯をくいしばりながら辺りを血眼で見回す。一度霧の中へと足を踏み入れた子供が発見され、無事に助かる可能性は限りなく少ない。それでも見つけてやりたいし助けてやりたい。その気持ちが半分、そしてもう半分はニコラスが自覚していないだけでノアへの対抗心に当ている。
絶対先に見つけたい、その思いがニコラスの心の炎を煽る。
「メアリィ」
「はいほーい」
ノアがメアリィの名前を呼び、それに答えるように少女が羽を広げた。
唐突に走りだした少女、ニコラスは怪訝そうにその行動を見ていると、いきなり霧が流れ出した。
「隊長ッ、機械生物です!」
濃い霧を掻き分け、突如現れた機械生物。驚愕し僅かに足を止めた者達を機械生物は容赦なく襲いかかる。だが、機械生物の牙が騎士達に届く前にメアリィが血の槍を成形し容赦なく破壊した。抵抗しようと機械生物は前足を振り上げるが、途端に粉々の鉄くずに変えられ巨大な鋼鉄の身体は何本もの槍に貫かれて停止する。
「うわぁ、すげえ」「全然気づかなかった」「何だあのでかい槍、呪い持ちか?」
その光景に部下達が賞賛して安堵の息をついたことにニコラスは悔恨の念を覚える。自分は機械生物の接近に全く気づく事が出来なかった。それなのにノアは気づき、尚且つ冷静に部下に指示して処理して見せた。ノアの索敵能力の高さは認めざるおないが、それを認めているからこそ部下の賞賛の声さえ苛立ちを感じ始めた。
いつものニコラスならば、機械生物にも気づけていた。だが心に波を作っていた今のニコラスにはそれすら気付けない。
「お前たち、この程度の機械生物に怯むな。 常に気を張っておけ」
「は。すみません!」」
自分の部下があの罪人の部下よりも劣っている。それは許されることではなく、部下達に半ば八つ当たりのような指示を出した。だが部下達は、その指示を隊長らしくないとは思いはしたが素直に頷いた。隊長の指示が絶対だと言わんばかりに、部下達はニコラスを信頼しているのだ。
(っ、何をやっているんだ俺は。 部下達が悪いわけないじゃないか。呪い持ち、そりゃ強いわけだ。 ああ、なるほど。 だからあいつは無理やりにでも手に入れるためにあの子を奴隷にしたのか)
ニコラスは親指の爪を噛みながら視線をメアリィに向けた。いつかあの子も魔の手から助けてだしてやる、そう強い決心を固めていた。
「ノア〜頑張って倒したよ。 でもね、でもね! 思ったより強くていっぱい血使っちゃった。 だから血が足りなくなった!」
メアリィはぴょんっとノアの前に来て自分の口に向けて指を指す。血をくれという意味だろう。だがノアは槍が突き刺さって粉砕された機械生物を見て苦笑する。
「明らかに無駄遣いしてたよね、あそこまで粉々にする必要もないし」
「そんなことないよ!ほんとだよ?だからちょーだい!」
目の前で跳ねているメアリィをどうするか迷っていると、ノアの眼が機械生物に襲われている子供の影を捉えた。
「メアリィ、ロキ。子供が機械生物の群れに襲われてる。 行くよ」
「はい!」 「それ助けたら血くれる?」
任務の目的である子供の命が「それ」扱いであることを苦笑しながらも、ノアは正確に位置を把握し走り出す。敵の数は多いが、ロキとメアリィに任せれば大丈夫だろうと、ノアは子供のもとへ駆け寄る。機械生物の牙が子供の顔を噛み砕く前に子供の体を引っ張り上げてなんとか助け出す。
「怪我はない?」
「は、はい」
ノアは子供に怪我が無いか確認をしながらも、そのやり取りの間に機械生物を倒していく。周りの機械生物はあらかた二人が倒してくれたようで、無事に任務は終わった。
「怖かったよぉ、ひっぐ。 ありがどぉ!」
子供は、吸血姫に血を吸われているノアを潤わせた目で見上げながら何度も頭を下げて感謝をする。
その様子を、一足遅れて来たニコラス達は眺めることしか出来なかった。
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「あり得ない。何なんだあいつは」
ニコラスは廊下に荒い足音を響かせる。自分は子供の安全を想って懸命に努力した。しかし実際子供から見れば命を助けた英雄はノアであり、周りの部下達の目にもそう映っていたに違いない。何でこんなに苛立つかはわからないが、ニコラスはノアの何もかもが気に入らなかった。
「わっ、ニコラスさんじゃないですか!」「キャー!ほんと!」「握手してもらっていいですか!?」「いつも応援してます!」
考え事をしていたニコラスはいつのまにか食堂に来ていた。ニコラスはいつも第一王女の守りびととして王族の大食堂で食事を取っているためここの使用人達にとっては珍しかった。そしてニコラスの人気は絶大だ。この国の東区を守る存在、そしてその騎士達の中で一番隊隊長を任される男であるニコラスの名前を知らぬ者などいないのだ。それほどの男と偶然鉢合わせたなら、若い女性達が群がるのも当然のことだった。
だが今のニコラスにはその声援が重く感じた。
「はぁ、うまくいかないな」
ニコラスは静かな場所を探して食堂の中へと入った。もう時間も遅いため、電気は消されて食堂には誰も居なくなっている。この静けさと暗さが今は心地いい。
ニコラスは適当な椅子に座り重いため息を吐いた。
何にたいしても疲れを感じる。劣等感を覚えたのいつぶりだろうか。そんな考えがぐるぐると頭の中で流れる。
一対一でノアと戦えば絶対に勝てる自信があるし、実際に今ノアがニコラスと本気で戦ってもニコラスが勝つだろう、それほどまでにニコラスは強い。だがそれでもニコラスの心は晴れなかった。
そんな時、視線を彷徨わせていると空に浮かぶ二点の光が現れた。
「うわっ!? なんだ!」
驚きのあまり、ニコラスは思わず席を立ち叫んでしまった。幽霊などを信じる性格ではなかったが、この時ばかしは本当にどきりとしてしまった。
「いや、女の子……か?」
だが落ち着いてよく見れば、その光の正体は少女だった。その少女は猫の亜人であり、猫のようなアーモンド型の瞳が光を反射していただけだったようだ。
(気配なんて感じなかったから誰か居るとは思わなかった。こんな使用人の少女の気配にも気づけないほど俺は疲れてたんだな)
一人で居たかったのだが、今の声で使用人の少女に自分がいる事はバレてしまっただろう。ニコラスはまた黄色い声援をかけられると思って眉間にしわを寄せたのだが、その予想は裏切られる。その少女はまさに無反応。一度こちら向いたにもかかわらず、興味を持てなかったように視線を手元に移したのだ。
そんな対応を取られた事がなかったニコラスはむず痒い感覚に襲われる。
(な、なんだこの子。ここで黙ったまま出て行けば失礼かな。 一応声をかけてみるか? )
「そこで、何してるんだ?」
「…………………料理」
いきなり声を上げたため驚かしてしまったと思ったニコラスは出来るだけ優しく声をかける。すると少女は一言そう呟いた。視線を自分に向けることもせず呟くだけ。えらく素っ気ない態度だ。だがそんな少女の態度が逆にニコラスには新鮮に感じ、興味を引いた。




