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成れ果ての不死鳥の成り上がり・苦難の道を歩み最強になるまでの物語  作者: ネクロマンシー
第3章 妨害し続ける身分
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第93話 愛おしい音と知らない匂い

 食堂では騎士達が成果を祝い酒を交わし、歌を歌う。騎士達の固い足音、食器が重なる金属音、食事にありつく咀嚼音。音は多種多様な形で反射し合い、耳の中へと濁流していく。だがそんな中でもコツコツと、馴染みのある足音だけははっきりと届いた。こんなに様々な音が波を作っていにもかかわらず、足音だけはすぐわかる。それほどにこの音が愛おしい。

 それからは脳が自動的に遮断してくれているのか、他の音は聞こえなくなった。笑い声や怒鳴り声、何を差し置いても優先したい音があるからだ。自分に話しかける騎士や視線を送ってくる人混みを無視して、少女は一直線に進んでいく。足取りは軽やかで今にも走り出しそうなほどに。もう何年、何十年会ってないかはわからない。本当は数ヶ月も経っていないのだろうが想いの前では時間などただの数字で、幾らでも流れる速度は変わっていく。一緒に居れば早く流れ、そうでなければ永遠にも感じ得る。だからそんな心が自分は嫌いだ。でも、そんな嫌いな心に目一杯(めいっぱい)振り回されてしまうのが辛くもあり幸せでもある。


 少女は止められない想いに身体を動かされ、溢れる気持ちを声に出す。

















 ノアはお腹に軽い衝撃を受け、両手に下げていた食材の袋を床に落としてしまいう。野菜が袋から溢れ落ちるのを目で追いながら、ホムラはあんぐりと口を開けていた。袋で手が塞がれていたため、飛び出してきた少女を受け止めきれなかったノアも目を丸くして固まっていた。


「……ノア、やっと会えた」


 少女は嬉しみに満ちた声色でノアの名前を呼び、ぽすんと腹に顔を埋めた。


「え、……テト?」


 ノアは理解しがたい現状に怯み、パートナーである少女の名前を口にする。黒いリボンがあしらわれた白のレース。エプロンの下には膝下まで伸ばされたスカート。白黒のカチューシャから生えるのは、猫耳と控えめなラインを描くお尻から覗かせる尻尾。

 そこには黒と白の2色に固められたメイド服を着たテトの姿があったのだ。その見た目から印象はガラリと変わってはいるが、どこから見てもテトに間違いはない。


 しかしノアの言葉に対し、テトの返答が無く、少しの間沈黙が続いた。その様子を見た何人かの騎士達が立ち上がる。

 その者達はテトに好意を抱いていたのかもしれないし、ただノアが使用人との間で前歴があるため心配しただけかもしれない。多くの者は罪人であるノアと使用人のテトが密着することに気を立てたのだ。しかし、そんな良からぬ気配を放つ騎士達は、異変を察知したテトの一瞥する眼差しによって黙らされる。その鋭い眼光は猫ではなく虎。邪魔をするなと目で語るテトに、戦い抜いてきた騎士達ですら何も出来ずにストンと席に座った。

 皆が静まるのを確認して満足したテトは、目を細めると改めて顔を埋め直した。

 何故か動かなくなったテトや騎士達、ノアは周りの視線も相まってか気まずさを覚え、抱きつかれたままなんとか一歩下がり扉を閉めた。

 ホムラや他の騎士達はポカンとした表情でその一連の流れを見送っていた。







「おーい? テト〜」


 廊下に出たノアは顔を伏せているテトの肩を揺する。ここに居るはずが無いパートナー。何故か動く様子が無い黒猫。聞こえるのはくぐもった息づかいだけなメイド。それらの情報で困惑するノアを放置して、テトは思いっきりノアの全てを堪能していた。

 絶大な安心感に包まれているテトは、ノアの声は聞こえているにもかかわらず、中々動けず顔が離せないでいた。抱きついているのか抱きつかれているのか、自分でもわからなくなるほど溶かされていく永遠のような一瞬。


 至福の時を味わえたテトは、膨大な欲をどうにか押さえつけて顔を上げた。


「……ダメだった」


「え?」


「我慢、できなかった」


 テトは、尻尾をゆらゆらと揺らしながら緩みきった表情ではにかむ。







 テトは使用人として城の中へと侵入した。タルタロスは今、メンバーが順調に増えつつあり勢力が増えているのだという。そのためテトが抜けてもなんとかなる程度になったことと、人数が増えれば増えるほど縮こまってしまうテトを見てユグドラ達が許可を出したのだと言う。

 それに侵入したと言っても、雇って貰うための条件を守り、きちんと正規のルートを通ってきた。テトはそこで、騎士になっているであろうノアに一番会える可能性の高いものを選ぼうと、メイドとして働くことにした。しかし働き始めてからいつまで経ってもノアが現れることは無く、言いよって来るのは興味のない他の騎士達だけだった。テトは顔が覚えられていないが、幼い頃の素顔、仮面を被った顔、どちらも賞金がかけられている。それで無くとも他人と触れ合うのが苦手なテトは、使用人として働くのは苦痛だった。そのうえ、使用人として働く以上勝手なことは許されないため探し回る事なんて出来ないのだ。それでもノアに会えることを信じて頑張った。

 そして今、その努力が報われたのだ。


「それにしても、よく上界に住む資格を取れたね」


「もともと上界の紋章は持ってた」


「ああ、テトは貴族だったもんね」


 テトはこくんと頷いて、話が終わったのを確認するとまたノアに抱きつく。ノアの笑み、ノアの声、ノアの匂い、ノアの感触。その全てを目で、耳で、鼻で、体全体的で感じようと必死に体をよじる。しかしすんすんと形のいい鼻を鳴らした後、テトは少しだけむっとする。


「ノアの匂い、前と違う」


 知らない匂いだ。だがそれも当たり前で、ノアは使用人専用とはいえアリスと一緒に上界の浴槽を使わせてもらっているのだ。石鹸やお湯など、下界の水浴びとは何もかもが違っている。それにアリスやメアリィと触れ合うことが多いため、その匂いもノアの体へと染み付いていた。


「むぅ」


 自分が知らないノアがあることが少し悔しくて、テトはノアの体に顔をすりすりと擦り続けた。まるで自分の匂いで上書きしようとする猫のように。




「おいノア。 さっきの……って何してんだよ」


 匂いの上書きをするために擦り付けられている頭が、すりすりからぐりぐりへと変わった頃、扉を開けてホムラが顔を出すも、密着している二人の姿を捉えてまたもや固まってしまった。















 ――ノアが食材を拾っている間、テトは流石にやりすぎたと耳をぺたりと伏せていた。正体がバレるわけにはいかない二人は、悪目立ちするのは避けるべきなのだ。テトも出来るだけノアに迷惑などかけたくなかった。


「なんだ、お前ら知り合いだったのか」


 ホムラは椅子にドカリと座り込んで納得したように手を叩く。ノアの正体を知ってるホムラは、猫というワードと組み合わせてある事に気付く。


「あ、もしかしてお前……毒猫か?」


 するとホムラが言い終えるのが早いか、テトはホムラに抱きついた。ふわりと柔らかい髪を浮かせて寄り添うテト。またもや周りは騒めき出し妬ましい視線を送っていたが、当の本人は極めて険しい表情だった。


「……うぉぉぉ、ちょ…まて、俺は」


 密着して誰にも見えない角度。一見抱きついている二人の間では、ギラギラとした猛毒の刃物が心臓を狙っていた。

 テトは、正体に気づいたホムラを滑らかな動きで暗殺しようとしたのだ。そのあまりの自然な動きに反応が遅れたが、なんとかホムラは剣の腹で受け止めた。だが今も懐で心臓へ向かって伸びている毒ナイフに汗を垂らしている。


「へぇ、今のよく防げたね」


「おい! 呑気な事言ってんじゃねぇ……早くこいつを止めてくれ」


 ノアが素直に賞賛の声を上げていると、ホムラに睨まれたため、ごめんと一言置いてテトをなだめる。



「っというわけだから。 この人は大丈夫」


「……ごめん、なさい」


 ホムラが正体を知って黙っていてくれていただけでなく、ノアを監獄から出してくれた恩人だと知ったテトは頭を下げる。


「マジで死にかけたわ、前にもあったなこういうの。 お前らバレたら考えるより先に殺そうとするのどうにかしろよなぁ!」


「「……はい」」


 牢獄から出た時の事を言われ、頭が上がらなくなったノアはテトと並んでホムラに頭を下げるしかなかった。また、他の騎士達にも丸く収まるようにホムラが説明してくれたのだが、雑な説明から、テトは人に抱きつく癖が発作的に起きてしまうことがあることになった。そのため、テトとすれ違う時はもしかしたらという希望で胸を膨らませる騎士達が出始めたのはここだけの話。



「さて、お腹空いたし何か作ってくれ。 さっきの詫びも兼ねて飛びっきりのやつを頼む」


 ホムラが椅子に座りなおし、やや胸を張りながら注文をすると、テトは大人しくこくりと頷いて厨房の中へと入る。しかし、テトはまたすぐにパタパタと足音を立たせながら戻ってきた。


「その、これ。……変、じゃない?」


 思い切ったように一呼吸置いたテトは、ノアの前に立つとスカートの先を指でつまんでくるりと回った。

 しかしノアは首を傾げる。じっと見ても特に変わったところは見られない。強いて言うなら、耳がピクピクと震え始めて顔がだんだんお赤くなっているところくらいだ。実際に何処からどう見ても使用人にしか見えず、あの恐ろしい毒猫だとは誰にも思えないはずだ。


「別に気にする必要ないと思うよ。 気づかれることはないと思う」


「……むぅ」


 答えを間違えたのだろう。機嫌を損ねたように、テトは頰を膨らませさっきより足音を荒くしながら厨房へと戻っていく。

 何をしに戻ってきたのかがわからず、首を傾げるノアを見たホムラは、ため息と共に肩をすくめる。


「今のはお前が悪いな」















「そういえばテトはいつから此処にいたの?」


「丁度一週間前くらいかな、あの子の料理めちゃくちゃ美味いんだぜ? 特に食後のデザートがここでは大人気でさ」


 料理を待っている間、手にフォークを掴んで上機嫌に話すホムラを見ると、本当に美味しかったのだろう。しかしそれがノアにとっては少し意外だった。テトの料理はタルタロスではあまり評判が良くなかったはずだ。ノアが上界へ行った後、もしかしたら練習したのかもしれない。


 そうしてノアが感心していると、テトが料理を運んできた。待ちわびていたホムラは、かきこむように料理を頬張る。しかし暫くするとホムラの顔色が変わった。


 普段より形がおかしく、普段より色が濃く、普段より匂いがきつく……。


「ゴェッホ、おぇぇぇオロロロロ」


 明らかに危ない匂いのする料理。やはり料理の腕は上がっていなかったようだと、ノアはそっと目をつぶった。


「ちがっ、今日はたまたま……緊張したから」



 厨房に視線を向けると、割れた皿が散乱しており、煙まで出ている始末。ホムラは、顔を赤くしているテトとノアを交互に見た後、顔を思いきり歪めて怒りを表す。


「俺はもうお前とはここに来ねぇ」

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